地方出身者あるあるといえる現象のひとつが、高校卒業と同時に生まれ育った地域を離れ、大都市の大学に進学、大学卒業後もそのまま就職し、地元に戻らないというパターンだろう。典型的な地方の若年人材流出の構図で、これだけが理由というわけではないが、人口減少の一因となっているのは間違いない。記者もこのパターンで、東京で就職し、広島に帰るのは年に数回だ。

この状況をなんとか変えられないかと考えた自治体が取り組んでいるのが、県外の大学(短大、専門学校なども含む)に通う学生に、地元から通えるよう新幹線通学の補助を行う制度だ。特に首都圏に近い地域で見られるようだが、近年広がりを見せている。

北陸新幹線開通が契機に

定住や移住促進のために新幹線通勤の費用を補助する制度を取り入れている自治体も見られるが、今回注目したのは通勤ではなく「通学」だ。全国的なブームとまではいかないものの、ここ数年で実施する自治体は増えている。

例えば、2015年の北陸新幹線開通に合わせて「新幹線で通学推進事業」を始めたのが富山県富山市。市内に居住しているが、県外の学校(小中高は除く)に通う学生を対象とし、富山駅発の新幹線学割通学定期券に月額2万円の補助を行っている。


移動区間にもよるが2万円の補助は侮れない(画像は富山市公式サイトより)

距離と時間を考えると、東京通学はちょっと現実的ではないかもしれない(少なくとも1限がかなり厳しい)が、長野や金沢であれば通学圏内と言えるだろう。

Jタウンネットが事業を担当する富山市活力都市創造部・居住対策課に取材を行ったところ、やはり、市内から県外へ出ていく若者が多いことが事業取り組みのきっかけだと話してくれた。市内から県外に通える学生に補助を行うことで、少しでも市内への定着につなげていきたい狙いがあるという。

「開始からまだ3年ですので、目に見える効果があるというわけではありませんが、すでに卒業された利用者の中には、市内に住み続け地元で就職された方もいます。親元から通うという選択肢があってよかった、という声もありました」

継続利用者も含め、2017年度は125人が補助を受け、毎年一定数の新規申請もある。一方で、授業時間の都合などからか、学年が上がると継続利用を辞めてしまう利用者もおり、課題として検証に取り組んでいる。

同じ北陸新幹線の駅所在地では、新潟県糸魚川市も「地元で頑張る大学生等新幹線通学応援事業補助金」を実施している。こちらは年間上限50万円で、新幹線定期券購入費の半分を補助しているようだ。

東京への若年層流出を食い止めたい

新幹線通学費を補助ではなく、貸与という形を取っているのが静岡県静岡市だ。上限3万円で、1か月当たり新幹線通学定期券の額の3分の1が貸与される。返済が必要になるが、卒業後も静岡市に在住し、市内で就職した場合は全額免除となる。


東京への若者の流出は静岡全体の傾向だという(Halowandさん撮影, Wikimedia Commonsより)

地方都市とはいえ静岡市は人口も安定している印象があるが、取材に答えた市企画局企画課の担当者は、危機感をにじませる。

「静岡市では2025年まで人口70万人を維持することを目標としていますが、18歳から20代前半の首都圏、特に東京への流出が続いています。市内の大学だけではすべての学生を受け入れられない以上、市外進学はやむを得ませんが、地元から通えるという選択肢を提示したいと考えました」

市内の高校3年生を対象にチラシを配布するなど、制度の告知にも積極的に取り組んでおり、2016年の開始以来、毎年100人以上が新規申請している。制度のことを学生同士の口コミで知り、申請してくる学生もいるという。

「東京都内に住むとなると経済的負担が大きかったが、実家から通学することで東京の大学に進学できたという声も寄せられています。また、貸与を利用した学生の地元就職率は、そうでない学生よりも高いというデータも出ており、継続することで一定の効果が期待できるのでは、と考えています」

同じ静岡県内で、全国的にも珍しい人口増加を続けている自治体である長泉町も、2018年から新幹線通学支援補助金を始めた。子どもの数も増加している長泉町だが、同町こども未来課・子育て支援チームの担当者は取材に対し、「大学進学を機に東京に出てしまうのは、静岡全体の傾向で課題」だと話す。

「人口が増えているからと安心せず、課題に対しては対策を講じるべきだと考えました。そこで最低でも高校3年間は長泉町に住んでいた方を対象に、1か月あたり2万円、新幹線通学定期券の購入費の一部を補助しています」

上京する学生を想定しているため、距離制限としてJR三島駅から100キロ以上の区間(例外として新横浜は可)という条件は設けられているが、すでに85人が申請しているという。さらに卒業後の定住を図るため、「未来人定住応援事業」という取り組みも行っている。

「高校3年間は長泉町に居住し、大学進学で町外へと出ていても、卒業後に長泉町に在住し、5年間以上正規雇用されている方に最大30万円の奨励金を交付しており、新幹線通学の申請者にも『未来人定住応援事業』への仮エントリーを呼びかけています。こうした制度を通して、若い人たちに地元への愛着をより持っていただきたいですね」

今回紹介した自治体以外にも、新幹線通学は多数の自治体が取り組んでいる。ざっと検索をしただけでも、富山県黒部市、高岡市、広島県福山市などが確認できた。県外に進学すると帰ってこないことが常態化しつつある今、こうした取り組みはさらに広がっていきそうだ。