2016年6月13日、羽田空港の国際線到着ロビーに設置された、(左から)外貨両替機、セブン銀行のATM、プリペイドSIMの販売機、フリーWi−Fiのチケット販売機(東京都大田区)(写真=時事通信フォト)

写真拡大

コンビニATMの代表格「セブン銀行」。単位床面積あたりの利益を比較すると、セブン銀行の利益はセブン−イレブンの40倍に達する。なぜセブン銀行は圧倒的な超高収益を実現できたのか。東京理科大学大学院の宮永博史教授が解説する――。

■常識外のビジネスモデルを実現したセブン銀行

今やコンビニエンスストアにATMがあるのは当たり前の景色となっている。この「どこにでもあるATM」に、意外と知られていない巧みなビジネスモデルが隠れている。代表格が「セブン銀行」だ。小売りの世界から金融の世界へ、規制の壁を乗り越え、常識外のビジネスモデルを構想し、実現してきたのがセブン銀行である。しかも、今でもそのビジネスモデルは進化を続けている。

まず、セブン&アイ ホールディングス(以下、セブン&アイ)傘下にある各事業の業績をご覧いただこう。次の図表は、同社が発表した決算情報(2017年2月期)から、事業セグメントごとの営業利益と営業利益率の数字を抜き出したものだ。

図表から、セブン−イレブン擁するコンビニエンスストア事業が圧倒的に大きな利益をあげていることがわかる。この数字からも、今やコンビニエンスストア事業がグループの稼ぎ頭であることは一目瞭然だ。

一方、祖業であるイトーヨーカ堂を擁するスーパーストア事業はどうか。一定の利益は上げているものの、コンビニエンスストア事業と比べて1桁以上少ないことがわかる。

しかも営業利益率の差を比べるとまさにその差は歴然だ。コンビニエンスストア事業では営業利益率が12.3%なのに対し、スーパーストア事業のそれはわずか1.1%に留まっている。まさにスーパーストア事業の苦境がみてとれる。さらに、百貨店事業(そごう・西武)に至っては利益の絶対額も利益率も極めて厳しい状況だ。

■「セブン」をしのぐ40倍の超高収益の秘密

注目したいのがセブン&アイの金融関連事業だ。その利益は501億円とスーパーストア事業よりも大きい。しかも、営業利益率は24.8%と、コンビニエンスストア事業をも抜いてダントツ1位だ。同事業には、セブン銀行・クレジットカード・電子マネーなどが含まれる。

これに対して、セブン銀行はセブン&アイが独自にビジネスモデルを考え、メーカーと二人三脚で独自のATMを実現してきたものだ。事業を開始する前には、銀行業界からは「常識はずれ、素人の発想、うまくいくわけがない」とまったく相手にされなかったビジネスモデルである。

セブン銀行はセブン&アイとは別に個別に決算情報を公開しており、それによると、2017年3月期の業績は、経営収益(売上高に相当)1,216億円、経常利益367億円、経常利益率30.2%となっている。

利益の絶対額でいえば、セブン−イレブンにはるかに及ばない。しかし、単位床面積あたりで稼いでいる利益を比較するとどうであろう。ATM1台が占める面積は、わずか幅45センチメートル・奥行60センチメートルだ。セブン−イレブンの平均的な床面積はおおよそ100平方メートル程度であるから、ATM1台が占める床面積の400倍ほどだ。

利益の絶対額の違いは10倍程度なので、単位床面積あたりで比較すると、セブン銀行の利益はセブン−イレブンの40倍と極めて高収益であることがわかる。なぜセブン銀行は圧倒的な超高収益なのか?

銀行のビジネスモデルを真っ向から否定

セブン銀行の前に、まずは普通の銀行がどのようなビジネスモデルなのかをおさらいしておこう。あえて単純化すれば、「銀行のビジネス」は基本的に「預金者」からお金を集め、集めた資金を企業や個人などの「融資先」に貸し出し、その「利子」を得ることで成り立っている。

つまり「銀行のビジネス」にとってのお客様は、「預金者」でなく「融資先」であり、そこから得る「利子」が企業でいう売上に相当する。また、「預金者」は資金を提供する供給者であって、「利息」という形で、提供した資金に対するリターンを得ている。

一方で、セブン銀行のビジネスモデルはまったく異なる。まず銀行業の根幹ともいうべき「融資」というものをしないのだ。「預金者」から資金を集めないし、店舗もない。つまり、従来の銀行のビジネスモデルを真っ向から否定しているようなものだ。

銀行業界のノウハウは、いかに焦げ付く(貸したお金が返ってこない)ことなく融資を実行するかにあった。つまり、いかに焦げ付きを最小限に抑えるかに既存の銀行ビジネスの根幹がある。銀行業界が、セブン銀行の「融資」を一切行わないというビジネスモデルを「素人の発想」と笑ったのも無理はない。

■提携金融機関に「手数料」を支払わせるモデル

実は、セブン銀行ATMの利用料で稼ぐシンプルなビジネスモデルである。しかも利用者が手数料を支払うのではなく、600以上ある提携金融機関(銀行も含まれる)が手数料を支払うというのがミソだ。

たとえば、セブン銀行の提携先にA銀行があるとする。A銀行に口座を持つ顧客は、普通はA銀行の支店に出向いてお金を出し入れするだろう。それとまったく同じように、顧客はセブン銀行ATMを使ってA銀行の口座からお金を出し入れできる。つまり、セブン銀行ATMは、この利用者にとってはA銀行ATMとして機能するのである。

基本的に利用者はATMの手数料を支払う必要はない。利用者に代わってATMの手数料を支払っているのは、利用者がお金を引き出している(あるいは入金している)A銀行なのである。つまり、「セブン銀行の顧客は銀行」なのだ(提携金融機関や時間帯によって利用者が利用料を払う場合もある)。

A銀行の顧客は、支店よりセブン−イレブンが家の近くにあり手数料もないとなれば、セブン銀行ATMを使うだろう。しかも銀行と違って、セブン−イレブンは365日24時間、休みなく開いている。いつでも安心してATMを使うことができる。

では、金融機関がお金を払ってまでセブン銀行ATMと提携するのはなぜか。自らATMを設置するには、コストがかかる。セブン銀行ATMと提携して、顧客が利用したときだけ手数料を支払うほうが、金融機関にとってもはるかに安上がりなのだ。

金融機関のなかには、もともとATMをそれほど設置していない証券会社や信金などがある。全国に約2万店あるセブン−イレブンのATMが使えるようになれば、顧客の利便性は一気に高まる。このように金融機関にとっても、セブン銀行はありがたいサービスなのである。

■最も手ごわい競争相手は店内の物販

セブン銀行に「競合」はいるだろうか。銀行が顧客だと理解していないと、競合は他の銀行と考えてしまいがちだ。しかし前述のように、銀行は顧客であって競合ではない。

ではいったい誰が競合なのか。他のコンビニにあるATMだとか、ネット銀行だとか、クレジットカードとか様々な競合が候補として挙げられよう。それはそれで間違いではない。しかし、セブン銀行ATMにとって最も手ごわい意外な競争相手は、実はセブン−イレブン店内の物販事業である。

セブン−イレブンのオーナーの立場で考えるとわかりやすい。店内にセブン銀行ATMを置くということは、それだけ物販スペースがなくなることを意味する。オーナーにしてみれば、同じ床面積で物販事業によって得られる収益とATMを置くことによって得られる収益とを天秤にかけることになる。ATMを設置する面積に商品を置いて販売したほうが、より多くの収益があがると考えれば、オーナーはATMを設置しないだろう。

実際に、セブン銀行が事業を開始した当初、ATMの利用者が少なく、設置するメリットが薄いため、ATMを返却したいと申し出たオーナーがいたと言われている。セブン銀行ATMは、銀行の支店にあるATMとは比べ物にならない厳しい競争環境に置かれているのだ。

■わずか2年半という短期間で黒字化

セブン銀行は、まず利用者数を増やし、提携銀行からの手数料収入をできる限り得ることが必要となる。そうしないと、オーナーに支払う原資すら確保することができない。

できてばかりの銀行に知名度があるわけではない。まずは知ってもらわなければ始まらない。もちろんターゲットはセブン−イレブンに来る顧客だ。そこで、レジでチラシを配布するアイデアが出されたが、これは法的に許されていない行為と却下されてしまう。

銀行員は支店の外でチラシを配ることを禁じられているのだ。セブン銀行においては、ATMの設置されている部分のみがいわば支店となる。ATMの上に人が乗ってチラシを配布するのであれば法的には問題ないが、もちろん現実的な方法ではない。

当初は苦労の連続であったが、セブン銀行の努力もあり、次第に提携金融機関が増えていった。また、すべてのセブン−イレブンにATMが設置されるようになるにつれて、少しずつ利用者も増えていった。

そして日に日にセブン銀行を利用する顧客は増え、銀行業界の予想に反し、セブン銀行はわずか2年半という短期間で黒字化を達成したのである。

新刊『ダントツ企業』は、セブン銀行のように圧倒的な「超高収益」を生む企業に注目して、「なぜ儲かるのか?」を解説している。興味のある方は参考にしていただければ幸いだ。

----------

宮永博史(みやなが・ひろし)
東京理科大学大学院教授
東京大学工学部卒業。MIT大学院修士課程修了。NTT、AT&T、SRI、デロイトトーマツコンサルティングを経て2004年より現職。コンセプト創造、開発・プロトタイピング、ビジネスモデルなどの講義を担当。主な著書に『顧客創造実践講座』(ファーストプレス)、『理系の企画力』(祥伝社新書)、『世界一わかりやすいマーケティングの教科書』(中経出版)、共著に『技術を武器にする経営』(日本経済新聞出版社)など。

----------

(東京理科大学大学院教授 宮永 博史 写真=時事通信フォト)