宅配最大手のヤマト運輸を中核とするヤマトホールディングスが決算を発表。2018年度の営業利益は前年度比6割増の計画で、業績のV字回復を見込む(撮影:大澤 誠)

ネット通販(EC)の拡大で配達現場が逼迫している宅配業界。この1年、「宅配危機」という言葉と一緒に語られてきたのが、最大手のヤマト運輸だ。同社を中核とするヤマトホールディングス(HD)が5月1日に発表した2017年度決算は、営業利益が356億円と前期比約11%減の減益予想から一転、約2.3%の増益で着地する結果となった。

大口荷主向けの運賃値上げが奏功

「プライシング(値上げ)にはかなりご協力を頂けた」。ヤマトHDの芝粼健一専務執行役員が語るように、宅配便の単価上昇が功を奏した形だ。2017年度は昨春以降、人件費などコストの上昇分を運賃に反映させるべく、法人顧客1100社との交渉を展開。約6割とは値上げで妥結し、2017年10〜12月期(第3四半期)から運賃の引き上げが進む。個人向けの基本運賃も2017年10月に平均で約15%引き上げた。

ヤマトの取扱い荷物の1〜2割を占めるとされるアマゾン向け運賃は今年1月に平均で約4割上昇。ヤマト全体では宅配便1個あたりの運賃単価は、2016年度に559円だったが、2017年度は597円と38円、率にして6.8%引き上がった。


ヤマトホールディングスの芝粼健一専務執行役員は、「2018年度は持続的な成長を実現する骨格を形作る重要な1年」と話す(記者撮影)

ヤマトは全国に約4000カ所ある営業拠点それぞれが取り扱う荷物の数を増やすことで、配達密度を高め、利益成長を図ってきた。荷物1個あたりの単価が低くても、数を増やせば収益を上げられるという考え方だ。それが2017年に入ってから行き詰まる。ECによる荷物の急増で人件費や外注費が想定以上に増え、コストに圧迫されるようになった。ヤマトは必要なコストを1個あたりの運賃に適正に反映する形に経営戦略を転換したのだった。

2017〜18年度は、配達ネットワークを再構築する期間と位置づけ、大口荷主に荷物量の抑制も要請。2017年度の宅配便取扱個数は約18億4000万個と2016年度から約3000万個(1.7%)減らした。働き方改革に伴って、新しい勤怠管理システムを導入するなど労務関連費に約90億円を投じるなど、費用もかさんだが、結果的には単価の改善が下支えした形だ。

2018年度業績の会社計画は、売上高が1兆6000億円(前期比4%増)、営業利益は580億円(前期比62.5%増)とV字回復を見込む。今年度までは荷受けの抑制を続け、宅配便取扱個数は17億7000万個(前期比3.6%減)の計画だ。1個あたりの単価は659円と、2017年度より10%引き上がる。「大口顧客でまだ値上げの余地がある会社があるほか、1回ではなく2回に分けて運賃を上げる会社がある」(芝粼専務)ためだ。


これだけ単価を引き上げれば、稼いだ収益の使い道に注目が集まる。ポイントは人への投資だ。ヤマトは中期経営計画で2019年度の宅配便取扱個数の目標に18億4000万個(今年度比4%増)を設定。同年度の営業利益は5期ぶりに過去最高を更新する720億円を狙い、再び成長軌道に乗せる方針を掲げる。

社員の待遇改善と人員増を急ぐ

そのための土台を作るべく、今年度、ヤマトHDは社員の定着と新規採用を同時に進める。定着の面では、ヤマト運輸が約3000人のトラック運転手を含む約5000人の契約社員を対象に、本人が希望すれば正社員へ登用するように人事制度を改定。また、これまではフルタイムのセールスドライバー(SD)は契約社員として採用し、おおむね2年程度で適性を見極めて正社員へ登用してきたが、今後は最初から正社員として採用する。

新規採用にもかなり積極的だ。「労働時間の問題が起こらないように、徹底的に人を入れる」と芝粼専務は話す。カギを握るのが、午後から夜間にかけての配達に特化した新しいドライバー制度「アンカーキャスト」だ。宅配業界全体で不在配達率は3割とも言われるが、在宅率が高い時間帯に集中的に配達することで効率向上を狙う。2019年度末(2020年3月末)までに1万人規模の人員を採用する計画だ。すでに2018年初から試行運用をスタートしている。

人手不足の中、アンカーキャストだけで1万人規模、SDを含めれば、さらに多くのドライバーを採用できるのだろうか。芝粼専務は「人の確保が厳しい状況に変わりはないが、働き方改革に取り組んでおり、一時期よりは反応がよい」と話す。

ドライバー確保のハードルは高い。ヤマトにとって頭が痛いのが、配達体制の再整備に時間を要している間に、体力のある荷主が中小の物流会社を組織して自社配送網を構築し始めていることだろう。とりわけ意識せざるをえないのが、最大顧客のアマゾンの動向だ。アマゾンは、ヤマトが配送の逼迫により、2017年度に商品の当日配達から事実上撤退したことを契機に、自社配送網の構築を本格化させている(「アマゾン『当日配達ドライバー』の過酷な実態」)。


都内にあるアマゾンのデリバリープロバイダの拠点では、多くの車両の荷台が「amazon」のロゴが書かれた段ボール箱で満杯になっていた(記者撮影)

首都圏や近畿圏を中心に地域限定でアマゾンの配達を請け負う物流会社は「デリバリープロバイダ(DP)」と呼ばれる。2017年末にヤマトがドライバーのアルバイトを時給2000円で募集して話題を集めた神奈川県では、宅配便のドライバー不足が全国でも際立っている。こうした状況を受け、アマゾンは昨年秋に地元の物流会社2社と新たに契約。DPの契約社は全国ですでに8社を数える。DPの中には、従来対応していなかった配達時間指定に今春から対応する会社もあるなど、アマゾンは配達サービスの維持・向上に躍起になっている。

活発化するECの自社配送網構築

アスクルが個人向けに展開する日用品ECの「LOHACO(ロハコ)」や家電量販店のヨドバシカメラのEC「ヨドバシ・ドット・コム」でも、商品の配達に自社配送網を活用している。首都圏など大都市部が中心だが、大手の宅配便同様、時間指定にも対応できるようにし、利便性向上に力を入れる。楽天も本格的な自社配送網構築に乗り出しており、物流センターを今後2年かけて現在の3カ所から10カ所に増やす計画だ。

JPモルガン証券の姫野良太アナリストは「自社配送網構築に取り組む荷主と、ドライバーの争奪戦はますます加速していく。ヤマトHDにとって、人員の十分な確保ができなければ、配送量を増やそうにも外注費に圧迫され、成長路線への復帰は難しくなる」と指摘する。

現状では自社配送網を構築できる荷主は限られているが、荷主側が高効率で低コストの配送網を構築するノウハウを得てしまうと、ヤマトにとっては大きなリスクになる。ヤマトが配達体制を再構築できても、荷主側の自社配送網に逃げてしまった荷物が戻ってこない可能性があるのだ。

大手ECが手掛ける自社配送網のサービスレベルが上がれば、ヤマトの宅配サービスの優位性が相対的に揺らぎかねない。商品の配達でヤマトを使うEC事業者の中には、運賃の値上げで上昇した配送コストを消費者にすべて転嫁できず、利益を削って対応しているところも多い。営業利益の過去最高更新も射程に入る中、ヤマトは運賃に見合った高品質なサービスを提供できているか、顧客からより厳しく問われることになりそうだ。