「生意気」と言われても。後輩たちのために戦った日々

緒方が活躍していた1990年代の中頃、いわゆる「第3次声優ブーム」が到来。ラジオ番組やアーティスト活動、グラビア撮影の流行など、声優の仕事の幅が一気に広がった時代でもある。そのブームの先頭を駆け抜けた緒方が語る数々のエピソードは、現在からは想像もつかないようなことばかりだった。
緒方さんがデビューした頃に、「第3次声優ブーム」が起こりました。アニメの収録以外の仕事も増え、とても大変なことがたくさんあったのではないかと思います。
グラビア誌なども始まったけれど、当時の声優事務所の人たちはそういうことに慣れてないじゃないですか。自分もソロ写真集を出すと決まったんですが、スタッフリストの中にスタイリストさんがいなくて。「スタイリストさんはいないんですか?」って聞いたら、逆に「必要なんですか?」って言われてしまって(笑)。
スタッフさんもグラビアに詳しくない中での撮影だったんですね。
「たぶん必要だと思うんですけど…」って私が伝えたら、「じゃあ、ロケへ行くときに緒方さんの家に軽トラックをつけるので、ワードローブごと全部運びましょう!」って言われて。「ちょっと待ってください。私、膝の抜けたジーンズとかしか持っていないので、何とか衣装を用意していただきたいんですけど…」とお願いしたら、それを聞いたスタッフには「ワガママだ」と。
えーーーー!!
後は、ロケ中の宿泊先について尋ねたら、撮影に使うコテージで他のスタッフの方たちと雑魚寝、と言われて。
え、えーーー…!! 翌日も撮影があったんですよね? ソロ写真集の撮影となると、スケジュールもハードで、かなりお疲れだと思うのですが…。
「自分でお金を出しますから、別の部屋をとってもらえませんか?」と交渉したんですね。そうしたら、「そういうことを言ってる若手がいるんだって」、「何を生意気言ってんの?」という声もあったらしくて。
そんな…想像以上でした…。
最初のグラビア誌が始まったときも、ヘアメイクがつかなくて。でも、その頃には、そういった状況にもだんだん慣れてきていたので、「ヘアメイクさんをつけてください」とお願いをしたら、(事務所の)デスクに「そんなこと頼めない」みたいなことを言われるんです。だから、「私は別に、グラビアをやりたくて声優になったわけじゃない。雑誌の方が撮りたいと言ってくださってるんだから、お願いすればやってくれると思います。一般のグラビア誌だってヘアメイクがいるのが当たり前だから、それはお願いしてください」って。
直談判されたんですね。
こうでも言わないと、私から後の子たちにヘアメイクがつかなくなっちゃう。ここで踏ん張らないと、って思って交渉したんです。でも、それもやっぱり「ワガママを言っている」って。
今の声優グラビア誌を見ると、ヘアメイクもスタイリストもついていますが…。
そう! 4、5年経ったら「(ヘアメイクやスタイリストを)つけてくれなければ出れません」ってスタッフが言ってて、「おい、最初の頃と言ってることが全然違えよ」って思ったけど、「まあ、それでいいや」って(笑)。
緒方さんがそういう交渉をしてくださったおかげで、今があるんですね。
「後のみんなが困るんだから、そこは交渉しないと」と、私を焚きつけてくださった先輩たちがいまして(笑)。「イベントが始まった頃、これくらいのギャランティじゃないと出ないって俺らが言ったから、お前こんなにもらえてるんだぞ。今はお前が戦わなきゃいけないときだ」って。先輩たちは先輩たちで戦ってきたわけだから、「ここはお前のターンだ」って言われれば、そうだよなって。
誰にでもできることではないと思います。緒方さんは面倒見が良いイメージがありますが、そのときから、後輩のことを考えて動かれていたんですね。
そういうなかでずっとやってきたから、後輩の気持ちがわかるところもあるのかな。インターネットが始まり、次々に新しい時代の仕事が生まれ、それを最初にしなきゃいけないその世代のトップの子たちは、合間合間にいる。先輩から見たら何やってんだと思われることもある中で頑張っている子をみると、ちょっとだけかまいたくなるんです(笑)。
自分も昔、他の部署のスタッフに揶揄されながらも、現場で一緒に戦ってくれた事務所スタッフや、何人かの先輩の言葉に、救われてきたから。めぐる、ってことですよね(笑)。

「すべて宣伝のためですよ!(笑)」Twitterに秘めた戦略

緒方さんといえば、たくさんの人を勇気づけるTwitterでも頻繁に話題になっています。2011年の5月から始められたとのことですが、その経緯についても教えてください。
東日本大震災がキッカケです。誕生日が6月6日なので、バースデーライブのために2daysでテレビ朝日さんのイベントスペースをおさえていたんですよ。でも、この空気の中で誕生日イベントをするわけにもいかないだろう、っていう思いがあって。
震災のあとは、イベントを自粛する動きが広がっていましたから、緒方さんも「このままでいいのか」と悩まれたかと思います…。
それで、ライブをチャリティイベントにスイッチすることにしたんです。1日目は入場無料で、親子でも来られるようなスペースを設けて、寄付金箱を置いていただき、声優仲間たちと絵本の朗読をするという。2日目はシンガーを呼んでのチャリティライブ。じゃあ、そのイベントをどうやって広めようかと考えて、Twitterを始めることにしたんです。
前々から、Twitterをご覧になっていたんですか?
存在は知っていたけれど、とくに見ていなかったです。自分で自分のことをつぶやく、ということに、当初は興味がなかったから…。でもTwitterで告知したおかげでたくさんの方が来てくださって、170万円くらいを被災地に送ることができました。
そこでTwitterは拡散力があるということに気づいて、それ以来。自分自身のアルバムやライブ、関連作品はもちろん、周りの大好きな方々の宣伝もお手伝いできたらと思い、みんなの活動を応援する目的で続けてみることにしました。だから私、プロフィールにも「宣伝アカウント」って書いていて。そう書いてあるのに、宣伝のリツイートが多いと怒る人もたまにいるんですけど…(笑)。
ということは、つぶやくのは仕事の延長という位置づけなのでしょうか?
もはや、その様相はだいぶ変わってきましたが(笑)。途中から、フォロワーさんは普通に告知をしてもあんまりリツイートしてくれないけど、日常のツイートの直後に宣伝すると割と拡散されるっていうことを発見して。「これだ!」って思って(笑)、宣伝以外のツイートも始めるようになりました。
とってもおいしそうな手作り料理のツイートも、頻繁にされていますよね。
ご飯ツイートはなぜか広がるんで…(笑)。「楽しみにしてます!」と言われて驚き、じゃあ普通につぶやきつつ、ごくたまにご飯ツイートの中に「明日のイベントのために、これを食べて力をつける!」みたいな文を入れてみたり、その直後に翌日のイベントの告知をRTしたりすればいいかも、と。くだらないアホなネタツイートも何もかも、すべて宣伝のためですよ? ええ…別にくだらないことを言いたいわけじゃなく、ええ…(笑)。
そんな戦略が(笑)。でも緒方さんのTwitterは、本当に拡散力があると思います。
そうですか? リツイート数だけだったら、今、人気のある若手のほうが拡散されているのでは。
緒方さんのツイートがネットニュースになることも多いですよね。
ああ…はい(苦笑)。何でなんでしょう? このあいだも福山 潤に、「緒方さんと会うのは半年ぶりくらいなんですけど、1ヶ月に一度くらいネットニュースになってるので、何だかずっと会ってるような気がします」みたいなことを言われて(笑)。
それだけ影響力がある、ということではないでしょうか。
うーん。(考えて)私の…これは自分の仕事全般に心がけていることなんですけど、「一見の方を置いていかない」という。たとえばライブも、初めて来てくれる人にもわかりやすいライブをいつもしよう、と。そうすると、初参加の人も楽しいし、いつもの人も「緒方はそうしてるんだな」と微笑ましく思ってくれるみたいで(笑)。それを、ラジオのトークや、ツイートでも、なるべくやろうと思っているんですね。あえてやるネタもの以外は(笑)。
たぶんそういうふうに、一般の方にもわかるような言葉でいろいろなことを…たとえば業界についてつぶやいたりするので、(マスコミに)拾われやすいのかもしれません。もともと第3次声優ブームの頃に、声優業界のことを知らない方たちに対して自分たちの仕事を説明する、みたいなテレビ番組出演や、一般誌の取材が多かったんです。
少し悲しい経験もたくさんしたんですが、言葉を選べば、伝わることも学んだ。拙いながらも、業界に対する偏見や、誤解を解くこともできるんだ、と。たいしたことをできるわけではありませんが、外の世界と私たちの業界を、わかりやすい言葉で「つなぐ」お手伝いができたらいいなとは、いつも思っています。

「悩んでいる人に何と言葉をかけるか」を考えるのも仕事

Twitterを使っていると、心ない声を目にすることもあるかと思います。緒方さんは、自分のツイートに対してそういった投稿が来たとき、どうしていますか?
「なぜそういうことを言うのか」と、その人のウラを考えて、仕事の肥やしにさせていただいております(笑)。でもまあ、だいたいはスルーさせてもらってます。
自分の言葉が、たくさんの人に拡散されていくことについて、どのように考えていますか?
声優声優と言っていますけれど、私は「発信する」仕事のほうが多いので、それもある意味仕事の流れのひとつかもと…。声優になりたての頃、もともと声優という仕事は、「アニメーション」「洋画の吹替」「CM」「ナレーション」の4つで生きていくのだと教わっていました。でも私は、アニメ以外の3つはほとんどしていなくて、「アニメ」「歌」「ラジオ」「グラビア」で生きてきた。最初の頃は「あいつは声優って言えるの?」、「自分のこと“何屋”って呼ぶの?」って言う人もいて。
でも、よく考えてみたらたしかにそうじゃないですか。音楽を作るのもラジオ番組に出るのも「発信する」…「自分自身を出す」仕事で、演技はアニメしかない。じゃあ私がやっている仕事は何なんだ、ということに最初はすごく悩んでいました。
そうだったんですね。
と言いましたけど、「自分を出す」ことも声優の仕事だ、と考えている人が今はほとんどでしょ?
そうですね。グラビアやラジオ、歌やイベントも…。
時代が変わって、今ではそれをすべてやれることが、若手の登竜門的になった。世代交代が進み、歳を重ねれば、やはりアニメ以外の仕事に移る方が大手事務所ではほとんどですが、私はフリーなのでそういうこともなく、たまたま25年間それしかやってこなかったので、「自分を出す=発信する仕事+アニメ」がメインのプロになってしまいました。この歳ではだいぶ少数派ですが(笑)。
もともとは、あんまり自分個人のパーソナルを出すのは得意ではなかったので役者の仕事を選んだのですが、そういう仕事を繰り返してるうちに、自分の言葉も見つかってきて。発信する仕事を与えてもらえているなら、それを使って、世の中を楽しくしたい。元気になってもらいたい。そういう言葉を発し続け、そういう音楽を作り続けたい。それが拡散されることで、少しでも誰かの力になれているのだとしたら、嬉しいなと思います。
Twitterを利用することで、良いこともありましたか?
さっきは「すべて宣伝のため!」と言いましたが(笑)、もちろんそれだけではなく、たくさんの刺激をいただいています。情報が早く手に入ることはもちろん、作品や楽曲の告知ツイートでリプライとしてもらう感想は本当に励みになりますし、たまにつぶやく本音…世の中の出来事についての思いを発信し、それが広がっていっていただく反応などは、次の曲を書くモチベーションにもなっています。
緒方さんは2000年頃から、作詞・作曲も手がけるシンガーソングライターとして活動。ライブツアーなども積極的に実施されていますが、その音楽活動も「発信する」という意味合いが強いですよね。
はい。当初は「自分を出す」ことに戸惑い、役を演じるような楽曲を作っていたのですが、もともと役者になる前に音楽をやっていたし、大好きだったので、もういっか! と(笑)。今のレコード会社、ランティスに移ってから、代表の井上(俊次)さんに背中を押していただき、自分で創りたい音楽を創るほうにシフトしました。
とはいえ2000年代のうちは、下積み…いったんゼロから、バンドメンバーと自分だけでバンで全国を回るような、バンド小僧のような活動を、何と30代半ばから始め(笑)。2010年に創った「再生-rebuild-」(ゲーム『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』EDテーマ)から、改めて自分の音楽も再デビュー、「リビルド」したようなカタチです。
なるほど。どのように変わっていったのでしょうか?
ラブソングより“ライフソング”を多く。人を応援する曲――「エールロック」しか書かないって決めて。幸い、長すぎる下積み期間を経てきたので、言葉も音も歌も、経験値だけは豊富なので!(笑) 今では、自分のすべてを使って、聴いてくれるみんなを元気にできるような、背中を押せるような、応援のメッセージをたくさん詰めた音楽を創り、歌い続けていきたいと思っています。
私にとっては、「発信すること」は、演技と同じくらい大切なこと。そのためにも、世の中で起きていることを全部吸収して、どうしたら自分の言葉で伝えられるか、どんな曲を創ればということ、今を生きている人が苦しい思いをしていたら、どういう言葉をかけられるだろうか、と考えるのも、仕事のうち。これからも、Twitterなどを通していろんな方に触れつつ、みなさんに元気になってもらえるような作品を、音楽を、言葉を、お届けしていきたいと思います。神様が私に与えてくれる時間の限り。
緒方恵美(おがた・めぐみ)
6月6日生まれ。東京都出身。B型。1992年、『幽☆遊☆白書』の蔵馬役で声優デビュー。代表作に、『美少女戦士セーラームーン』シリーズ(天王はるか/セーラーウラヌス)、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ(碇シンジ)、『カードキャプターさくら』(月城雪兎/ユエ)、『Angel Beats!』(直井文人)、『ダンガンロンパ』シリーズ(苗木 誠、狛枝凪斗)など。歌手としても精力的に活動しており、2017年には声優デビュー25周年企画の一環で、国内と海外で同時にCDを販売するというクラウドファンディングを成功させた。セルフカバー・ベストアルバム『EARLY OGATA BEST』が5月30日にリリースされる。

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