早稲田を代表する老舗ラーメン店といえば「メルシー」。閉店が相次いでいる中でも、頑張って営業を続けている(筆者撮影)

東京・早稲田。東京メトロ東西線の早稲田駅を軸とするこのエリアは、その地名を冠する早稲田大学をはじめ学習院大学や日本女子大学、そのほか各種専門学校など学生が多く集まる街だ。社会人と比べて相対的に金銭面に余裕のない彼ら、彼女たちをターゲットとして、「安い」「旨い」「多い」の三拍子がそろった「ワセメシ」と呼ばれる飲食店が数多く存在する。

早稲田エリアのラーメン店事情が激変している

そんな早稲田エリアのラーメン店事情がここ数年で激変している。最安で1杯300〜400円台などというお手ごろメニューをそろえてきた老舗ラーメン店が、続々と閉店に追い込まれているのだ。


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今年1月に閉店したのは「西北亭」。鶏ガラにほんのり生姜の効いたスープのラーメンが看板メニューだった。周りのお店よりは少し値段が高めだったが、店内も広いのでサラリーマンも多く、早稲田の町中華的存在だった。

老舗ラーメン店の閉店は西北亭だけではない。ここ数年を振り返ってみよう。早稲田通りの穴八幡のほど近くに佇む「昇龍軒」は2011年に惜しまれながら閉店した。1964年創業。山登りが大好きな店主・大井川昇さんが、山に行く自由な時間を作るために始めたお店だった。ラーメンは390円。大盛りのチャーハンや焼きそば、豆腐料理も人気で愛されたが、休業が続いていた。

大学の早稲田キャンパス沿いに並ぶようにしてあった「ほづみ」も2012年に閉店している。「ほづみ」は醤油が濃いめのラーメンが人気。こちらも1杯390円だった。頑固な店主に怒られながら食べた学生も多かっただろう。私もその1人だ。サービスで付く麦飯にスープをかけて食べるのがお決まりだった。

2014年に閉店した「稲穂」は優しいおじさんとおばさんが営むお店。タンメンが人気だった。タンメンは380円。時間にルーズな早稲田生のために店内の時計を10分進めていたというのは優しさあふれるエピソードだ。

早稲田周辺にはチェーン系のお店をはじめとして、新しいラーメン店が続々と開業している。日本全国のラーメン情報をレビューやランキングで紹介している「ラーメンデータベース」によれば、早稲田駅周辺で、過去5年間(2013年4月〜2018年3月)に開店したお店は確認できるだけでも、次の22店ある(順不同)。

柳屋 銀次郎
大志家
図星 はなれ
RAMEN GOSSOU
眞久中
横浜家系ラーメン 早稲田家
自家製中華そば としおか
ラーメン 巖哲
らーめん 一条
日高屋 早稲田西口店
横浜家系ラーメン 違う家
油SOBA専門店 図星
おおぜき中華そば店 早稲田店(閉店)
千里一麺(閉店)
ラーメン居酒屋 麺さがね(閉店)
油そば専門店 春日亭 早稲田駅前店(閉店)
ワンコインらーめん いち(閉店)
Sagane 麺ya 早稲田大学前(閉店)
江戸川ラーメン 烈幸(閉店)
つけ麺 たけのじ(閉店)
鶏の華 早稲田店(閉店)
辛子にんにく亭(閉店)

早稲田周辺のラーメン店は競争が激しい

このうち10店がすでに閉まっているのも驚きだ。それだけ、早稲田周辺のラーメン店は競争が激しいといえる。私は中学から大学までの1993年から2003年まで、早稲田の地に通ってきた。当時の面影がほとんど残っていないこの街並みは寂しいものがある。


濃いめの醤油ダレがビシッと効いて中太の麺によく絡む(筆者撮影)

そんな中でも頑張って営業を続ける老舗ラーメン店がある。「メルシー」だ。

早稲田中学校・高等学校の目の前にあるお店で、かつては早稲田実業学校もすぐそばにあった。早稲田大学の早稲田キャンパスからも徒歩5分。まさに早稲田生のソウルフード的なお店だ。早稲田のOB、OGには家族を連れて土日に食べに来るお客さんも多い。

1958年に創業し、途中で一度移転したが、今年で60年になる。2代目の小林一浩さんが先代の味を受け継いでいる。ラーメンは400円。豚骨・鶏ガラがベースとなったスープに煮干がほんのり効いている。濃いめの醤油ダレがビシッと効いて中太の麺によく絡む。コショウをかけたり、お酢をかけたり、ラー油をかけたり、お客はそれぞれの楽しみ方で美味しそうに麺をすすっている。


2代目の小林一浩さんが先代の味を受け継いでいる(筆者撮影)

しかし、そこには学生の姿はちらほら。お客さんはサラリーマンや近所の年配の方々がメインだった。

「客層はだいぶ変わりました。学生は減りましたね。学生はこってりしたものが好きみたいで、新しいお店に行っているみたいです。老舗がどんどん閉めていますよね。交流があるわけではないが寂しいですね。さすがにうちも危機感はあります」(小林店主)

「メルシー」はワセメシの象徴的なお店。メルシーですらこの状態では、他のお店が閉店に追い込まれるのもやむなしということなのか。

老舗ラーメン店が続々と閉まる要因は

BS-TBS「郷愁の街角ラーメン」を監修し、“ノスタルジックラーメン”を多数取材するラーメン評論家の山路力也さんは、早稲田周辺で老舗ラーメン店が続々と閉まる要因をこう分析する。


メニュー(筆者撮影)

「戦後から高度成長期、60〜70年前に開いたお店は後継者問題にぶち当たっています。しかし、現代の価値観として『家業』という考え方が薄れてきていて、親のほうも子どもに継がせたがらなくなっています。老舗は持ち物件で家族経営をやっているお店が多く、ランニングコストもそう高くない。ある意味ルーティーンに近い仕組みで営業しているので、続けやすいはず。儲からないので閉めたというケースはそうそうなく、原因はほぼ後継者問題であり、そもそも自分の代で閉めようと思っているお店も多いのが現状です」(山路氏)

「家業制度」の崩壊こそが、老舗の閉店の真相だという。個人商店は決して儲からなくなったのではなく、後継者を取らずにそのまま閉店し、その跡地に大手チェーンが入ってきている図式だ。決して客を食われたから閉店しているのではない。

街の象徴として長く残ってほしいというのはわれわれの一方的な思い。あくまで商売としてお店をやるのであれば、子どもに継がせることがベストとは限らないのだ。