年340万要求し親の愛情を試す30歳長男
■1400万円の退職金が2年で半分に……もう暮らせない
小雨降る日。私が勤務するFP事務所に60代の夫婦が訪ねてきた。予約時間より10分ほど早い。応接室には、少し落ち着かない様子の男性(62)と、伏し目がちな女性(60)がいた。あいさつを済ませると、二人は深くおじぎをして、こんな話を始めた。
「一度も働いたことのない長男(30)について相談したくて参りました。長男は今年2月、発達障害により障害年金2級の認定を受けました。一人暮らしをしています。5つ下の次男(25)は知的障害者で一緒に暮らしています。次男も障害年金(2級)を受けています。長男の仕送り負担が重くて、困っています」
長男には家賃として月5万円、さらに生活費として月15万円を仕送りしていた。しかし、お金が足りなくなると母親に電話で無心してくるため、仕送りはは見込みより100万円ほど多い年間340万円に達していた。父親が現役で働いていたときはなんとか暮らせたが、定年後の再雇用により年収は半分以下になり、長男への仕送り分がそのまま赤字に。60歳時の1400万円の退職金は、この2年で半分近くまで減り、このままはマズイと相談に来たということだった。
<家族構成>
父親:62歳(定年退職後、再雇用で勤務中 手取り年収390万円)
母親:60歳(主婦)
長男(本人):30歳(無職・別居・昨年発達障害と認定され、障害年金2級受給)
次男(弟):25歳(無職・知的障害がある・就労支援施設に通所・障害年金2級受給)
<資産>
預貯金:1012万円(残りの退職金700万円と、それまでの預貯金の合計)
自宅:マンション(持ち家・3LDK・時価2000万円)
<収入>
父親:約390万円
長男:約78万円(障害年金)
次男:約80万円(障害年金+給与)
▼母親「(長男とは)絶対に、一緒に暮らさない」
ここまでの話を聞いて、私はひとつ疑問だった。なぜ長男は一人暮らしをしているのだろうか。一緒に暮らせば、経済的な問題はおおむね解決できる。「ご長男を自宅に呼び寄せることはできないのですか」と聞いてみると、ずっと下を向いていた母親が、私に向かってこう答えた。
「とんでもないです! 絶対に無理です」
夫妻によると、長男は弟と母に対する暴言・暴力がひどいという。母親には、「俺がこうなったのはあのとき、お前の育て方が悪かったからだ」と責め、弟に対しては「お前がこんなだから、俺は就活を妥協できなかった」などと罵る。興奮すると、殴ったり、蹴ったりすることもある。
「本人は戻ってきたいようですが、一緒に暮らす選択肢はありません」
父親がそう断言すると、母親はふーっと息を吐いて、こう話した。
「『お金がないから振り込めない』と言ったら、『家を売れ!』と言われました。無理だというと、『障害年金は俺のものだ。俺が使えるようにしろ』と言います」
■両親の生活費は月17万減額、長男への仕送りは年240万減
筆者はFPとして次の3点を提案した。
(1)長男が暮らす賃貸マンションの契約者をご長男に変更する
長男を契約者にして住民票を移す(世帯分離)ことで、公営住宅の申し込みや生活保護の申請が可能になる→住居費の削減/最低生活費の確保
(2)家計の見直しを行う
長男の仕送りを止めたとしても、お父様の就労収入がなくなれば、大幅な赤字になる。ご長男だけでなく、家族全員で危機を乗り切る覚悟が必要→キャッシュフローの改善
(3)家族会議を開く
長男が現実を受け入れられるように話し合いの場をつくる。この生活を続けることでどんな未来が待っているのか、客観的に判断できる資料を提供し、両親の決意を示す→家計の状態を示し、少ない収入で暮らす覚悟を促す
(1)の提案は受け入れてもらえたが、(2)と(3)に関して戸惑っているようだった。そこで、将来どんな暮らしが待っているのかを理解してもらうため、現状のキャッシュフロー(CF)を明らかにすることにした。
▼家賃の仕送りは2019年度末まで、とする改善案
その結果、このままでは2020年度末には預貯金がゼロになることがわかった(図表1)。
父親の収入(手取り年収390万円)と次男の障害年金等(年80万円)を合わせても、父、母、次男の3人の基本生活費(年480万円)を賄えない。つまり長男が完全に自立し、仕送りがなくなったとしても、毎月のCFは赤字だった。退職金が入っていたので気付きにくかったのかもしれないが、極めて危険な状況である。
そこで、次の家計改善案を提案した。
1.両親+次男の生活費は月40万円を月23万円に減らす
2.家賃の仕送りは2019年度末までとする(2年間の猶予後に公営住宅への転居を目指す)
3.その他仕送り額を年280万円から年36万円(月3万円)に減らす
この改善案を見て、母親からは「長男への仕送りはまだ続けないといけないのでしょうか」と聞かれた。私は、「これ以上払いたくないというお気持ちはわかりますが、ご長男の自立のために必要であるとご理解ください」と答えた。
■長男への仕送りを完全に打ち切らなかった理由
仕送りを完全に打ち切らなかったのには、2つの理由がある。
1つは、公営住宅は希望すればすぐに入れるものではないからである。募集期間は限定されていて、人気も高い。入居までのつなぐ資金も必要だが、今ならつなぎ資金を出すことができる。入居できれば、長男の自立を促すことができる。
2つめは、今回の提案(改善案)がラストチャンスであることを長男に理解させるためだ。
今なら2年分の家賃とは別に、長男に月3万円の仕送りができる。しかし、1年引き延ばすと、収支の関係から仕送りは月2万円に減る。さらに1年先送りすると月1万円、3年先送りすると、資金がショートするため仕送りは不可能になる。だから、冷静に数字をみれば、今この提案を受け入れることが、長男にとって利益を最大化することになるのだ。
また、「家を売ればいいじゃないか」と言われた場合を想定して、資金がゼロになる3年目に自宅を売却し、今の生活を続けるシミュレーションを作った。すると、6年目で資金が足りなくなることがわかった(図表2:近隣の不動産価格等を参考に、売却後の手取り益を2000万円、売却後に発生する家賃月12万円で計算)。
▼母親「長男は私を攻撃してくると思います」
前述の3つの見直しを行った場合、父親が再雇用先を退職すると、やはり単年度では赤字になってしまうが、赤字額が小さいので、父親95歳、母親93歳まで金融資産が残り、自宅を手放さずにすむことがわかった(図表3)。
一通り説明をしたところ、父親から「これを実現させれば、私たち家族の生活は守られるのですね」と聞かれたため、私は「はい、その通りです。長男が何を言っても絶対に折れないでください」と答えた。
それを聞いた母親は「長男は私を攻撃してくると思うので、一切、口を開かないようにします。先生、私の想いを代弁してください。どうぞよろしくお願いします」と言って、深く頭を下げた。
■長男猛反発「お前たちは何を考えているんだ!」
家族会議当日、ご両親は長男がこの場にくるのか心配をしていたが、集合時間の5分前に長男はやってきた。両親、長男、発達障害者支援センターの相談員、FPである筆者の5人が揃ったところで本題に入った。
「本日はご長男の障害年金と仕送りについてご提案があり、お集まりいただきました。まずはお手元に配った現状のキャッシュフローをご覧ください(図表1)。現在の生活を続けた場合の家計収支をまとめています。お父様が定年退職されてから、年間340万円近い赤字がでており、このままでは3年目に金融資産がゼロになります」
そういうと、長男はそわそわし始めた。足踏みをしたり、身体を小刻みに揺らしたり。筆者は長男を刺激しないように、いつもよりゆっくりとした口調で話を続けた。
「現在の預貯金と収入で暮らしていけるだけの生活費を試算してみました。図表3をご覧ください。お父様、お母様、ご次男3人の生活費は月40万円から月23万円に見直していただきます。また、ご長男への仕送り額は現在の月15万円から月3万円となります。この仕送りと障害年金(年78万円)で暮らしていけるように、公営住宅の申請手続きを進めていきます」
すると、長男は急に立ち上がり、「お前たちは何を考えているんだ! 俺がこんな状態になったのはお前たちのせいじゃないか」と、大声で叫び、過去にあった恨みごとを念仏のように話し始めた。
▼父親「俺たちが悪かった。でも、もう暮らしていけない」
母親がおびえていたのはこれか。そう思った瞬間、父親が冷静な声でこう遮った。
「そうだ、俺たちが悪かった。しかし、お前の要求通りにお金を渡していると、あと数年で家族みんなが路頭に迷うことになる。暮らしていけないんだ」
その声に続き、筆者は長男に対して3つの提案を伝えた。長男は2つのキャッシュフローをにらみ付けたが、また母親に対して怒鳴りはじめたので、私は「話を聞いてください!」と声を張った。
それでも長男は「あなたの話は聞きたくない。どうせ生活に困ったら、生活保護がもらえるんだろう?」と反論してきたので、私は生活保護制度の詳細を説明した。
長男が暮らすエリアで最低生活費としてもらえる額は月7.5万円程度。一方、障害年金は月6.5万円程度だが、長男は両親から月3万円の仕送りが受けられる。生活保護を受けるよりも、今回の提案(6.5万+3万円)のほうが受取額は増えるのだ。
そのことを伝え、さらに自宅を売却した場合の試算結果も伝えた。資料に目を通した長男は、小さく「わかった」といい、発達障害者支援センターの相談員と話したいというので、解散になった。帰り際に父親はこういった。
「お前に対して自分たちができることは、家賃を最長2年分支払うことと、二人が生きている間は月3万円の仕送りを続けることだけだ。これ以上は何を言われても何もできない。また、今後お前とのやりとりは俺が窓口になる。母親の携帯は解約する。今後は俺の携帯に電話するように」
■長男「これでは生活できない。食費だけでなくなる」
相談員と一対一になった長男は「これでは生活できない。食費だけでなくなってしまう」と、これまでの強気の態度とは一変して、すがるような瞳で懇願してきた。
「食事が心配なら、同じ障害をお持ちの方が入居できる施設があります。そこなら、食事の支度はスタッフが行うので心配ありません。暮らしていけますよ。入所を希望されるなら、ご相談ください」
その言葉を聞いて安心したのか、しばらくの間、静かに通帳を見つめていた。彼が何を考えていたのかはわからない。ただ、背中を丸め、通帳を見つめる姿に、私は胸を締め付けられた。親子のボタンの掛け違いはいつから始まったのだろうか。彼はお金を要求することで、親の愛を図ろうとしていたのかもしれない。
▼長男からのお金の無心はぴたりと止まった
数カ月後、私は母親に電話をかけた。すると長男からのお金の無心はぴたりと止まったとのことだった。
子どもの要求に対して、親が譲歩しないこと。客観的な資料を用意したこと。相談員の同席により、逃げ場があったこと。それらの要素が、現実を受け入れ、一歩を踏み出す結果につながったのではないか。そう考えさせられた事案だった。
「普段から口うるさかったから殺した」。今年4月、鹿児島県日置市で父や祖母など男女5人を殺害した男は、そう供述しているという。男は仕事もせず、ひきもりがちだったようだ。ひきこもる子の暴力に対して、家族はどう立ち向かえばいいのか。
今回の家族のケースは、ひきこもる子を再生に近づけることで、結果的に家族を守ることができた。悩むだけでは事態は解決しない。ぜひ外部の専門家に相談してほしい。
(ファイナンシャルプランナー 柳澤 美由紀 写真=iStock.com)