「えっ、どうしよう!?」
 3000万円の大赤字でした――。

 撮影は終わってしまっているので、もう手の打ちようがありません。担当プロデューサーに激しい怒りをぶつけましたが、後の祭り。それ以前もそれ以後も、あんなに怒ったことがないというくらい、怒りました。

 今をさかのぼること18年、2000年のことです。この大赤字を出したのは、私が社長を務めるオフィスクレッシェンド制作のテレビドラマ『トリック』の第一シリーズ。

 仲間由紀恵さんと阿部寛さんがブレイクするきっかけとなった深夜ドラマで、弊社(オフィスクレッシェンド)所属の堤幸彦らが監督を務めました。これまでにテレビシリーズ3本、テレビスペシャル3本、映画4本が作られた、大ヒットシリーズです。

『トリック』大赤字の理由は「大量のロケ」でした。

 オフィスクレッシェンドのような制作会社は、テレビ局から提示された制作予算で番組制作を受注します。制作会社は、そのなかから監督ほかスタッフへのギャラや俳優さんたちへの出演料、ロケーション費・編集費などを捻出し、手残り分が会社の利益となるわけです。

 そして、実写ドラマはスタジオで撮影するよりも、屋外ロケで撮影するほうがずっとお金がかかります。出演者やスタッフの移動・滞在費用、ロケバスやロケ弁代など、かかるお金はスタジオ撮影と比べ物になりません。

 遠方でロケをすればするほど役者さんたちの拘束時間は長くなりますし、悪天候によって撮影が延びることも少なくありません。撮影が延びれば延びるほど、お金は湯水のように出ていきます。

『トリック』の場合、普通のドラマに比べて、スタジオセットではなく屋外や実際の建物内での撮影が多く、ロケ費用があまりにもかかりすぎていました。

 山村や沖縄といった遠方が舞台の回もありました。エピソードごとにロケ場所が違えば、スタッフが一カ所に長期滞在してまとめて撮影、というわけにもいきません。

 もちろん、ロケを減らせば制作費は抑えられます。しかし『トリック』の監督たちは、少しでも良い作品を作りたいという一心で、おそらく悪気なく、豪快にロケを敢行しました。

 結果、『トリック』第一シリーズは完全に「持ち出し」になっていました。馬鹿みたいな話ですが、手残りどころか、テレビ局から受注した予算金額以上に制作費を使ってしまったのです。私が気づいた時には、時すでに遅し、でした。

 巨額の制作費がかかったとしても、『トリック』はヒットしたんだから元を取れたんじゃないの? とお思いの方がいらっしゃるかもしれません。

 しかし、残念ながらテレビドラマというのはそういう仕組みになっていないのです。作った作品がどれだけ高い視聴率を獲得しても、成功報酬が支払われるわけではありません(逆に言えば、視聴率が低いからといって、罰金を取られるようなこともありませんが)。

 映画作品のように、制作会社が「出資」できるケースなら、興行のヒットに応じた配当を受け取れますし、そういう作品もあります。

 しかし『トリック』第一シリーズは制作受注したテレビドラマでしたから、高視聴率を取ったところで配当などありませんでした。

 テレビドラマであっても、DVD化されて売れれば監督に印税が入ります。ただ、テレビ放映中に、これから発売されるDVDがどれだけ売れるかなんて予測がつきませんし、それを当てに収支を考えることはできません。そんな皮算用は、あまりにもリスクが高すぎるからです。

 困った私は、テレビ局に「なんとかしていただけませんか」と頭を下げました。もちろん局にとっては知ったことではありません。発注した制作会社が、勝手に予算超過しただけの話。テレビ局側が助ける義理などない……のですが、寛容なはからいもあり、窮地を切り抜けることができました。

 さらに、放映後に発売された『トリック』のDVDが記録的にたくさん売れ、監督の堤にも印税が入ったのですが、彼はそれをすべて会社に譲渡してくれました。「暴走」したことの、せめてもの罪滅ぼしの気持ちだったのでしょう。代表として、これは遠慮なく受け取りました。

 制作会社にとって、連続テレビドラマの制作は最も難しいジャンルです。なぜなら、連続ドラマはだいたい1シリーズで10本作られますが、第1話の撮影時点で10本分の脚本ができ上がっていることなど、ほとんどないからです。

 前もって全話の脚本が完成していれば、別の回に登場する同じシーンをまとめて1回のロケで撮影できたりもするのですが、そんなうまい話はありません。

 一番しんどいのは、設定や出演者が1話や2話ごとに変わる、オムニバス形式のものです。出演者や脚本はもちろん、ロケ場所も美術まわりもその都度しつらえなければならず、前の話で使ったものの流用ができません。したがって、通常の連続ドラマよりずっと予算がかかります。

 その意味で『トリック』は地獄でした。基本的に1エピソード2話構成で、エピソードごとに舞台や犯人が変わります。だから、とにかくロケ。赤字になって当然です。

 以上、長坂信人氏の新刊『素人力 エンタメビジネスのトリック?!』を元に構成しました。超個性的なメンバーを束ねる、制作会社オフィスクレッシェンド代表による摩訶不思議な仕事術、経営術、人心掌握術!

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