堀江貴文さんが「AIに仕事を奪われる」論に思うこととは・・・(写真:梅谷秀司)

ちまたでは、AIに仕事がとられるとか、どんな仕事がAIに代替されるなどといった話も耳にする。

「AIに仕事を奪われる」と思っていますか

でもはっきり言って、「AIに仕事がとられる」と思っている時点で、あなたはダサい。それは別に今なんの職業についているかにはかかわらない。その理由を、話しておきたいと思う。

AIや技術の発達により、今まで人間がやっていた労働を機械やロボットが肩代わりしてくれる時代が必ずやってくる。たとえば、食器洗浄機やロボット掃除機によって、面倒な手仕事は世の中から消えつつある。また、精密機器の製造もすでに人の手を離れた仕事の1つで、部品作りなどはすでに自動化されたものも多い。

だからこそなのか、人間の労働が機械によって代替される事例が増えるにつれ、「AIに仕事が奪われる」といった悲観論を最近よく聞くようになった。仕事がなくなる、おカネを稼げなくなると、生活に不安を感じている人もいるだろう。

でもそう考えているあなたに問いたい。そう考えてしまう理由は、今あなたがやっている仕事が、AIにとって代わられるようなレベルのものであると、自分で考えているということではないだろうか。

はっきり言うが、「AIによる職の代替=不幸」のロジックを持つ人間は、自分の価値をAIと同じレベルに下落させてしまっている。

仕事を奪われ「価値を失うこと」を恐れる前に、なぜAIを使いこなし「価値を生み出す」視座を持てないのだろうか。今回一緒に書籍を出した筑波大学学長補佐の落合陽一君は、「今後、AIはエクセル程度に誰でも使えるようになるのではないか」と話していた。

「価値を失う」ことに目がいくタイプの人間は、つねに「使われる側」として搾取される状態にいることに気づかなければならない。AIなどの進化によって古い社会システムが刷新されていけば、今、世の中の人が思っているような“会社”のありようは失われていく。

時代に合わせ、つねに変化し続けられることが、これからの時代を生き抜く必須条件になる。

ただ、もしそうなっても、なんら問題はない。人間がやらなければならなかった仕事の時間が減り、自由な時間が増えるだけの話だ。さらに、生活コストはどんどん下がっていくので、何も無理に働いておカネを得る必要もなくなっていく。

ロボットが社会全体の冨を自動的に作り出す

たとえば、農業は人の手間を減らしながらも収穫量が増えている。今後は、さらに手がかからなくなるのだから、食費は今以上に安くなる可能性がある。おカネがなくても十分に食べていけるようになる世界も夢ではない。

また、ほかの必需品と思われるものについても、本当に必要なのかどうか疑問がある。僕は自分の生き方に合わないと思って(最適化して)家を持つことをやめ、荷物も減らした。そうやって最適化された社会では、トラディショナルな生活は変わっていくはずだ。

ロボットが社会全体の富を自動的に作り出し、個人に利益をもたらしてくれるのだ。

ただし、AIの進化はまだ発展途上だ。この先いちばんのカギとなるのは、AIが「“手”を持ったとき」だと思う。


ペッパーなどのロボットは、相手が近づいてきたことを認識して話しかけたり、人の話を聞いて何か対応するということができるようになった。しかし、料理の盛りつけなどの細やかな作業は苦手。手を使って仕事をさせるまでには、まだ少し時間がかかる、といった状況だ。

また、AIの進化自体も、「腕」によるところがあるのではないかと思う。たとえば人間も、目と耳があるだけでは急速なスピードで進化することはできない。おそらく人間以外の動物が進化しない原因もそこにあり、犬やサルも、「知能は大体2〜3歳児ぐらいで止まってしまう」といわれている。理由として、脳の体積が小さいということももちろんあるが、身体性という意味でいうと、手を器用に使えていないことが大きい。

歩けるようになると手が自由になるため、多様なインタラクション(モノを持ったり、手を握ったり、字を書いたり)が可能になる。手でインタラクションができるようになると、知能は向上する。たとえば人間はあいた両手で文字が書けるようになり、文明を創ることができた。

5本の指を自由自在に操れるハンドをAIが獲得すれば、人間の手は不要になる。身体性をもって外界とコミュニケーションを取るようになり、ますます急速に知能が向上していくだろう。ほとんどの作業を機械が代替する時代の到来だ。

問うべきは未来ではなく、「今」

しかし、それがいつになるのかは誰にもわからない。

見えない未来など、考えていても仕方がない。本来問うべきものは、「未来」ではなく、「今」であり、「今自分が何をすべきか」であるはずだ。

さまざまなところで何度も言っていることだが、自分の「好き」という感情に向き合い、ひたすらに没頭することだ。それがいつしか仕事になる状況が、今は増えている。それを履き違えて「AIに仕事がとられる」「AIは人間の敵だ」とただただ不安に思っているのなら、勘違いも甚だしい。