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もの忘れ、言葉が出てこないなど脳の衰えを、「年のせい」と諦めてはいないか。働き盛りのビジネスマンにぴったりの脳の鍛え方を、1万人以上の脳MRI画像を分析した専門家に聞いた。

■マンネリ仕事の管理職は「脳が劣化する」

脳というと、10代から20代が最もいい時期で、それ以降は衰えていく……とお考えの方もいるのではないでしょうか。脳細胞の数、という点ではたしかにその通りです。脳細胞は赤ちゃんの時期が最も多く、それ以降は年齢を重ねるにつれて減少していきます。

しかし脳自体は、使われない部位は徐々に劣化していきますが、継続的に使っていけば100歳になっても成長します。なかでも、30代から40代は、人によっては脳の形も機能も劇的に成長していることがわかってきました。逆に、この時期に脳に適切な刺激を与えないと、50代以降、脳が衰えて認知症リスクをアップさせてしまうことも判明しています。

つまり、働き盛りといわれる年代の人たちこそ“人生で最も脳を鍛えるべき世代”なのです。ここで脳を鍛えるか鍛えないかが、一流のビジネスマンになれるかどうかの分水嶺と言っても過言ではありません。

管理職になると、現場に出ることが少なくなり、社内で机に座り続ける時間帯が長くなる。仕事もパターン化し、運動不足になり、何より新たな刺激を受けることが少なくなります。マンネリは、脳の劣化の一番の原因です。慣れた仕事や作業だけをしていると、脳もいつもと同じ部位しか使われないので、ほかの部分が劣化してしまうのです。

仕事にどうしても慣れが出たり、パターン化したりしてしまうようなら、アフター5や休日の過ごし方を工夫してください。できるだけ、普段とは違う場所で違う人と違うことをやって、新鮮だと思える経験を多く積む。やったことのないことに取り組むのは面倒くさいと感じるかもしれませんが、脳にとっては最大の栄養剤となるのです。

昨今は男性の家事、育児への参加が叫ばれていますが、これも脳にとってはプラスです。乳幼児という仕事とは全く違う相手に対して、試行錯誤しながら事を進めることになるので、脳にとっては非常にいいトレーニングになります。

▼仕事のパフォーマンスを上げる脳習慣○×クイズ10
 

Q.仕事の前にスイーツを食べる
×:スイーツは脳の活性化ではなく、リラックスに適している。仕事の前ではなく、同じ仕事を長時間続けた後、スイッチオフのタイミングに食べると、脳の活性化が止められ、緊張がほぐれる。
Q.1時間ごとにカフェを変える
○:仕事は切り替えをつくるとモチベーションが上がる。1時間ごとではなく、仕事の切れ目で場所を変えるとさらによい。また、カフェは自分が知っている人、モノが少ないため、集中するのに適する。
Q.外食のメニューを写真で選ぶ
○:視覚系の脳力は文字を読む脳力(左脳)と絵を見る脳力(右脳)に分かれるが、現代人は左脳を使いがち。いつも文字を見てオーダーしている人は、写真を見て注文することで、意識して右脳を使おう。
Q.集中力が高まる朝に仕事する
×:朝は集中力が高まらないため、早起きなどして集中力を高める必要がある。一方、夜は複数のことには集中できないが、ひとつのことには集中しやすくなる。ただし注意力が下がるため、仕事は選ぶこと。
Q.おなかいっぱい食べる
×:食べすぎると眠くなる。自分にとっての“腹六分目”を理解して、食事の量や内容をコントロールすること。また、魚介類やビタミンが豊富な食材など認知機能によい食べ物を選んで摂るとさらによい。
Q.ジョギングをする
○:運動は、使用する脳の部位を簡単に切り替えられる優れた手段。座り仕事が多い人は、走ることでそれまでに使っていた脳の部位を休ませられる。ペースや歩幅、ルートを変えると効果的。
Q.アートに触れる
○:完璧な答えが存在しないアートというものは、脳の様々な番地を刺激する。仕事机に絵はがきを飾ったり文具を変えたりと、目の前の風景を少し変えるのもよい。模様替えや掃除にも効果あり。
Q.利き手と逆の手を使う
○:左脳を使っている右利きの人が、左手を使うと右脳を刺激することになる。おすすめは歯磨き。手と口をつかさどる脳の部位を同時に使うため、非常に効果的な運動となる。
Q.ガムを噛む
○:ガムを噛むと、脳の口をつかさどる部位を使う。話をする場合も同様の部位を使うが、ガムを噛む場合は、噛む力が脳に大きなエネルギーを使わせるため、より能力アップにつながりやすい。
Q.ギャンブルをする
○:そもそも賭け事をしたくなるのは、脳がイキイキしておらず刺激を欲しているため。時々リフレッシュするためにはいいかもしれないが、依存性が高いため、注意が必要。
※取材を基に編集部作成。

■「なりたい脳」へ、自分流にデザイン

働き盛りのビジネスマンは脳のどの部分を鍛えれば、仕事のパフォーマンスが上がっていくのか。私は、特に「理解系脳番地」と「伝達系脳番地」を鍛えるべきだと考えています。

脳番地とは、私が考案した概念です。人間の脳は右脳と左脳に分かれており、全体で120ほどの脳番地があります。番地ごとにそれぞれの働きがあり、次の8つに分けることができます。

思考や判断に関係する「思考系脳番地」、感性や社会性に関係する「感情系脳番地」、発話や言語の操作に使う「伝達系脳番地」、体を動かすときに使う「運動系脳番地」、物事を理解する「理解系脳番地」、言語や音など耳からの情報に関係する「聴覚系脳番地」、目で見た情報を集積する「視覚系脳番地」、物事を覚えたり思い出したりするときに使う「記憶系脳番地」、これら8つの脳番地のうち、ビジネスマンがよりイノベーティブな発想や組織を大きく前進させる行動力を得るために必要なのが、理解系と伝達系です。

理解系脳番地を鍛えていくと、他者、つまり消費者の欲求やニーズを理解することができるようになるので、新しい商品の開発などに生かすことができます。また、組織内での自身の立ち位置を理解し、自分がどうすることが組織全体の利益となるのか、俯瞰した視点を持つことにもつながります。

伝達系は、上司や部下など、自分と立場や年齢の違う人たちとコミュニケーションをとる際に役立ちます。中間管理職は、部下をマネジメントする傍ら、さらに上の上司から難しい課題や指示を受けるなど、いろいろと難しい立場になります。そのとき、上司に対しても部下に対しても、説得力のある言葉で説明できないと信頼を得ることができません。マネジメントに必要な能力に関係するのが伝達系脳番地と言えるでしょう。

▼ビジネスマンが鍛えるべきは理解系脳番地と伝達系脳番地


1:思考系脳番地
思考や判断に関係する脳の指令塔。意欲を高めたり集中力を強くしたりする機能が集まっているのが特徴。経営者に発達している人が多い。
2:感情系脳番地
喜怒哀楽など、感性や社会性に関係する。生涯にわたり育ち続け、老化が遅いことが特徴。俳優に発達している人が多い。
3:伝達系脳番地
言葉、文字のほか、ジェスチャーなど話したり伝えたりするコミュニケーションを担当。営業マンに発達している人が多い。
4:運動系脳番地
体を動かすこと全般をつかさどる。最も早く成長を始めるのが特徴。農業、漁業のほか、手先を使う仕事に就く人に発達している人が多い。
5:理解系脳番地
物事や言葉など外部から与えられた情報を理解し、役立てる。弁護士、新聞記者、編集者に発達している人が多い。
6:聴覚系脳番地
言語や音など耳からの情報に関係する。音楽家のほか、テレホンオペレーター、塾講師、落語家に発達している人が多い。
7:視覚系脳番地
目で見た情報を集積する。左脳側は文字を読むのに、右脳側は画像や映像を見るのに使われる。レーサーやデザイナーに発達している人が多い。
8:記憶系脳番地
覚える、思い出すことに関係。知識の記憶と感情の記憶を連動させることで鍛えられる。通訳や歴史家に発達している人が多い。

■通勤電車内でスマホを見て下を向いてはいけない

では、どうすればそれぞれを鍛えることができるのでしょうか。

まず理解系脳番地は、「出かける前の10分間で鞄の整理をする」ことがおすすめです。10分という限られた時間を意識することで集中力を高め、その中で昨日と今日の状況を見極めて、今日やるべきことや、そのために何が必要かを整理する。この状況の把握が理解系脳番地を鍛えるトレーニングとなります。

通勤電車の車内での行動には気を付けてください。スマホなどを見てじっと下を向いていると、視野が狭くなり、眼球が動きません。そうすると視覚系脳番地が機能せず、脳も活性化されないのです。時々は上を向いたり、窓の外を眺めたり、できるだけ遠いところを見て眼球を動かすように心掛けてください。電車内の人を観察してみると理解系脳番地を刺激できます。

通勤では、“乗り換え読み”もおすすめです。乗り換える際に本を読んでいたら、1度閉じますよね。次の電車やバスなどに乗ったときに、その続きからまた読み始めてみましょう。先ほどまで読んだストーリーを頭の中で記憶をたどりながら読むので、記憶系脳番地を使うことになります。1度閉じた本をまた開くのは面倒だからといって、スマホいじりなどに移らないでください。

脳にとって、スマホは使い方次第では大敵になります。便利ですから使いたくなるのは仕方ありませんが、スマホでいくら動画を見たり、テキストを読んだりしても、不思議と脳にとっての“体験”にはならないのです。どうしてもスマホは受動的になってしまうものですが、本を開くことは能動的な行為として脳の刺激になるからだと思います。スマホはほどほどにするように注意してください。

■頭の使い方を知る、エリートほど危ない

伝達系脳番地のトレーニングとしては、「選択肢を3つ考えながら人と話をする」ことがおすすめです。たとえば交渉の場面であれば、「即決する」「内容をさらに詰める」「話がこじれそうだからやめる」など3つの選択肢をつくることができるでしょう。選択肢を準備するには、相手の分析や伝え方の工夫が必要であり、この作業が伝達系脳番地への刺激につながります。また、人に質問する場合にも考えた3つの選択肢を示せば、明確な答えが返ってきやすくなります。このように伝達力自体も向上させられます。

大手企業で働くビジネスマンは、学生時代に成績がよかった高学歴の方が多いと思います。しかし、得てしてそういう人ほど、学生時代に培った“学校脳”から抜け出せておらず、特定の脳番地以外がうまく使えていないという事態に陥りがちです。ビジネスは様々な状況に応じて、柔軟さや自由な発想が求められるはず。優秀な人ほど脳にいい習慣を取り入れたり脳トレをしたりして、これまで使ってこなかった脳番地を意識的に使うようにしてもらいたいですね。

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加藤俊徳(かとう・としのり)
「脳の学校」代表
医師・医学博士。昭和大学客員教授。1995〜2001年、米ミネソタ大学で脳画像の研究に従事。06年、「脳の学校」を立ち上げる。MRI技術などを使って、脳の「個性」を鑑定。著書に『脳の強化書』など多数。

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(「脳の学校」代表、医師・医学博士 加藤 俊徳 文=衣谷 康 撮影=向井 渉 写真=amanaimages)