ときど選手は格闘系eスポーツでもっとも人気が高い「ストリートファイター」の選手。米国の格闘ゲーム大会「EVO」2017では、参加選手約2600人の中で優勝を果たした(撮影:梅谷秀司)

テレビゲームやPCゲームは家の中でプレーして楽しむものーー。そんな常識が大きく変わりつつある。ゲーム対戦が純粋なスポーツ競技と見なされるようになったからだ。「eスポーツ(electronic sports)」として、自身が大会に参加したり、練習を積んだ選手たちの対戦を観戦して楽しむ若者が増えている。
すでに米国や欧州、中国、韓国などではeスポーツ人気が沸騰。1万人以上の来場者を集め、動画配信サイトを通じて数百万人が視聴するほどの大会もある。その人気ぶりから、大金を投じて広告を出す大手企業が増え、産業としての成長ぶりは著しい。
こうしたeスポーツの舞台で活躍している日本人選手もいる。東京大学卒の「ときど」選手(ハンドルネーム:本名は谷口一さん・32歳)もその1人だ。格闘ゲーム『ストリートファイター』の競技選手で、世界最大の格闘ゲーム大会「EVO」で昨年優勝するなど、実力は世界でトップクラス。そのときど選手に、職業としてのプロゲーマーについて聞いた。

毎朝、練習前のジムで集中モードに

――プロゲーマーの普段の1日を教えてください。毎日、最低でも8時間は練習すると聞きましたが……。

それぐらいの時間をゲームに毎日割いていますが、実際にプレーする正味時間は半分ぐらい。休憩もするし、今はむしろ最新の情報を整理したり、議論し合ったりする時間を大事にしているんです。もちろん、実践練習は大事ですが、それは誰もがやること。自分はそればっかりじゃなくて、ほかの部分も磨こうと心掛けています。

毎朝、練習前に必ずスポーツジムで体を動かします。筋トレをしたり走ったり、体幹を鍛えたりと日によって内容は違いますが、交感神経をバーンって上げてから、呼吸を整えたりして副交感神経を優位にすると、集中モードに入りやすくなるらしいんです。実際に試してみたら、気持ちが集中できて、大会中のパフォーマンスも上がった。練習の質を上げるためにも毎朝のジム通いは欠かせません。

――ときど選手は米国のプロeスポーツチーム「Echo Fox」に所属していますが、そこからの給料だけでも生活は成り立ちますか。

詳細な契約内容は言えませんが、食べていけるだけの額はもらっています。あとはやはり大会の賞金。僕の場合、出場する大会は年間で15ぐらい。海外では500万円とか、それ以上の優勝賞金が出る大会が複数あります。その賞金を全額もらえるか、チームと分配するかはめいめいの契約内容によって違うと思いますが……。 

――ときど選手のように、ゲームだけで生計を立てている選手は日本にどれくらいいるのでしょうか。

『ストリートファイター』でいったら、10人いるかいないか。以前よりは増えましたが、たぶんまだそれくらいだと思います。

――海外ではeスポーツの盛り上がりがすごいらしいですね。

毎年、世界中の格闘ゲームのコミュニティが集まる「EVO」という大会が米国で開催されるんですが、大会規模がどんどん大きくなっています。昔はロサンゼルスの体育館が会場で、参加者も250人ぐらいだったんですよ。それがラスベガスに移り、年を追うごとに会場が豪華になって、去年は(ボクシングの世界タイトル戦などが行われる)マンダレイベイの大型アリーナでした。来場者数も1万人を超えたそうです。

――そのEVO2017のストリートファイターV部門(参加登録者は約2600人)で、見事優勝を果たしました。

優勝できたことで、ちょっとは自分に自信が持てるようになったかな。でも、それくらいですね。1回優勝したところで、別に何も変わりません。次も優勝できる保証はどこにもないわけですから。

東大生からプロゲーマーになった理由

――進学校の麻布高校から東大(理科1類)に進学し、2010年に大学院をやめてプロゲーマーとしてデビュー。経歴としては異色です。

僕の場合、子どもの頃からずっとゲームをやるために勉強していたんです。学校ではなく、放課後のゲームのコミュニティが生きがいで、ずっとそこが僕のメインの居場所でした。ゲームがいいものだとはまったく思っていなくて、ゲームを正当化するために勉強していました。

でも、それを仕事にする人が現れた。僕がちょうど大学院に進む直前、(ゲームの先輩の)梅原大吾さんがプロ宣言したんです。それをニュースで知ったときは本当に驚いた。「えっ、そんな道あんの?」って。それまでゲームで食べていけるなんて、まったく思いもしませんでしたから。

――最終的には、ときどさんも梅原さんの後に続いて……。


谷口一(たにぐち・はじめ)/1985年生まれ。麻布中学・高校を卒業後、東京大学に進学してマテリアル工学を学ぶ。同大学院を中退し、2010年に日本で2人目となる格闘ゲームのプロ選手としてデビュー。海外の主要な大会で数多くの優勝回数を誇る(撮影:梅谷秀司)

僕は大学院で大きな挫折を味わいました。研究も全然はかどらない。それで人生に悩んでいるときに、米国のアパレル会社から勧誘のメールが来たんです。「スポンサーになるから、プロのゲーマーにならないか?」って。大学時代も海外の大会である程度の成績を残していたから、誘ってくれたみたいで。

スポンサーっていっても別に大した報酬はなくて、「日本にグッズを送るから、それを自分で売っておカネを稼いでね」みたいな話だったんですけど(笑)。当時、僕は地方公務員の試験を受けていたんですよ。最終面接が近づいたときにプロの誘いが来て、すごく悩みました。公務員かプロゲーマーか。究極の2択です。いろんな人に相談したら、「ちゃんと就職したほうがいい。ゲームは趣味として楽しめばいいじゃないか」とみんなから言われましたね。

――それでもプロゲーマーの道を選んだ理由は?

自分の中の声です。梅原さんや競ってきたライバルたちがみんなプロのゲーマーになって、自分のいない大きな大会でバチバチやり合う。公務員になっていくら生活が安定しようが、そういうシーンを見たら僕は絶対に我慢できないだろうなって。

――ご両親は何と?

父親は堅い職業で東京医科歯科大の教授なんです。ただ、若い頃は本気でミュージシャンになりたかったらしくて、「おまえのやりたいことがあるんだったら、それに挑戦してみればいいじゃないか」って、僕の考えを尊重してくれました。

――ストリートファイターのような格闘ゲームの場合、勝負を左右するのはどんな要素ですか。大技を繰り出したりするボタン操作のテクニック?

技術であったりとか、反応速度、戦略を考える力、さらにメンタルも大事です。いろんな要素があって、それらの総合力で競う競技だと思っています。僕自身、昔は技術だけのプレーヤーでした。でも、プロになってしばらくすると、練習は誰よりもやってるはずなのに、以前のようには勝てなくなった。そのあたりからですね、「自分に足りないものは何か」と広い視野で考えるようになったのは。


プロ仲間と実践練習に励むときど選手。格闘ゲームは操作テクニックだけなく、戦略性や精神力などを含めた総合力を競い合う種目だと話す(撮影:梅谷秀司)

たとえば、「集中力」や「心の強さ」は、格闘ゲームで安定して勝つためにすごく重要な要素です。練習中ならできる複雑な操作も、大会ですごいプレッシャーがかかったときには、やはり精度が下がったりする。だったら、集中力を高めるために日々、どんなトレーニングをやるべきか。今はそんなふうに技術以外のことも強く意識しています。

――テクニックだけで勝てるほど甘い世界じゃない?

昔は技術だけでも勝てたんです。でも、みんなの技術レベルがどんどん上がって、今はもう90点以上の技術レベルの選手がザラにいる。そうなると、操作テクニックだけではトーナメントを勝ち抜けない。安定した成績を残すために毎日どんな取り組みをやっているかが大事で、僕はそういうことをまじめにやっている人こそがプロの選手だと思っています。

いい意味で世間を見返したい

――まだ海外ほどではありませんが、日本でも徐々にeスポーツが話題になり始めています。身の回りに変化はありますか。

やっぱり、こうやってメディアに取り上げてもらう機会が増えましたね。今まで親戚のおばさんにいつも説教されていたんですよ。「あんたいつまで、ゲームで食べていけると思ってんの」って。でもこの前、僕が紹介されたテレビ番組を見たらしくて、「あの練習量、すごかったわね」って褒められました(笑)。

――日本でもeスポーツを産業として盛り上げようと、業界団体が統合されプロライセンス制度を始めるなど、選手たちが活躍できる環境の整備が進み始めました。少なすぎるといわれてきた国内大会の賞金も今後は増えそうです。

いろんな意見があるみたいですが、あの昔のどうしようもなかった場末のゲーセンでやっていた頃よりは、どう考えてもいい方向に進んでいると思います。今、大きな大会はやはり海外なので、それを超えるくらいのすごい大会を日本で開催してくれたら、選手たちのモチベーションも上がりますよね。期待はしています。

一方で、ちょっと寂しい気持ちもあるんです。僕たちが子どもの頃は、親に隠れてゲーセンに行って、教頭の放課後の見回りをかいくぐりながら、恐いヤンキーに絡まれないよう知恵を絞ったり。みんなそうやって、格闘ゲームをやってきたんできすよ。どんどん競技として制度化されていくと、すごくキレイなものになっていって、そういう経験はもうしなくなっちゃうんだろうなって。

――ときど選手のプロゲーマーとしての夢は何ですか。

僕たちが格闘ゲームにかけてきた情熱、思いは、サッカーや野球など、ほかのスポーツに決して負けない。なのに、社会からは認められないまま、悔しい思いをしながらゲームから離れていった先輩や仲間がたくさんいる。だから、いい意味で世の中を見返したい。格闘ゲーマーに対する世間の評価を高めて、彼らの無念を晴らす。それが僕の大きな野望です。