子や孫のために先祖が残してくれた自慢の大木を見上げる谷さん。法案が通れば過剰な伐採を招くと危機感を持つ(奈良県天川村で)

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 手入れが行き届いていない森林を伐採業者らに集約化する森林経営管理法案が現場の実態に即していないとして、林業者らから不安の声が出ている。法案が成立すれば、森林管理の権利が委ねられる市町村には林業専門の人材が少ない上、「目先の利益だけを考えた伐採業者による乱伐も増えかねない」との声も上がる。「適切に造林もできる伐採業者がどの程度いるのか」「市町村が適切に監視できるのか」など、懸念が相次ぐ。(猪塚麻紀子、尾原浩子)

 奈良県天川村。100年を超す大木が並ぶ。県内9市町村に1500ヘクタールの森林を所有する谷林業の谷茂則さん(43)が「100年を超す木を残す長期サイクルで林業を担ってきた吉野林の精神性と対極に、この法案はある」と淡々と語る。

 法案の目的の一つとして、林野庁は「目安として樹齢51年以上の木を主伐し、齢級構成を標準化する」と説明する。しかし吉野林業地帯では、主伐ではなく間伐を繰り返し樹齢100年超の良質材を育ててきただけに、谷さんは違和感を抱く。 谷さんは5人の若者を雇用。まきを使った温泉ボイラーなどの管理にも乗り出し、持続的に間伐し山を育てながら経済循環の仕組みを模索する。

 谷さんは「伐採を推奨する法案が通れば、過剰な伐採が進み、丸裸になる山も出てくる。造林も含め長期的な視点で山をつくる林業者こそ必要で、行政は人材育成に力を入れてほしい」と話す。

 高齢化や所有者不明などで、手の施しようがない森林は多くの林業者や自治体に共通する深刻な課題だ。

 徳島県那賀町の林業者、橋本光治さん(72)は「この法案では大規模な伐採業者だけに集約される方向性に進むだろうが、それでは余計に荒れる山が増える」と警鐘を鳴らす。持続可能な山づくりを進める橋本さんは「林業を志す若い人のために、小規模でも集積し機械の投資を支援することが必要だ。忍耐強く長期的に森林をつくることが山づくりで、現場を知らない短期的な対策は失敗する」と断言する。

「業者任せ」に不安 人材いない行政も


 森林経営管理法案への懸念は、各地に広がる。自伐型林業推進協会は「法が成立すれば、目先の利益のため丸裸にされる山が増える。土砂崩れを誘引し、供給過多で木材価格はさらに安くなる」とみる。

 法案は市町村の役割を強調した上で、伐採業者らに森林経営を任すことを掲げる。一方、市町村に林業の専門家が減り、林業の体系を理解した上で伐採する業者が激減する現実があるという。

 ある県の担当者は「法の理念に期待はあるが、林業専門員は市町村にほとんどいない実態を踏まえると、県が相当負担しないといけなくなる」と不安視する。「林業は担当業務の一部。法案の中身は知らない」と打ち明ける市の担当者もいる。

 さらに、パブリックコメントもなく林政審議会で同庁が一度説明をしただけで国会に提案される、丁寧な議論を欠いた不透明さ、唐突さに違和感を抱く声も複数から上がっている。全国森林組合連合会の肱黒直次専務は「これまで政策立案過程で林野庁から意見聴取されてきたが、今回は意見を聞かれず、中身が分かったのは国会審議直前だった」と明かす。

 一方、林野庁は「森林の管理経営の集積、集約化を推進する必要がある」(企画課)と法の意義を主張している。

公共性より経済優先


 ■愛媛大学の泉英二名誉教授の話 法案は林業構造全体を、公共的な利益から経済性の追求に転換させるものだ。これまでの政策では災害の防止を目的とした間伐に重点が置かれていた。今後はもうけるために大量の木材を供給する主伐を主軸に据える。森林所有者に伐採、造林、保育を義務化した上、実施しない所有者から経営管理権を奪って主伐してしまおうというのは、憲法が保障する財産権や営業の自由を侵害する恐れがあり、強権性が際立っている。

<ことば> 森林経営管理法案

 所有者が管理できていないと市町村が判断した森林は、市町村が業者らに伐採などを委託できる新たな仕組みを導入する。伐採には森林所有者の同意が前提だが、同意が得られない場合も、市町村の勧告や都道府県知事の裁定があれば伐採を可能とする特例もある。衆院は通過し、参院で審議される見通しだ。