なぜタクヤさんはシングルファーザーになったのだろうか(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回取り上げるのは、「現在の給与では生活保護を受けないと生活できない」と編集部にメールをくれた、3人の子どものシングルファーザーだ。

「学校くらい好きに行っていいよと言いたかった」

大阪府内の公営住宅。子どもたちは壁際にしつらえた3段ベッドで、寝起きしている。普通より奥行きのある造りの押し入れが“勉強部屋”だという。外で拾ってきたカラーボックスを運び入れ、机代わりにしている。たくましくも見える子どもたちの様子を横目に、シングルファーザーのタクヤさん(45歳、仮名)はこう語る。


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「学校くらい、大学でも、専門学校でも。私立でも、公立でも、好きに行っていいよと言ってあげたかった」

自治体の嘱託職員として障害者福祉にかかわる部門で働いている。月収は約17万円。

父親の思いとは裏腹に、長男は高校卒業後、すぐに働き始めた。「『なんで大学行けへんの?』と聞いても、『働く』と言ってききませんでした」。

次男は、授業料と昼食代、定期代は自分でアルバイトをして稼ぐからと言って昨春、公立大学に進んだ。それでも足りない分は、入学時に社会福祉協議会などから約80万円を借りた。学校は遠方にあり、実習なども多いため、朝6時に家を出て、帰ってくるのは夕方6時。その後、日付が変わる少し前までレジ打ちのバイトをし、遅い夕食を食べて眠るのは深夜2時ごろだという。そんな生活を1年、続けている。

「18歳の子どもに借金を背負わせたんです。申し訳なくて死にたくなりました。本人は『電車の中で寝てるから大丈夫や』と言うんですが……。大学の友達と遊びに行くところも見たことないです」

今春、高校受験を控えた末っ子には早々に「私立はあかんで」と伝えたという。府立高校なら入学金や授業料、制服代などを合わせても年間30万円ほどですむが、私立高校の場合、入学時だけで約60万円、年間だと100万円を軽く超えるからだ。

幼い頃から、子どもたちに我慢をさせてきたことは「山ほどある」。一緒に買い物に出かけたときに「おやつ、買ってええで」と言っても、そろって「いらない」と首を横に振るばかり。気を使っているのだと気づいてからは、たとえば飴とチョコレート、せんべいを見せて「どれがええ?」と聞くようにしたが、それでもいちばん安い商品を選んできたという。

あるとき、学校側から部活の遠征費が支払われていないと連絡を受け、「家じゅうをひっかき回しておカネを用意したこともあります」。遠征があるのに、家計が苦しいと思ったのか、親に黙って参加しなかったこともあったようだという。きょうびの連絡網にはLINEが使われることが多いのだが、子どもにスマートフォンを持たせる余裕はなく、タクヤさんのところだけは連絡先が自宅の固定電話だった。

子どもたちが公園のビワの実やクコの実を食べているのを見たときは「たくましい子やなと思うと同時に、我慢させてんねんな、申し訳ないなと思いました」。今年の冬は野菜の値段が軒並み高騰し、生野菜をほとんど食べさせてやれなかったことも気がかりだという。

「子どもたちに申し訳ない」――。取材中、タクヤさんは何度もそう繰り返した。

20年近い結婚生活だったが…

大学では、福祉を専攻。社会福祉士や障害者ガイドヘルパーなどの資格を取り、新卒で社会福祉法人に就職した。正社員で、月収約19万円。この頃、もともと面識のあった女性がメンタル面に不調があるというので相談にのったところ、それがきっかけで交際が始まり、結婚した。「話も合い、共通の趣味もありました。(メンタルの問題は)理解し合っていけると思っていました」。実際に結婚後、しばらくは共働きで、世帯収入は毎月30万円ほどあったという。

その後、職場で起きた解雇問題などに反発して退職、障害者作業所に転職した。正職員で、賃金水準もほとんど同じ。人間関係にも恵まれる一方で、利用者の処遇改善などの業務を買って出たことで仕事が増え、帰宅が深夜になることが珍しくなくなった。同じ頃に妻の体調が悪化。家事と保育園の送り迎えなどはすべてタクヤさんが担うようになったという。

職場から保育園に子どもたちを迎えに行き、家で夕飯を作り、再び職場に戻る――。こうしたハードワークを数年間続けた結果、心臓病を発症。手術を受けたが、施設や作業所など体力を使う現場への復帰は難しくなった。「上司は『早く帰れ』と心配してくれていました。やりがいのある仕事で、僕がつい頑張りすぎてしまったんです」。

それからはタクヤさんが自治体の非常勤職員などとして働いたが、給与水準はダウン。妻は定職に就くことができず、最低生活費に足りない部分を生活保護で補うようになった。また、妻は仕事中に頻繁に携帯に電話をかけてきて不安を訴えるなどしたため、彼が転職を余儀なくされたこともあったという。

「妻の面倒を見ることを苦痛だと感じたことは一度もないんです。不安定なのは病気のせいですし、病気も個性のひとつだと思っていました。(妻は)病院では感情性気分障害と診断されましたが、統合失調症の傾向もあったと思います」とタクヤさん。

しかし、3年ほど前、妻が浮気をしていることがわかった。悔しい思いもあったが、「子どものことを考えると、これ以上(夫婦生活を)続けることはできない」と判断。親権はタクヤさんが持つことで早々に離婚を決めた。20年近い結婚生活を「子育ても家事も1人でやってきたので、ずっとシングルファーザーのようなものでした」と振り返る。

「正社員で働けばええやん」

厚生労働省の「全国ひとり親世帯等調査」によると、2016年度、父子世帯数は約19万世帯。母子家庭の約123万世帯に比べると少ないが、離婚が増えるのに伴い、ひとり親世帯は増加傾向にある。また、平均年収(父親もしくは母親自身の収入)は、父子世帯が420万円、母子世帯が243万円。シングルファーザーはシングルマザーよりも正規雇用の割合が高い一方で、子どもとのコミュニケーション不足や周囲のコミュニティからの孤立といった問題に陥りがちだといわれる。

非正規雇用のタクヤさんが抱える問題は母子世帯のそれに近い。彼自身は、シングルマザーを含め、いわゆるママ友のコミュニティに入っていくことに抵抗はないという。「スーパーの安売り情報や節約料理の方法なんか、よく教えてもらっています」と屈託がない。

それよりも、職場の同僚男性らから「正社員で働けばええやん」と、暗に「男なんだから」とのニュアンスを含んだ言葉をかけられることに戸惑うという。新卒で育児休暇や短時間勤務制度が充実した企業に正社員として入ることができたならいざ知らず、「残業も断れないような会社で、仕事と子育てを両立することは難しいと思うのですが、なかなか理解してもらえません」。

仕事柄、妻の障害を冷静に理解し、「子どもたちとの生活自体は楽しい」というタクヤさんの話しぶりは、本人の穏やかな人柄もあり、あまり悲壮感を感じさせない。そんな彼が「死にたくなる」ほど打ちのめされたのは、子どもたちの高校卒業後の進路をめぐる選択だったという。

児童扶養手当や医療費助成などを利用すれば、貧しいながらも暮らしていくことはできる。しかし、メンタルの不調や病気などでいったんつまずくと即生活保護を受けざるをえず、進学にそなえた貯金もままならなくなる。そうなると子どもは大学進学はあきらめるか、もしくは借金をして、なおかつバイト漬けの日々を送るしかない。長男と次男の現状がまさにそれだ。タクヤさんはこう訴える。

「福祉の仕事の給与水準が共働き前提で、夫婦のどちらかが働けなくなると食べていけなくなるほど低いことや、生活保護が唯一最後のセーフティネットであることが問題なんだと思います。貧しかったり、夫婦のどちらかに障害があったりする場合は子どもを産まなければ、問題は解決するのか。そんなことはないですよね」

生活保護を抜け出し「精神的に自由になれた」

タクヤさんに会ったのは3月下旬。自宅近くの喫茶店で話を聞いていると、彼の知り合いの女性グループから声をかけられた。

「聞いたでー。〇〇君すごいな。おめでとう!」

この日は府立高校の合格発表の翌日。タクヤさんはママ友と思われる女性たちとしばらく世間話で盛り上がった後、「私立はあかんで」と伝えていた末っ子が府立高校に合格したことを教えてくれた。地域では最難関の学校だという。

合格発表の日は子どもと一緒に学校まで行った。冷たい雨が降る中、渡り廊下に張り出された紙を見上げ、息子が先に自分の番号を見つけ、「あった、あった、あった」と歓声を上げたという。帰りしなに2人で食べたラーメンは、久々の外食だった。

この頃、野菜の異常な高値もひと段落。その日の夜は、「野菜を食べたい」という子どもたちのリクエストにこたえ、キャベツを1玉使ってお好み焼きを作ったという。

また最近、念願だった生活保護を抜け出すこともできた。上の子どもが保護の対象から外れたためで、食費が減るわけでもなく、かえって医療費は自己負担になるなど以前よりかかるようになり、暮らしが楽になった実感はない。ただ、これで貯蓄型保険に入ったり、自身の裁量で貯金したりできるようになるので「精神的に自由になれた」という。

今は父子3人暮らし。近所で1人暮らしをしている長男がよく戻ってくるので時々4人暮らし。支え合ってきた家族に、ゆっくりと春が訪れているのかもしれない。

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