人間の三大欲求? 食欲・性欲・睡眠欲について

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執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)
医療監修:株式会社とらうべ

「食欲」「性欲」「睡眠欲」は人間の三大欲求と言われます。

「三大」かどうかは別として、現代の日常生活では、健康な生活を営むにあたってどれも欠かせない、それでいながら、より質の高い充足を求められている欲求ではないでしょうか。

今回は人間の持つ「欲・欲求」についてご一緒に考えてみたいと思います。

ホントに「三大欲求」なの?

食欲・性欲・睡眠欲は「三大欲求」という表現が、巷で頻繁に聞かれる割に、学術的にこれらが「三大欲求」であるという理論や主張は聞いたことはありません(不勉強かもしれませんが…)。

つまり、これらが三大欲求だということは「根拠」が不明瞭だということですね。

ネット上でも「食欲・性欲・睡眠欲は三大欲求だと言われるけど・・・」といった、「さわり」「はしり」に用いられる表現が多い印象を受けます。

もちろん、食欲・性欲・睡眠欲に相当する経験が人間の誰にもあることを否定するわけではありません。

むしろ、誰にとっても大切な欲求と言えるでしょう。

欲求という概念

「欲求」という用語は、「要求」「動機」「意欲」「欲望」あるいは「モティベーション」などの類義語として、人間(あるいは動物)を行動へといざなっていく機能だと心理学では定義されています。

食欲は「食べるという行為をおこなわせる何か」、性欲は「セックスへとかりたてる何か」という意味です。

最近では、この「何か」に相当する部分に「食欲中枢」「性ホルモン」「メラトニン」といった生理学的な物質やメカニズムが、説明概念として用いられることも珍しくありません。

実はかつては、欲求という用語は生物学の「本能」という用語で語られていました。

なぜ人は食べるのかという答えは「食本能があるからだ」、なぜセックスをするのかは「愛しているから」ではなく、「性本能に突き動かされているからだ」という答えが一般的でした。


読者の皆さんもご存知でしょうが、20世紀初頭に精神分析学を始めたS.フロイトは、人間の行動原理として「性的衝動」を挙げました。

セックスだけでなくさまざまな人間活動が、性本能(リピドー)の発露によって行われているといった汎性欲論を展開して、同時代の人たちに驚きと抵抗をもたれ、やがては受け入れられたという時代もありました。

生物学、心理学、生理学や脳科学と、時代につれて説明概念は変化していますが、結局のところ共通しているのは、人間が生きるのはどうして?どうやって?という問いへの回答としてこの問題が示されているということです。

欲求5段階説(自己実現論)

もう半世紀も前のことになりますが、当時、アメリカ人心理学者A.マズローが人間の欲求論として「欲求5段階説」を唱え、心理学分野を超えて経営学や看護学といった広い分野にわたって受け入れられました。

マズローによると、人間の欲求は5つの階層構造をなしています。

一番下から順に「生理的欲求」「安全欲求」「所属欲求」「承認欲求」そして、最高位にあるのが「自己実現欲求」と呼ばれました。

そして、マズローの理論ではより下位のカテゴリーの欲求が満たされることで、より高次の欲求を追い求めるようになり、人間として最高の価値は最上位の「自己実現欲求」を追い求めることだという結論に至りました。

当のマズロー自身はこの学説に満足していませんでした。

けれどもあまりにも有名になった「欲求論」は一人歩きを始めてしまいました…。

食欲・性欲・睡眠欲の意味

冒頭にもお伝えしたように、「三大」なのかどうかは別として、マズローの概念でも食欲・性欲・睡眠欲はどれも、最下層の「生理的欲求」の中に位置づけられています。

人間が生物として生きていくために必須の欲求ということになります。

これなしには、上位の欲求は「砂上の楼閣」になってしまうとも言え、最も基本的な欲求、それが「生理的欲求」、つまり、食欲・性欲・睡眠欲というわけです。

このことに時代の移り変わりは関係がないように思います。

ちなみに、生理的欲求はほかの種類もあります。

たとえば水分充足には「渇欲求」、疲労の回復には「休息欲求」などなど。

これらをどれが「三大」なのかと議論することは意味があるとは思えません。


どれも、それなしには人間は生物体として生きていくことは出来ないわけですから。

ただし、現代においてこれらの欲求は、量ではなくむしろ質の問題として問われています。

質の高い睡眠がとれているかどうか、肥満や拒食症に陥らないような食生活ができているかどうか。

さらに、セックスがハラスメントになっていないかなど、かつての欠乏し飢えていた時代とは違って、少なくとも今の日本では基本的欲求の充足は可能となっています。

すると、人々はより質の高さをこれらの欲求充足に求めます。

グルメがはやったり、高級寝具が売れたり、性の奥義が追及されたりするのは、人々の関心が、ただたくさん食べることよりどう美味しく食べるか、ひたすら眠ることではなく、充実した睡眠サイクルを営み翌朝はスッキリと目覚めて太陽の光で体内時計をリセットできるような睡眠が確保されているかどうか、ということにシフトしているからだと言えるでしょう。


<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長

<執筆者プロフィール>
株式会社 とらうべ
医師・助産師・保健師・看護師・管理栄養士・心理学者・精神保健福祉士など専門家により、医療・健康に関連する情報について、信頼性の確認・検証サービスを提供