この程、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動した米国。EUや韓国などが適用除外となる中、日本は中国同様にその対象となり、さらに記者会見でトランプ大統領が安倍首相を名指しで批判し衝撃が広がっています。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係アナリストの北野幸伯さんはこの事態をどのように分析しているのでしょうか。今回、読者からの質問に答える形でその見立てと今後安倍総理が取るべき政策について記しています。

トランプは、なぜ安倍総理を名指しで批判したのか??

読者の斉藤さまから、興味深い質問をいただきました。

北野様

 

NHKのニュースを見てビックリしました。

 

安倍首相は「出し抜いて笑み」=トランプ氏、対日貿易に不満

【ワシントン時事】「安倍晋三首相と話をすると、ほほ笑んでいる。『こんなに長い間、米国を出し抜くことができたとは信じられない』という笑みだ」。

 

トランプ米大統領は22日、ホワイトハウスでの会合で首相についてこう語り、対日貿易赤字への不満をあらわにした。トランプ氏は「偉大な男で、私の友人」と前置きして、首相の笑顔を解説した。その上で「こういった時代はもう終わりだ」と述べ、「互恵的」な関係を求める考えを強調した。

● 安倍首相は「出し抜いて笑み」=トランプ氏、対日貿易に不満

 

ツイッターを見ていると、反安倍派の人達は、「それみたことか」といきり立っています。一方、私のような安倍首相擁護派にとっては、かなりショッキングでした。今まで親友と思っていた人が、いきなり殴りかかって来たような感じですから。そして、今まで盤石だった日米同盟にも、不協和音が生まれるのではと心配もしています。また、もしこの関税措置が実行されたら、日本経済は深刻なダメージを受けてしまいますよね…。

 

今回、トランプ大統領がこのような発言をした理由は、

 

高めの見せ球を投げて交渉を有利にしようとするいつものトランプ大統領のDEAL!?トランプ大統領が、ロビー活動に引っ掛かり安倍首相に対しても猜疑心を抱き始めた!?中間選挙向けの支持層に対するリップサービス!?TPP加入で良い条件を引き出すための下準備!?安倍首相が何か失敗した!?

といろいろ考えられるのですが、北野さんがどう思われるのかがすごく気になっています。また、北野さんにとっても、今回のトランプ大統領の発言は想定内だったのでしょうか?この件に関して、気になっている方はとても多いと思うのですが、もし、テーマ的に問題なければ、メルマガで北野さんの見解を発信して頂けますとありがたいです。

お答えします。

トランプさんは、「そういう人」

この件、まず「英語と日本語の違い」を知っておく必要があります。日本語は、多くの外国語に比べ、非常に繊細な言語です。みんなが「なるべく傷つけないように」と、気を使いながら話している。できるだけ「直接的表現」「率直な表現」を避けるため、外国人は、「日本人は何を考えているのか、何をいっているのか理解できない」といいます。

日本語に比べ、ずっと直接的、率直な言語である英語。二人が話をしているのを日本語に訳すと、「ケンカしているのかな?」と思うことがしばしばある。しかし、そうではなく、「率直にいいたいことをいっているだけ」なのですね。そして、お互い傷ついている様子もありません。見た人がいれば、トランプとヒラリーのディベートがどれほどひどかったか思いだしてください。

私は何がいいたいのか?

英語で何か批判されても、日本の感覚より割り引いて感じる必要があるというとです。「率直な表現の英語」。中でもトランプさんの率直さは、尋常ではありません(例、チビデブロケットマン=金正恩)。

トランプさんは、率直で攻撃的で、ある面ショッキングな表現をすることで、勝ち残ってきた。今まで、多くの指導者たちが「口撃」のターゲットになってきました。だから、私は今回の発言、「それほど気にする必要はない」と思います。

日朝首脳会談模索の復讐?

そうはいっても、安倍総理が、トランプさんの嫌がることを全然しなかったかというと、そうではありません。つい最近の話です。トランプさんが、「金正恩に会う!」と宣言した。現職のアメリカ大統領が北朝鮮のリーダーに会ったことはありません。実現すれば「歴史的事件」になります。

ところが安倍総理、「日朝首脳会談を模索する」とかいいはじめた。私は、これをやると「日米関係が悪化する」と警告しました。「失敗を繰り返すのか。日朝首脳会談を模索する総理に伝えたいこと」でこう書いています。

こういう人物が、「安倍総理は、金正恩との会談を模索している」と聞けば、どう思うでしょうか?「シンゾーが俺の手柄を横取りしようとしている!」と考えるでしょう。

(RPE2018年3月15日号から)

そして、「日本はかつてアメリカを出し抜いて恨まれた過去がある」という例をあげました。

冷戦時代の初期、アメリカは、共産党の一党独裁国家・中華人民共和国を敵視していました。しかし、ソ連が強大化してきたので、中国と和解することにした。

 

1971年7月15日、ニクソンは、「中国から訪問要請があり、それを了承した」と発表。アメリカ政府は、日本政府に何の相談もせず、発表内容を知らされたのは、その15分前だった。日本政府は、大きな衝撃を受けました。

 

ニクソン訪中は、1972年2月。日本では、田中角栄が72年7月、総理大臣に就任した。彼は、同年9月訪中し、「アッ」という間に「日中国交正常化」を成し遂げてしまいます(ちなみに、米中国交正常化は、1979年)。アメリカを出し抜こうとする田中総理に、キッシンジャーは大激怒。「ジャップは最悪の裏切り者!」と絶叫したことが、明らかになっています。共同通信2006年5月26日から。

 

「ジャップは最悪の裏切り者」(解禁された米公文書より)

72年にキッシンジャー氏

 

【ワシントン26日共同】ニクソン米大統領の中国訪問など1970年代の米外交政策を主導したキッシンジャー大統領補佐官(後に国務長官)が72年夏、田中角栄首相が訪中して日中国交正常化を図る計画を知り「ジャップ(日本人への蔑称(べっしょう))」との表現を使って日本を「最悪の裏切り者」と非難していたことが、26日までに解禁された米公文書で分かった。

(同上)

 

なにはともあれ、田中総理は、アメリカを出し抜いた。それで、キッシンジャーは激怒していた。そのキッシンジャーは今、トランプの顧問をやっています。安倍さんが、トランプさんを出し抜いて金正恩に会うことを模索していることを知れば、「ジャップは、今も昔も裏切り者!!!!」と絶叫することでしょう。

(同上)

 

3月15日号で予想した通り、トランプ―安倍の仲は、険悪になった。私は、田中角栄の行動、安倍さんがやろうとしている行動について、「アメリカを『出し抜こう』としている(ととられる)」という表現を使いました。時事の記事をもう一度見てみましょう。

 

「安倍晋三首相と話をすると、ほほ笑んでいる。『こんなに長い間、米国を【 出し抜く 】ことができたとは信じられない』という笑みだ」。

トランプさんの発言が、「日朝首脳会談模索」に関係しているか、私にはわかりません。しかし、「日朝首脳会談」は、「トランプを出し抜き、功績を横取りしようとしている」と嫉妬されても仕方ありません。田中角栄さんの失敗から、総理は是非学んでいただきたいと思います。

トランプの「安倍批判」は当然

ちなみに今回の記事は、「貿易不均衡」の話でした。アメリカは、「恒常的貿易赤字国家」です。アメリカの貿易赤字、そのほとんどは中国です。しかし、日本は、2位なのですね。トランプは、「貿易不均衡を是正する!」「貿易赤字をなくす!」と宣言している。それで、真っ先に批判されるのは中国であり、その次は日本であるはずです。皆さんご存知と思いますが、アメリカは22日、中国製品への制裁措置を発表しました。

<米国>対中追加関税25%、大統領令に署名

毎日新聞 3/23(金)11:08配信

◇中国が対抗措置を発表

 

【ワシントン高本耕太】トランプ米大統領は22日、中国による知的財産権侵害や米企業への技術移転の強要に対抗して、米通商法301条に基づき中国製品に制裁措置を発動する大統領令に署名した。最大で年間600億ドル(約6.3兆円)相当の中国製品に25%の追加関税を課す見通し。

そして、トランプさんは、こんなことをいいました。

トランプ氏は署名に先立ち、ホワイトハウスで演説し、対中貿易赤字は「いかなる国同士の間でも歴史上最大の額だ。手に負えなくなっている」と指摘。「中国の人々や習近平国家主席は友人だ」としつつも、対中貿易不均衡を放置できないとの考えを示した。そのうえで「求めているのは互恵的関係だ」と繰り返し、不公平な貿易・投資慣行の是正を中国に求めた。

(同上)

トランプさんの反応、「出し抜いた云々」を抜きにすれば、ほとんど日本に関する発言とかわりません。繰り返しますが、トランプさんが「貿易赤字」を解消しようとすれば、まずターゲットになり、批判されるのは中国である。二番目は日本である。だから、「批判されても当然だよね」と思っておけばいい。

では、どうするか?

これから、安倍総理と日本はどうすべきなのでしょうか?

中国は、いさましく「貿易戦争を恐れない!」と宣言しています。産経新聞3月23日。

トランプ政権が中国による知的財産権の侵害を理由に通商法301条に基づく対中制裁措置を決めたことに対し、在米中国大使館は23日、「典型的な保護主義のやり方であり、中国は断固として反対する」とした上で、「中国は貿易戦争を望まないが、戦いを恐れない。いかなる挑戦にも対応する自信と能力がある。米国によって貿易戦争が引き起こされれば、自らの正当な権益を守るため、あらゆる必要な措置を講じて最後まで戦う」などとする声明を発表した。

そうはいっても、中国はこれから対米ロビー活動を活発化させることでしょう。つまり、水面下で「制裁措置を骨抜きにする活動」をものすごい勢いでするだろうということです。

日本は、そういうことができません。どうすればいいのでしょうか?

まず、トランプ大統領の主張に「理解を示す」ことです。そして、「日本政府として、できるかぎりの努力をする」と声明することです。安倍総理は、4月にトランプさんと会う。「それまでに、日本に何ができるかまとめる」といえばいいでしょう。そして口だけでなく、「日本は、アメリカから何が買えるかな?」と実際に検討しなければならない。国がコントロールできるのは、「武器」ですね。日本は、「北朝鮮を攻撃できる武器」を持つべきです。それをアメリカから輸入すればいい。ただ、「対話の機運」が高まっているので、大声でアナウンスしないことが大事です。

もう一つは、シェールガス、シェールオイルをアメリカから買うこと。シェール革命によってアメリカはいまや、ロシア、サウジに並ぶ産油国、ロシアに並ぶ産ガス国になりました。アメリカは今、ロシアとドイツを直接つなぐガスパイプライン「ノースストリーム2計画」に大反対しています。「このプロジェクトに参加する企業は制裁する!」と脅迫している。理由についてアメリカ政府は、「欧州のロシア依存がさらに強まるから」と説明していますが。しかし本音は、「アメリカの液化天然ガスを欧州に売りたいだけ」なのです(もう一つ、アメリカの属国ウクライナを守ること)。というわけで、日本政府は、「アメリカから原油、天然ガスを輸入できないか」検討すべきですね。採算にあうのなら、是非とも買うべきでしょう。

いずれにしても日本政府は、「アメリカから買えるものはないかな?」と真剣に検討し、対策を講じる必要があります。

日本は、「嵐の外」にいることが大事

現在、世界は1930年代並に荒れています。

アメリカと中国の「貿易戦争」がはじまるかもしれないイギリスは「ダブルスパイ暗殺未遂事件」をきっかけに対ロシア制裁を発動ロシアもイギリスに制裁を発動イギリスはEU諸国に「対ロ制裁への参加」を求めている

アメリカ、欧州、中国、ロシアは、戦っている。日本は、アメリカ、欧州、ロシア、中国と、比較的良好な関係を築き、現状「嵐の外」にいます。

これはすばらしいことですが、この状態を維持するためには、「不断の努力」が必要です。安倍総理は、早急に「アメリカから買えるもの、日本に必要なものは何かな?」を考え、実行していただきたいと思います。今回は、

ピョンヤンを攻撃できる武器アメリカ産、石油・ガス

を例に挙げました。トランプの主張に理解を示し、日米WIN-WINになる解決方法を模索していくことが大事です。

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