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卒業後に国家試験を取得すれば十分に安定した収入が見込まれる歯学部・薬学部の学生。ところが、昨今は“定員割れ校”や“Fラン校”の存在が指摘され、高い学費を投入したにもかかわらず国家試験に合格できない学生も多い。「歯科医師、薬剤師の数が過剰でいずれ食べていけなくなる者が出るリスクもある」と医師の筒井冨美氏は語る。獣医学部を含む医療系ライセンス学部の将来展望やいかに――。

■30倍の人気 加計学園・獣医学部の学生の「暗雲」

3月に入り、2018年の医療系国家試験の合格発表があった。

●医師国家試験の合格率は90.1%、学校別合格率は77〜99%
●歯科医師国家試験の合格率は64.5%、学校別合格率は24〜95%
●獣医師国家試験の合格率は88.3%、学校別新卒者合格率は94〜100%

(2018年薬剤師国家試験の発表は本稿公開後の3月27日にあり、合格率は70.6%、学校別合格率は35〜98%だった)

2018年2月、大騒動の末に認可された、岡山理科大学獣医学部(愛媛県今治市)の初年度一般入試が行われた。いわゆるモリカケ騒動の加計学園のほうである。「利権まみれの田舎の私大」「どうせFランでしょ」といった下馬評をよそに、推薦入試が約30倍、一般入試が21.5倍という超人気ぶりだった。

マンガ『動物のお医者さん』の大ヒットや、近年の資格取得の実学志向を反映して、獣医学科の人気は高く、国公立大学だとセンター試験の得点率が80%以上でないと合格できない難関である(センター試験全体の平均は例年60%強、医学部は85%程度と言われる)。

私大でも6年間で1200万〜1500万円という高額の学費にもかかわらず偏差値60以上のまま高止まりしており、岡山理科大獣医学部の入試偏差値も同レベルになると予想されている。

獣医学部は30年以上の間、政策的によって毎年の国内総定員を930名に固定されてきた。文部科学省も農林水産省も長らく「獣医の中でも家畜臨床や公衆衛生分野は人手不足が深刻だが、都市部の小動物臨床(いわゆるペット用動物病院)は余っている」として「総数は足りている」「偏在しているだけなので定員増は不必要」という判断で、学生数を抑制していた。獣医師界も定員抑制政策に協力しており、獣医学部の新設についても2010年に日本獣医師会として公式に反対声明を出している。

▼「偏差値60」でも高待遇の職はない可能性大

しかし、加計学園獣医学部の入試倍率を見る限り、少なくとも獣医師を目指す若者にとって930名は少なすぎであり、受験生にとっては朗報だったと言えよう。とはいえ、難関入試を突破したからと言って、卒業後も前途洋々かというとそうではない。

愛媛県に開設されたのは「獣医学部のない四国に新設すれば、四国の獣医が増えるから」と説明されているが、「地方に医大を作っても、医者の待遇が悪ければ卒業後に(都市部へ)去ってしまう」ことは、医学部(医師)ですでに証明されている。地方の獣医師不足も同様であり、偏差値60以上の難関大修士を卒業して国家資格を持った若者がわざわざ赴任したくなるような待遇の仕事が不足したままなのである。

せっかく獣医師免許を持っているのに、ITや商社など好待遇の他分野に就職するケースも目立つ(特に東京大学の学生)。また、犬猫の飼育頭数は日本の15歳未満の人口を優に超え、都市部のペットクリニックは大変盛業中である。動物眼科専門クリニックや、犬の心臓手術を行う病院からフリーランス獣医麻酔科医まで、近年めざましい発展を遂げており、若い獣医師を惹きつけることは想像に難くない。

四国の家畜臨床や公衆衛生の関係者は、獣医学部が新設されたことに安住せず、若手獣医師が長期的に就職したくなる「待遇」を、是非とも今後6年間のうちに整備していただきたいと思う。

■総学費1億でも歯科医師国家試験に不合格のFラン

【歯学部】

医学部の人気ぶりとそれに伴う受験の難化はすでに広く知られている(中流家庭でも余裕「医学部入学」の奥の手)。ここでは、主に歯学部、特に私大歯学部について述べる。

日本歯科医師会は2014年の時点で「歯科医師需給問題の経緯と今後への見解」を公表し、「新規歯科医師数は年1500人程度が上限」と主張している。だが2017年度の歯学部の定員総数は約2500人だ。すでに過剰感があり、「5人に1人は年収300万以下」といった報道も多い。

こうした歯科医師過剰問題を受けて、文部科学省は歯学部定員をピーク時の約3400人から現在の2500人に減らしたが、削減したのは主に国公立大であり、総学費2000万〜4000万円の私立歯科大における定員削減は大学経営に直結するために進まなかった。

そこで厚生労働省は“出口調整”することにした。すなわち国家試験を難化させることで過剰問題に対応したのだ。歯科医師国家試験は2003年の合格率91.4%をピークに難化の一途をたどり、ここ数年間の合格率は63〜65%で推移している。

▼Fラン歯大 1年次は「ノートのとり方」から学ぶ

国家試験合格率は公表され、大学の格付けや人気に直結するため、どの私立歯科大学も必死で合格率の数字を上げる対策をしている。例えば、明らかに合格しそうにない学生を留年・休学・卒業保留などの手段で母数から排除するのだ。その結果、「浪人、留年、卒業保留、国家試験浪人を繰り返して、計1億円近くの学費を使ったのに無職のまま三十路に突入」するような悲惨なケースが、下位私大では多数発生している。

しかも、歯科大の場合、卒業したものの国家試験に合格できない学生が選択できる別の進路が極めて少なく、社会の眼も厳しい。

現在も複数校存在する国家試験合格率4割未満と囁かれる「定員割れ校」「Fラン歯大」は、「初年度1000万円+毎年500万円」の学費を払えば(事実上)誰でも入学できるといわれる。1年次のカリキュラムは「一次方程式」「ノートの採り方」のような授業で始まり、ストレートで6年生になれる確率は半分、最終学年を1回で終了できる確率はさらに半分なのだそうだ。たとえば、国家試験合格率24%のある歯大は、「入学定員96名、新卒受験者25名、合格者9名」という結果だったが、受験者が一定数いるからか今のところ閉校の動きはない。

薬剤師過剰なのに粗製乱造で凋落する私大薬学部

【薬学部】

薬学部は、同じくライセンス系の6年制学部なのに、なかなか新設されない獣医学部と異なり、あちこちに増え続けている。特に私立薬学部は、2003年からの6年間で29校から57校と、ほとんど倍増した。また、2006年から4年制から6年制になったこともあり、私立薬科大の総学費は900万〜1400万円と高騰している。

その結果、薬学部の中には「定員割れ校」「Fラン薬科大」「薬剤師国家試験合格率4割未満」「6年間ストレート合格率2割未満」と囁かれる学校が出現している。例えば、合格率35%のある薬科大は定員173名、新卒受験者78名、合格者47名であった。

しかしながら文科省はさらに薬学部を増やすつもりらしく、2018年4月には山口東京理科大学薬学部が開設予定であり、2019年には岐阜医療科学大薬学部が、2021年には和歌山県立医大薬学部が開設準備中である。

医師不足や医師集団辞職のニュースは今なお見かけるが、薬剤師不足を訴えるニュースは少ない。しかし、「総数は足りている、偏在しているだけ」という医学部や獣医学部で繰り返された行政の言い訳は、なぜか薬学部に関してはなかった。

厚労省は「医者を増やし過ぎると医療費が増加する」と警告するが、「薬剤師を増やし過ぎるのも医療費を増やす」という主張はしない。調剤費の総額(医療費に占める割合)は、2000年の2.8兆円(9.5%)から2016年の7.5兆円(18%)と、急増しているのにもかかわらず……である。

現在も、薬剤師の求人そのものは非常に活況である。医療用医薬品(いわゆる処方箋薬)は、薬剤師による対面販売が法律で義務化されているからである。また、厚労省は医薬分業を推進しており、薬局の数は増加の一途で、今やコンビニの店舗数よりも多くなり、それらが全て薬剤師を必要としているからである。

対面販売は、「薬剤師が対面で薬の説明をしてくれる」「複数の病院からもらった薬を、かかりつけ薬局で過剰投薬にならないようチェックする」「薬害を予防する」といったメリットが公にはアピールされている。

しかし「説明がかえって鬱陶しい」「(体調が悪く、薬局までの)移動がしんどい、昔みたいに病院で薬をもらいたい」「調剤って単なる袋詰め」「そもそも薬害は院外薬局だから防止できるものではない」といった反論も少なくない。

▼やっと薬剤師免許を取得しても、職を得られない可能性

薬剤師求人の活況とは、本質的な不足というよりも、医薬分業や通信販売禁止などの規制によって人為的に需要過多になっている要因が大きい。2018年の診療報酬改定では、特に大規模薬局に厳しい調剤報酬の引き下げが行われ、現在のような大手薬局チェーンの盛業が長くないことが示唆された。今後、オンライン説明や薬品ネット通販が解禁されることになれば、その需給バランスが一気に崩れることが予想できる。

つまり、せっかく高額な学費を払い薬学部で学び、薬剤師免許を取得しても、職を得られなかったり追われたりして、食っていけない者が大量生産される可能性があるということだ。もっと言えば、粗製乱造の薬学部に合格したものの、卒業できず、親が捻出するお金はドブに捨てられたのも同然となることさえある。

獣医学部一校で、あんなにうるさい野党やマスコミも、今後の破綻が懸念されるFラン薬科大や歯科大についての責任を追及する動きはなさそうだ。

■「次に大量閉校するのは薬科大ではないか」

獣医学部は入試段階では大人気だが、合格後の就職先は公務員獣医師など比較的安定はしているものの高収入とは言い難い。

私立歯科大は人気凋落を反映してか、全体的な学費値下げや奨学金制度を設けて挽回をはかる動きが目立つ。職人的な仕事が多いので、ITに置き換わるリスクは内科医師よりも少ないだろう。国家試験を突破できる基礎学力があり手先が器用な学生には、世間で思われているよりも将来は明るいかもしれない。

薬科大はすでに過剰の兆しがあるにもかかわらず、さらなる新設が控えている。合格後の待遇は今のところ安定しているが、医療のIT化や社会保障費の見直しが進めば、近い将来に調剤費も大ナタが振るわれるだろう。

医療系ではないが、2000年代のピーク時に74校あった法科大学院はその後、半数近くが閉校した。次に大量閉校するのは薬科大ではないかと、筆者は推測している。好きで選ぶならばよいが、単に「安定して給料もよさそう」という理由での薬科大進学は、今後はあまりお勧めできないのが筆者の見解である。

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 写真=iStock.com)