ユーノス・ブランドで登場した初代ロードスター。5チャネルが生んだマツダの財産である。5チャネルで倒産しかけ、同時に未来への手がかりをつかんだ(写真:マツダ提供)

自動車販売業界には、「マツダ地獄」という言葉がある。あるいはマツダ・スパイラルともいう。


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なんとも意地の悪い言葉だが、一度マツダ車を買うと、他のブランドになかなか買い替えられないということを表している。かつて、トヨタ自動車や日産自動車の販売店で新車に買い替える際、その下取りにマツダ車を持っていくと、査定額が低いどころの話ではなく、そもそも「下取りできません」という扱いを受ける時代すらあった。

なんとかまともな値段で下取りしてほしければマツダの販売店に行くしかない。その結果、次の新車もマツダ車になる。マツダ車からマツダ車へと永遠に続く乗り換え。これが世に言われた「マツダ地獄」である。

値引きの構造

「マツダが倒産危機から復活を遂げた根本理由」(5月5日配信)で、バブル崩壊から綱渡りで生き残ってきたマツダの戦略について詳細に記したが、そのプランの仕上げに欠かせないのが、マツダブランドの再構築である。そもそもマツダはバブル期の5チャネル化に伴う兄弟車の粗製濫造で、マツダブランドのイメージが希薄化してしまった。今振り返れば、5つのイメージを作り分ける前に、それら全体が持つべきイメージが確立できていなかったのである。

もちろんこの時期にも個別に見ればいいクルマはあり、意欲的な取り組みもあって、マニアックな顧客の興味は刺激できていた。ミラーサイクルエンジンや、プレッシャーウェーブスーパーチャージャー、4WSなど革新的な取り組みは多かったのだが、それらを束ねて「マツダのブランドとは何か?」と考えると、ロータリーエンジン以外にこれといったパブリックイメージを浸透させることができていなかった。

そこに見えた一筋の光明が「Zoom-Zoom」であり、それは「走って楽しい」「幸せになれるクルマ」というシンプルなコンセプトだった。

5チャネル化で失ったマツダブランドの再構築をしなければ、いくらいいクルマを作ってもきちんとマネタイズしていけない。それがマツダの抱える根本課題だった。

問題の構造を分析してみよう。まずはブランドイメージが低いため、大幅値引きをインセンティブに販売するしかない。新車を大幅値引きすれば、それより高い中古車を買う人はいないため、中古車価格が値崩れする。中古車が値崩れすれば、当然下取り価格も下がる。

仮に新車で50万円値引きしているとしよう。もしこれが値引きなしで売れたとしたら、戦略的にその販促費を中古車の下取りに上乗せすることもできる。すると中古車の値崩れが止まり、相場が上がった分の下取り額が上がる。こうやってメーカーが自社商品を買い支えれば乗り換えユーザーは新車に買い替えるときの原資が増える。それは縮小均衡から拡大均衡への変換だ。


ひとつ前のカペラの時代から新技術は着々と投入されていた。圧力波過給を実現したプレッシャーウェーブスーパーチャージャーや、4輪操舵など、ユニークな技術は数多い(写真:マツダ提供)

あるいは、これまで、下取りが安いため買い替えを躊躇し、乗り換えを先送りにした結果、査定額がゼロになるまで乗り潰してしまったオーナーが、途中で買い替えることが可能になる。

もちろん例外はあるが、新車のうちは大事にしていたクルマも年数が経つにつれて扱いが粗雑になる。長く乗っていればだんだんワクワク感が下がる。一般論で言って、ユーザーにとっても乗り潰す以前に買い替えたほうが生活の質が向上するはずである。もちろんマツダにとっても、中古車として再商品化できるクルマが入ってくればビジネスの旨みがある。何より新車が売れるし、値引きでプライドが傷つかない。

価値あるクルマになるために

さて理屈は理屈ながら、いったいどうすれば値引きをしないで売れるのかだ。メーカーがディーラーに値引きの禁止を押し付けたら独占禁止法違反でアウトだ。

もっとマーケットメカニズムを変える形で値引きしない仕組みを作らなくてはならない。その第一歩はクルマの価値を認めてもらうことだ。「別にこれじゃなくてもいい」というユーザーに買ってもらうためには、値引きしかないが「これじゃないとダメだ」というユーザーなら値引き交渉は要らない。あるいは他社と競合していても「本当はこれが欲しい」というユーザーなら交渉のしようがある。

マツダにはそういうクルマがあった。「ロードスター」である。ロードスターは「別にこれじゃなくてもいい」というユーザーが買うクルマではなく「これが欲しい」ユーザーが買うクルマだ。蛇足ではあるが、このロードスターがもとをたどれば5チャネル化の申し子であったことは興味深い。

さてオープン2シーターという特徴的な商品で達成できているそういう売り方を全マツダ車に敷衍するにはいったいどうしたらいいのか?

マツダはフォード・グループ離脱からの8車種構想に際して、8車種を統一して、走りとスタイルに個性を持たせることにした。手本とすべきロードスターは嗜好品であり、故に誰もが欲しがるクルマではない。欲しい人だけが欲しいクルマだ。だからそれを見習って、8車種を誰にでも好かれるクルマにすることを諦めた。

「2%の人に好かれるクルマ」。思い切った戦略だが、そもそもトヨタや日産と張り合って、誰にでも好かれるクルマを作ろうとしてダメだったことはすでに実証済みである。

ダメだとわかったやり方を改める。そういう極めて当たり前のアプローチでもある。現在グローバルな新車販売の総数は年間約1億台。2%なら200万台に当たる。対して、第3四半期決算で発表された2018年3月期の販売見通しは160万台。つまり2%で我慢ではなく、現在のマツダの実力で見れば、2%は十分以上にチャレンジングな目標である。

だから思い切った。「走って楽しい」「幸せになれるクルマ」を目指すためにできないことは割り切って捨てた。時系列的には少し後の話になるが、マツダは「MPV」「プレマシー」「ビアンテ」という3列シートモデルを廃止して、「CX-8」に統一する。

それまで3列シートモデルに不可欠とされてきたスライドドアを諦めた。スライドドアはその構造上、ドア下のスライドレールが車両のメイン構造材と干渉し、どうしてもボディ剛性が出ない。「走って楽しい」というマツダのコンセプトを大事にしようと思えば、そこに矛盾が生じる。旧3モデルもそこを何とかしようとして頑張ってはいたが、いかんせん物理法則を超えることは不可能だった。


マツダ5チャネル化のキーモデルとなったのがカペラ後継のクロノス。クロノスのバリエーションが多数作られて各チャネルに配備された(写真:マツダ提供)

こうして車種指定で欲しいと思ってもらえるクルマ作りを行うのとあわせて多くの工夫を凝らしていく。まずは2年に1度行われていたマイナーチェンジの廃止だ。マイナーチェンジはメーカーの都合だ。「ほらここもここも新しくなったでしょ? 買い替えませんか?」 とユーザーの袖を引くために行われてきた。だから意図的にデザインをはっきりと変える。つまり変えることそのものが目的なのだ。

それを年次改良に改めた。開発が進み進歩した技術の差分を毎年投入していく。もちろんユーザーにとっては「あー、新技術が入って自分のクルマが旧型になった」とがっかりすることにはなるが、それはやむをえない。新しい技術ができているにもかかわらず投入しないのは不誠実だ。

ただ、目的はあくまでも技術進歩によるアップデートであって、目先を変えて購買意欲を刺激するためではない。これによってマイナーチェンジ前と後で査定額が大幅に変わることがなくなった。値落ちの段差を排除したのである。人は相場を見るときどうしても安値に注目する。だからマイナーチェンジによる査定額の急変を防げば、時間軸で商品価格が安定する。

きめ細かな戦術

そうして価格安定を図ったうえで、残価設定型クレジット「スカイプラン」の残価率を引き上げた。一部の車種を例外として3年後の残価率55%をマツダが保証したのである。さすがに他社を具体的に挙げて何パーセントとは書けないが、この数字は驚くべき高値である。


思い切った残価率が設定されたマツダの残価設定クレジット。この種の商品の常で走行距離などの枷はあるが、残存価値をメーカーが保証したことの意味は大きい(写真:マツダ提供)

ここが勝負どころだ。もしマーケットの査定がマツダのいう55%を下回れば、マツダは大損をする。しかし勇気を持ってこの価値を保証しなければ、相場は崩れる。何としてもこの勝負に勝たなくてはならない。

マツダは次々と手を打つ。まずはメンテナンスのパックメニューだ。

いくつかのタイプが用意されるが、基本的にタイヤ、ブレーキパッド、バッテリー、エアコンフィルター以外のすべての消耗品を含む定期点検と修理がメニューに入っており、購入後に余計な支出が必要ない。

つまり、ユーザーは経済的事情でメンテナンスを疎かにすることがなく、クルマのコンディションが維持される。これに加えて、年1回5万円(免責5000円)までの制限付きながら、車両保険を使わずにボディの板金修理を負担する無償特約保険「マツダ自動車保険スカイプラス」も用意した。

第6世代の統一デザインによってアピールするべきクルマが路上で見かけると傷だらけではイメージダウンも甚だしい。そういうイメージダウンは査定にも響く。だからつねにベストの状態を維持できるための保険を用意したのだ。

この辺りの説明をマツダに聞くと「お客様の大切な資産を守る」と言う。それは嘘ではないが、ブランドイメージ再構築を推進するマツダにとっても極めて重要なことなのだ。

ちなみにこの残価設定ローンで、3年ごとに乗り換え、7年経過後。つまり3台目に乗って1年経過時のコストは、新車を現金で購入して7年乗った場合と変わらないとマツダは試算している。まさかその試算に嘘はないと思うので、ユーザーの負担コストは変わらずに、マツダは2回も買い替えてもらえて、ユーザーは3年ごとに新車に乗り換えられることになる。

あわせて、販売店のCI(コーポレート・アイデンティティ)を一気にリニューアルした。マツダ地獄のイメージを払拭して、生まれ変わったマツダのイメージを訴求しなくてはならない。ユーザーのタッチポイントになるディーラーのブランドイメージ向上は戦略としてとても重要だ。

販売台数28%アップ

さて、この戦略は実際うまくいったのだろうか? それは国内で第6世代のスタートを切った先代「CX-5」から現行「CX-5」への乗り換えを見てみるとよくわかる。


マツダの新CI。ユーザーへのタッチポイントは重要だ(写真:マツダ提供)

2017年2月2日に発売された2代目CX-5は発売1カ月で1万6639台を受注した。目標の7倍だ。問題は内訳である。実はこの1万6639台のうち、初代CX-5からの乗り換えは39%に達している。初代のデビューからカウントして5年なので、マツダが狙ってきた短期乗り換えが発生していることは明らかだ。

CX-5からのみならず、マツダ車からの乗り換えは66%。比較対象として初代CX-5のとき、マツダ車からの乗り換えは41%だった。つまりマツダからマツダへ。しかも高年式車からの乗り換えが増えている。マツダ地獄時代と最も違うのは、下取り査定額の高さだ。具体的には各車のコンディションによるので水平比較はできないが、マツダの調べでは、安全装備が付いた上位グレード、Lパッケージとプロアクティブが受注の95%を占めていることから見て、購入資金に苦労している様子が見受けられない。

「下取りが予想外に高くて喜んでいらっしゃるお客さまが多いです。その結果、上位グレードが売れているのではないかと思っています。マツダ地獄じゃなくてマツダ天国になったのかなと……」と自慢を抑えながらマツダの広報部員は話す。


秩序の整ったショールームもブランド価値の向上には不可欠な要素だ(写真:マツダ提供)

筆者は、マツダが時折口にする「ブランド価値の向上」という言葉を聞いて「ありがちな掛け声」だと思っていた。ハイファッション・ブランドの人たちが好んで口にする流行の言葉。それはどこか机上論のにおいがする。

しかし、こうやってバブル以降のマツダの取り組みを追ってみると、マツダの「ブランド価値向上」は血反吐を吐くような覚悟があったことがわかる。それは余命宣告された人が万感の思いを込めて言う「健康は大事だよ」と同じく、本気も本気、掛け値なしの言葉だったのである。

さて、マツダは2018年3月期の決算見通しでグローバル販売台数を160万台としている。2012年の実績が125万台なのでこの間に28%増えた計算になる。第6世代戦略が成功か失敗かはこの数字がすべて語っている。