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■ネガティブな気持ちにどう向き合うか

死を恐ろしいと感じる――年齢・性別問わず、人であれば当たり前のことです。これまで心理学では「ネガティブな気持ちにどう向き合うか」について考えられてきました。しかし近年では、21世紀に入って研究が進んでいる「ポジティブ心理学」が注目されています。

簡単に言うと、自分自身が持っている心の強みを発見して、前向きに幸福と人生の充実を目指すのが、ポジティブ心理学。この心理学の新しい領域が、「死への恐れ」と付き合う助けになってくれます。

死を強く感じ、恐ろしく思うのはどのようなときか。人がもっとも死を意識するのは、身近な人の死を経験したときであると調査の結果からわかっています。

人間の最大のストレスは、配偶者や親、子との死別です。親しい人の死に対峙したときに、自分自身の死を考える。存在への言い知れぬ不安に襲われます。その気持ちを「よい方向」に持っていくことが大切です。人生を悲観するのではなく、自分の中にある譲れないもの、「私はこれを大切にする」という、方向性を見出すことが求められます。

いくつになっても死は恐ろしいものですが、年齢を重ねるにつれ死を意識することは増えていきます。現実に死の場面が周囲に増えるからです。例えば社会人になれば葬儀に参列する機会も増しますが、それは年を重ねるごとに増えていきます。

葬式では、近しい人、親族や祖先を大事にする思いが強くなるものです。そして、それが、制度、文化を守る気持ち、「利他性」にもつながるのです。死を恐れるだけではなく、死を考えることで自分と他者、社会との関わりを前向きに確認する。そうして、自己を確立し、生に価値を見出していくことができるのです。

■「自分が死んだら悲しむ人」の顔が浮かぶか

ただし、日本は長寿国で、近年は他者とのつながりも薄くなり、死と直面する機会は減っています。死を考える機会がないまま、人間関係が希薄な状況下で、備えもないまま大きな恐れに襲われる。すると、虚ろな自己のまま、「自殺」という選択肢を選んでしまう。先進諸国の中で、日本で若い世代の自殺が多いのは、このような背景があると考えられます。

先ほども述べましたが、死の恐れを乗り越えるためには、利他性、つまり「他の人のために生きている」、言い換えれば、他者に支えられて生きているという気持ちが欠かせません。安心して生きるためには、いろいろな他人、共同体と関わること。職場だけではなく、友人、地域や趣味のつながりを持ち、「自分が死んだら悲しむ人」の顔が浮かぶような状況にすることです。

つながりが長期的な備えになる一方で、日々の日常的な楽しみを増やすことも大切です。体を動かすことがポジティブな気持ちを高めることは知られています。ほかにも、例えばお笑い番組を見ることでも何でもいいのです。楽しさを追いかけることは、どんなことでも視野を広げてくれますし、一時的でもポジティブな感情を重ねていくことで、死の恐れを乗り越え、人生を豊かにすることができるのです。

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島井哲志(しまい・さとし)
医学博士、指導健康心理士
関西福祉科学大学心理科学科教授。著書に『ポジティブ心理学を味わう』など。

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(医学博士 島井 哲志 構成=伊藤達也 写真=iStock.com)