eスポーツ上位選手がプロを目指さない理由
『スマブラ』のトッププレーヤーである河村裕太氏(右)に話を聞いた(筆者撮影:写真は闘会議2018)
「高額賞金はモチベーションの1つにはなるが、必須ではない」と語るのは、『大乱闘スマッシュブラザーズ』(以下、スマブラ)のトッププレーヤーである河村裕太氏(選手名:あばだんご)。eスポーツ大会の話題において、高額賞金が最右翼に上がってしまうことに対して、プレーヤーとしての率直な意見を伺いました。
ちなみに『スマブラ』とは、マリオやゼルダ、カービィなど任天堂のキャラクターがゲームタイトルの枠を超えて大集合しバトルする対戦アクションゲームです。1999年にニンテンドー64版がリリースされたのを皮切りに、ゲームキューブ、Wii、Wii U、ニンテンドー3DSと歴代ハード版が発売され、いずれも大ヒットを記録しています。今年にはNintendo Switch版がリリース予定(時期未定)。
eスポーツ大会に参加する目的は?
――これまで数々のゲームイベントに参加し、時には運営側としても活躍した河村さんにとって、eスポーツ大会に参加する目的は何でしょうか。
河村裕太(以下、河村):「初めは『スマブラ』が好きで大会に参加するだけで楽しかったんですよね。そのうち、強いプレーヤーが誰なのかわかってきたり自分が好成績を残せるようになったりすると、その選手に勝ちたいとか、自分のプレーを見せつけてやりたいとか、そういう気持ちで参加するようになりました。日本での『スマブラ』の大会では賞金は出ないので、賞金が目的と考えたことはなかったですね」
――日本でというと、海外では賞金が出るのでしょうか。
河村:海外では賞金が出る大会もありますね。賞金が獲得できれば収入になるので、目当てになることもありますが、それが主たる目的ではないです。海外の大会への参加は、大会主催者が日本人プレーヤーを参加させたいって話があって、大会参加者や『スマブラ』のファンが寄付を募って、渡航費を用意してくれるんです。それで参加しに行く感じです。必ず渡航費が出るわけではないので、どうしても出たい大会は自費で参加します。
――賞金も寄付なのでしょうか?
河村:賞金は参加費から出ています。日本だと賭博罪にかかってしまうのですが、海外だと参加費から払われることが多いですね。参加費から払われるのって、実は合理的だったりするんですよね。スポンサーを募らなくてもいいですし、人が集まりにくい地方でもとりあえず参加者がいれば出せますし。それでも賞金はやっぱり二の次ですね。海外大会は参加費から日当や利益を出すことができているから賞金を出すということが考えられます。日本のユーザーコミュニティ大会で運営がほぼ赤字のところが多い中で賞金を考えるのは、まだ先の話ですね。
――やはり大会に参加することが重要なのでしょうか。
河村:eスポーツと呼ばれる以前からやっているゲーム大会って、メーカーや運営会社が企画したものもあるのですが、ファンのコミュニティやゲームセンターなどが主催することも多いんです。僕がやっている『スマブラ』も、インターネットの掲示板とかでスレを立てて、『スマブラ』好きが集まって大会になっています。
河村裕太(あばだんご)/スマブラ国内屈指のプレーヤー。EVO(Evolution Championship Series)をはじめとした世界大会において上位入賞経験多数。PGR(Panda Global Rankings)の世界ランキングでは3シーズン連続でトップ10入りを果たす。現在15位。使用キャラクターはミュウツーとベヨネッタ(筆者撮影)
最初は対戦者募集みたいな感じで。それからレンタルSNSを借りて、専用のコミュニティができた感じです。これはWiiの『スマブラX』の頃の話ですね。Wii Uの『スマブラfor Wii U』が出た頃には、そのSNSのサービスが終了してしまい、今はTwitterに移りました。
そういった感じで『スマブラ』好きの仲間が集まって、いつの間にかコミュニティとして発展し、大きめの大会を開催するようになった感じです。『スマブラX』のときは運営の手伝いをしていました。今は、Umekiさんという人が主催する「ウメブラ」が有名ですね。だいたい月イチで開催していて、196人のトーナメントはだいたい埋まってしまいます。数十人くらいのボランティアスタッフもいるくらいの規模です。
運営費がまかなえていない状態
――特に賞金がなくても月イチでそれだけの人数が集まるのですね。
河村:一応、参加費はとっているのですが、運営費としては毎回ではないもののほぼ赤字になり、トータルで考えると赤字です。赤字は運営や主催者が補填しています。自腹を切ってまで大会を続けているのは、本当に趣味を超えた趣味って感じです。先程言ったとおりスタッフもボランティアなので、せめてバイト代や弁当代くらいは出せればいいなと思います。
――それだけの大会だと観客から入場料をとれるのでは?
河村:一応、参加しない人は見学者として入場料1000円をいただいていますが、それでも運営費がまかなえていない状態です。観客を多く入れるために会場を大きくすると、今度はコストのほうが高くなってしまうんです。入場料を上げるというのもちょっとやりたくないですし。なので、賞金よりも運営費におカネが回るような感じにしたいですね。
――安定して大会を開くために運営におカネを回すのはもっともだと思います。ただ、選手としては稼ぐ手段がないと続けていけないのではないでしょうか。
河村:確かに『スマブラ』のプレーヤーの選手生命は大学生までと言われていたりします。社会人になってもガチでやりこめて、さらにトッププレーヤーとして走り続けられるのは、ほんのわずかなわけです。海外では賞金やスポンサー事情が日本よりもよいので、海外の『スマブラ』のトッププレーヤーは専業でプロとして活躍している人もいます。
そういう人と渡り合えるようになるには、やはり専業でプロになるのが最も確実なのですが、『スマブラ』に関しては日本の大会で賞金がなかったり、スポンサーがつきにくかったりと、プロにはなりにくい状況なので、学生までしか通用しないと言われているんです。活動の拠点を海外に移せばなんとかなるかもしれませんが……。そういった意味で、ほかのゲームと違い『スマブラ』でプロを目指す人がほとんどいないというのもありますね。
すべての人がプロになりたいわけではない
――賞金を稼げなかったりスポンサーがつきにくい状況がなくても、プロを目指さないという人は多いのでしょうか。
河村:コミュニティ発祥で、好きなものをみんなで集まってプレーするというのが心地よいので、それ以上の状況を求めている人は少ないかもしれません。『スマブラ』に関してはプロゲーマーになるためにゲームをしているという人は多くないと思います。腕が立って、大会で好成績を残せたからといって、すべての人がプロになりたいわけではないんです。
闘会議2018「大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U niconicoチャンピオンシップ2018」の様子(筆者撮影)
たぶん、これは『スマブラ』だけでなく、ほかのeスポーツゲームタイトルの大会に出ている人も感じていると思います。プロになるということはある意味覚悟が必要だと思います。ほかのプロスポーツ選手と同じような立場になるとしたら、ある程度プライベートもさらけ出されてしまいますし、いろいろな制約も出てきます。そんなことを背負わされるなら今までどおり好きなゲームを好きなときに遊んでいるほうがいいんでしょうね。
――なるほど。これまでのeスポーツ大会はどうしてもゴルフやテニスのようなプロの大会をイメージしてきましたが、市民マラソンのように、参加すること自体を楽しむ大会もあるということですね。
河村:eスポーツ自体は肯定しますし、はやってほしいと思っていますけど、プロ化やオリンピック種目になるということに対してはまったく興味がない人もいるってことですね。オリンピック種目になることはすばらしいことだとは思いますが、eスポーツ大会に出場する人や運営する人の総意であるとは限らないと思います。
――賞金ではなくスポンサー契約することでプロになるというのは考えないのでしょうか?
河村:僕個人としてはスポンサーがついてもらえればうれしいです。ただ、ついたらついたでいろいろ縛りも出てきてしまいます。ほかのeスポーツでスポンサー契約している人もいますが、たとえば動画配信サービスとかがスポンサーになっていますよね。
でも、ほかの配信サービスを見てくれている人たちに、スポンサーの配信サービスに移ってもらうのは難しいわけです。僕自身も配信をしていますが、それをほかの配信サービスに切り替えますっていうのは、簡単にいかないことだと思います。
個人契約でなく、チームで複数のスポンサーと契約し、そのチームの一員となるのはありかもしれません。2016年には僕自身が北米のプロeスポーツ団体「Luminosity Gaming」と契約していました。
インタビューを終えて
eスポーツをメジャー化することを目標に掲げている人にとってみれば、高額賞金も、オリンピックのようなスポーツ大会への参戦も目標となるわけです。しかし、ゲームファン同士がコミュニティを形成して、大会を開いていた人たちにとっては、必ずしもプロ化や巨大スポーツイベントへの参戦は目標となっていないことがわかりました。
よくよく考えてみたら、学生時代の部活や趣味で始めるスポーツも、すべての人がプロになりたいわけではないのですから、eスポーツでも同じことが言えるわけです。現状のeスポーツは多少急ぎすぎている感もあるので、ほかの人と一緒にプレーすること自体を楽しみにした大会運営にも目を向けていくべきなのでしょう。