コーマの吉村盛善社長と3Dソックス(筆者撮影)

今回は、下請け一筋の靴下製造工場が、いかにして自社ブランドのスポーツ靴下を立ち上げたか、という話です。商品は、今やアスリートに大人気の3D(立体)ソックスで、そのスポーツ用靴下を製造販売しているのが、大阪府松原市にあるコーマという会社です。

社長の吉村盛善(のりよし)さんは、3Dソックスの開発経緯をこう語ります。

靴下は150年前と同じ形状

「そもそも、足の形が左右別々の形なのに、靴下が同じ形なのはおかしい、という発想です。世に出回っている靴下は150年前と同じ形状で、足首の入る筒があってつま先とかかとに台形状の袋がついているのが基本形。左右が同じ単純構造です。でも実際の足は凹凸があり非対称で、とても複雑な形をしています。足の出っ張りとくぼみにぴったりフィットする3次元形状の靴下を作ろうと思いました」


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中国やアジアで生産された3足1000円程度の安価な商品が出回る中、普通の靴下を作っているだけでは生き残れません。もともとコーマは、スポーツに特化した靴下をOEM(相手先ブランドの生産)で大手スポーツメーカーに提供しており、その技術力は折り紙付きです。

高機能であれば少々値段が高くても消費者に受け入れられるはずだ、と考えました。

そんなオリジナル靴下をつくっているコーマとはどのような会社なのでしょうか。

コーマは1922(大正11)年、盛善社長の祖父・吉村駒三氏が創業。河内木綿の栽培や生産をしていた土地柄で、綿の靴下を作り始めました。近隣の紡績工場の女性工員の制服が洋装になったので、その需要を見込んだのです。当時は足袋が全盛で、靴下はまだ珍しい時代でした。

「祖父は進取の気性に富んでいたわけで、今でいうベンチャー企業です」と吉村社長。社名の「コーマ」は、創業者の名前から取られていますが、ほかに高級品のコーマ糸(高級綿細番手糸)とその糸を梳(くしけず)る櫛(コーム)も意味しています。綿の高級靴下をきちんと作っていきたい、という思いが込められているのです。

ナイロンブームに乗り遅れ

1960年代に入り、コーマに危機が訪れます。今ではあまり聞かれなくなりましたが、「戦後強くなったのは女性と靴下」といわれた時代がありました。その靴下が強くなった原因が、ナイロンです。綿に比べ伸縮性に富み発色性も良いナイロン製靴下は、爆発的に売れました。綿の靴下にこだわったコーマは、そのナイロンブームに乗り遅れてしまったのです。

しかし、そこで長年培ってきた「玉虫技術」が活きます。玉虫技術とは糸の編み方で、表と裏で違う色の糸を編み、角度によって色が変わって見える製法です。その技術で表に綿、裏にポリウレタン製の素材を使い、綿の吸湿性とポリウレタンの伸縮性を併せ持つ靴下を作りました。ボウリング、ゴルフなどに使われ、特にゴルフ用は月100万足という大ヒットになりました。

そして次の危機が、1990年代以降に到来した靴下の「価格破壊」です。工場を中国に移す会社も増え、デフレで安い製品が求められました。そこで吉村社長が取り組んだのが、冒頭に述べた3Dソックスでした。高機能であれば、価格が高くてもニーズはある、との思いでした。


3Dソックス(写真:コーマ)

「2002年ごろから取り組みました。親指・小指の付け根、そしてかかとに各々フィットし、土踏まずは伸び止まるようにしたいと考えました。でも、スケッチしてできそうだと思っても、実際に機械に落とし込むと違うんですよね」(吉村社長)。同社の自動編機は一般用で、特殊な機械は使っていません。

スケッチどおりにプログラムしてパソコンを動かすと、想定外の動きのためエラーが出て止まってしまいます。パターンと編成部分に工夫・改造を加えて試行錯誤を繰り返し、ようやく試作品が出来上がったのは、ほぼ1年後でした。


靴下編機(写真:コーマ)

編機のふたを開けると136本の針が回転しながら上下に動き、糸をひっかけて足首からつま先に向け、編み込んでいきます。作業工程はなんと2000ステップ以上。各ステップごとに、糸の種類、編み方のスピードなどが細かく設定されているというから驚きです。

最終段階では、アスリートたちの意見を聞いて仕上げました。ロードレース用なら極細で摩擦の少ない糸とグリップ力のある糸を使い分け、マラソン用なら軽さと通気性を重視、そしてトレイルラン用ならクッションが効いて足に負担のかからない構造です。各々1500円から2000円ぐらいしますが、足にこだわるアスリートたちに受け入れられ、リピーターも増えてきています。

3Dソックスを手に持って、吉村社長が熱く語ります。


3Dソックスの構造(写真:コーマ)

「この3Dソックスの中にはいくつもの特許があります。踏ん張るときに普通のソックスだと靴の中で滑ってしまい、本当の力が出せません。でもこの3Dソックスは足の部位によって伸縮度合いや素材を変えているので、そういうことがありません。実際にアスリートに着用してもらい、改良に改良を重ねた商品です」

社員の知財力が強味

その新製品を生み出すパワーはどこから来るのですか、と尋ねました。

「国内で唯一、染色から編み上げ、先縫い、検品、包装まで自社一貫生産体制を確立していることです。そしてサンプルカラー5万色、1つのソックスを2000ステップ以上の編み方で作れるハードとソフトのノウハウを持っていることも大きいです。社員の知財力がわが社の強味です」(吉村社長)。特殊な編機は使っていませんが、それを補う社員の技術力があるのです。社員数約100名の中小企業ですが、国内外に複数の特許を取得して競争力を保っています。

同社は40年前から現在まで、スポーツウェアブランドのOEM生産に従事してきました。独自ブランドを開発しても、そうした取引先とのバッティングは避けなければいけません。それで、野球やサッカーなどメジャースポーツ向けの商品は最初から手掛けるつもりはありませんでした。

自転車向け、マラソン向けといったニッチな市場に的を絞り、スポーツイベントに積極的に出展して徐々に浸透させていったのです。知名度より機能性を重視する愛好家たちに受け入れられ、自転車用靴下はその分野で広く知られるまでに成長しました。

ただ、こうしたニッチなスポーツ用靴下の市場規模は限られており、1社あたりの売上高は2億〜3億円が限度といわれています。

そこで同社は、あまりソックスを履かないスポーツ分野への展開を進めています。現在、陸上競技は素足でシューズを履くのが一般的ですが、「靴下の機能次第では成績が良くなる余地はある」(吉村社長)とのこと。伸びてほしいところはゆとりができ、伸びてほしくない土踏まずの部分はサポートするアスリート向けソックスです。

また、最近若者の間で流行りつつあるボルダリング用靴下にも挑戦。従来は裸足に直接靴を履いて登っていたのですが、足裏から出る汗で靴が傷み、臭いもひどいなどの悩みがありました。一度コーマの靴下を履くとその効能がわかり、プレイヤーの間でボルダリング向け靴下の人気が高まっているそうです。

高齢者用靴下とは?

もうひとつ成長市場として期待しているのが、高齢者用靴下の分野です。通常の靴下は筒と足先は鈍角ですが、その部分が鋭角になるように編み方を工夫しました。置いたときに履き口が自然に開くように設計され、かかとには引っ張りやすい持ち手がついています。


体が硬くなった高齢者も片手で履ける「らくらく博士」(写真:コーマ)

体が硬くなった高齢者も片手で履ける製品で、「らくらく博士」と命名しました(税抜き1500円)。身体の一部として負担がないよう無理なく履け、ずれ落ちにくいのにゆったりした設計です。前屈がしにくい妊婦さん方にも好評とのこと。これもコーマの技術で、表糸は綿100%、編み生地の伸縮性を出しているからこそ生まれる履き心地なのです(この商品で日本靴下工業組合連合会理事長賞も受賞)。


「らくらく博士」の構造(写真:コーマ)

「後追いをせずに我慢して商品開発をしたことが、結果として先回りになりました。技術開発で苦境を乗り越えてきた経験が、難しくても挑戦しよう、という社風になっています。アスリートをはじめ、アクティブに働く人たち、そしてお年寄りにも、パフォーマンスの上がる靴下を引き続き提供していきたいと思います」と吉村社長。

90年の歴史、靴下全工程の自社一貫製造といった特長に加え、このチャレンジ精神が同社を今後とも支えていくと思いました。