海の遊牧民として知られるバジャウ族は、インドネシアやフィリピン南部、マレーシアで暮らす少数民族で、陸地ではなく海上に住居を構えて生活しています。バジャウ族は素潜りで水深80メートルまで到達し、水中で3分以上活動したりするなどの驚異的な身体能力を持っています。コペンハーゲン大学のメリッサ・イラルド氏らの研究によって、バジャウ族の驚異の身体能力の秘密は脾臓(ひぞう)にあることが判明しました。

Physiological and Genetic Adaptations to Diving in Sea Nomads: Cell

https://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(18)30386-6

These 'sea nomads' are the first known humans to have a genetic adaptation to diving

https://www.sciencealert.com/indonesian-bajau-genetic-changes-adapt-them-to-aquatic-lifestyle

バジャウ族は、主に素潜りによる漁で生活をしており、漁を行うときは木製のゴーグルとモリなど、最低限の道具のみを使用します。このため、バジャウ族は素潜りで長時間潜る必要があったことから、息を止める能力が発達したと考えられています。

イラルド氏らの研究チームが、バジャウ族の人々を調査したところ、バジャウ族の人々は隣接する村の住人(サルアン族)よりも1.6倍ほど大きな脾臓を持つことが明らかになりました。また、バジャウ族の中で普段漁をしない人も大きな脾臓を持っていたことから、個人が環境に適用するために変化したのではなく、遺伝的な変化であると考えられています。

バジャウ族の脾臓が大きい理由は、脾臓の「血液を貯蔵する」という役割に大きく関係するとのことです。潜水中など息を止めている間、人体は四肢の血管を収縮することで血流量を減らし、血中の酸素を維持しようとします。このとき、脾臓が収縮して血管に酸素を送りだす役割も果たします。このため、大きな脾臓を持つことは送り出される酸素の量を増やすことになり、息を長時間止めることが可能になるというわけです。



研究チームがバジャウ族のDNAを調査すると「PDE10A」と呼ばれる遺伝子に変異があることが判明しました。PDE10Aは「T4(サイロキシン)」と呼ばれる甲状腺ホルモンを制御する機能があります。マウスの実験では、T4の分泌量と脾臓の大きさに関係性があることがわかっています。

イラルド氏によると「バジャウ族の遺伝的適用の仕組みを理解することは、疾患やケガなどで十分な酸素を取り入れられない低酸素症の治療に役立つことになる」と述べています。