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○選手育成や技術力強化 - どん底からの取り組み実る

17日間にわたって熱戦が繰り広げられた平昌五輪が閉幕しました。日本代表選手は金4個、銀5個、同4個の合計13個(種目数、以下同)のメダルを獲得、冬季五輪では長野五輪での10個を上回り過去最多となりました。4〜8位の入賞数も過去最多の30となりました。大会で日本選手たちが懸命に闘い活躍する姿に、私たちは感動するとともに元気をもらうことができました。

これを「日本経済」という観点から見ると、実に興味深い要素を含んでいます。日本経済はいま、景気は回復しているものの十分とは言えず、2月に入ってからの株価急落など重要な局面に立っています。そのような日本経済が本格的に復活を遂げていくうえで何が必要か―― 平昌五輪の結果はそのヒントを与えてくれているのです。

ここで、過去の冬季五輪での日本選手のメダル獲得数と入賞数を見ると、ひとつの特徴が浮かび上がってきます。1972年に日本で初めての冬季五輪開催となった札幌大会では、これも冬季五輪で初めてとなるメダルを3個獲得、入賞も3となりましたが、その次のインスブルック大会(1976年)ではメダル、入賞ともにゼロと落ち込みました。

そこからコツコツと成績を積み上げ、2度目の日本開催となった1998年の長野大会ではメダル10個、入賞も23と、いずれも当時の過去最高を記録しました。しかしその次のソルトレイク大会(2002年)はメダル2個、さらに2006年のトリノ大会では1個にまで落ち込んでしまいました。トリノ大会はあのフィギュアスケート・荒川静香選手の金メダルの印象が強いのですが、同大会のメダル獲得はその金メダル1個だけだったのです。

このようなどん底から、2010年バンクーバー、2014年ソチと、成績は上向きに転じ、今回の好成績となったのでした。これは、各競技の選手育成や技術向上など強化策を積み重ねてきた結果だと言えます。もちろん各選手の努力と鍛錬のたまものですが、それを支えたコーチやスタッフ、所属チーム・企業、さらに多くの人たちが一体となった取り組みによって実現したものでしょう。

○挫折や苦境を経験した選手たち - それでもあきらめないチャレンジ精神

こうした過程についての報道に接し、今大会での選手たちの活躍を見ていて、まさに日本経済の本格復活に向けてのヒントが詰まっていると実感します。そのヒントは主として4つにまとめることができます。

第1は、どんなに苦境に立っても決してあきらめない不屈の精神、あるいはチャレンジ精神です。

フィギュアスケートの羽生結弦選手はあの大怪我から見事に復活、いやそれ以上のレベルにまで達し2大会連続金メダルという偉業を成し遂げました。羽生選手の優れた能力と強い意志に加えて、周りの人たちの治療や練習再開の面での懸命のサポートが、この偉業を実現させたのでしょう。

あの笑顔と「そだねー」でアイドル的人気急上昇の女子カーリングチームメンバーの皆さんも、かつては挫折やつらい経験をしているそうです。おそらくメダルを獲得した選手や五輪に出場した選手で、多かれ少なかれ挫折や敗北、苦しい思いや悔しい経験をしたことのない人はいないでしょう。しかしそれをバネにして新たな挑戦を続けてきたからこそ、栄冠を勝ち取ることができたのだと思います。

翻って日本経済はどうでしょうか。これまでバブル崩壊やリーマン・ショック、新興国の追い上げなど、苦しい状況が続いてきましたが、そのため弱気に陥り悲観論から抜け出せない人が多いのが実情です。企業経営者の中でも「日本経済の将来は厳しい」「景気回復と言っても実感がない」と愚痴っている人もいます。

しかしそうした姿勢からは何も生まれないような気がします。前向きな経営こそが苦境を乗り切る原動力になるのではないでしょうか。スキージャンプの葛西選手が「4年後の五輪を目指す」と語っていましたが、年齢は五輪をあきらめる理由にはならないというのは、さすがレジェンドです。五輪選手のようにはいかなくても、もっとチャレンジ精神を発揮することが日本経済全体を元気にすることにつながるはずだとつくづく感じます。

○グローバル化に対応しつつ日本の強みを生かす - スポーツも経済も

第2は、日本が持つ強みを武器にすることの重要性です。今回は特に女子スピードスケートの活躍が目覚ましかったですが、パシュートでの一糸乱れぬ滑りは芸術的な美しさを感じました。報道によれば、日本代表チームは1年間のうち300日もの合宿生活を送り、体力作りはもちろん、タイムミングを揃える滑りや先頭の交代などの練習を重ねるとともに、戦術面、技術面だけでなく精神的な面も含めチームワークを高めていったそうです。こうしたところは、日本が得意とするところです。

また一般的に言って日本人のスポーツ選手はもともと外国人選手に比べてフィジカル的に不利な立場にあります。それを技術面での向上やさまざまな工夫を積み重ねて戦っているわけですが、その努力が逆に日本の強みにもなっているという側面もあります。

例えば、金メダル2個を獲得した高木菜那選手は身長が155僂世修Δ如外国人選手の中に入るとひときわ小柄に見えます。しかしマススケートではそれを逆に利用して大柄な外国人選手を風よけにしてすぐ後ろについて滑り、最後のコーナーで内側から追い抜いていくという見事な戦術で金メダルを手にしました。

これは、日本経済と日本企業についても当てはまることです。たしかにコストの面では新興国に太刀打ちできなくなっています。しかしそれをカバーしてなおも国際競争力を強化するには、日本企業が持つ独自の技術力や付加価値の向上に磨きをかけるしかありません。それこそが、国際競争力を高めて日本企業が世界市場で戦う有力な武器になりうるものです。

一方、多くの競技で外国人コーチの存在感が増しているのも事実です。このことは、世界に通用する指導者が日本にはまだ少ないことを示しています。それは日本にとって課題ではありますが、別の角度から見れば、海外のすぐれた要素を取り入れたことによって勝利できたことを意味します。このように、グローバル化に合わせて海外の優れた点を取り入れつつ、日本が強みとする部分を強化していく―― これはスポーツも経済も同じ課題と言えるでしょう。

○女性の活躍とオール・ニッポンの力がカギ

第3は、女子の活躍です。今大会の金メダル4個のうち3つが女子で、メダル合計13個のうちでも女子は8つを占めています。この女子選手たちの活躍が日本チ―ム全体を鼓舞したことは間違いありません。

日本経済にとっても女性の活躍が重要なカギを握っており、成長戦略の柱のひとつとなっています。少子高齢化が進む中で経済活力を持続させるためには、女性が働き続けられる環境を整備するとともに、安心して子育てができる生活環境を作ることが欠かせません。企業にとって女性労働力の活用と女性の登用が求められているのも、そうした背景があるからです。まさに女性の活躍が日本経済を元気する原動力になりうるのです。

そして第4が、オール・ニッポンの力です。日本選手のメダリストたちは帰国後の記者会見で、自分を支えてくれた人たちに感謝の気持ちを語っていました。それは彼らの実感であり謙遜でもあると思われますが、実際、彼らの周りにはコーチやチームスタッフだけでなく、ウエアのメーカー、スキーやスケートなどの用具メーカー、さらにはスポンサー企業、所属企業などの支援や協力がありました。政府のスポーツ予算や自治体の支援も加わりました。

そうした力が一体となって今回の結果を生み出したわけです。日本経済においても、このようなオール・ニッポンの力を結集することが本格復活を遂げるうえで不可欠です。

そして、以上の4つのヒントは、そのまま2020年の東京五輪にもつながるものでもあります。

ただ、課題もあります。今回の平昌五輪で日本のメダル獲得数は過去最高になったものの、国別でみれば11位でした。まだまだ上には上がいます。日本がもっと強くなるには、前述の4点をさらに強化していく必要があります。と同時に、それは日本経済にも言えることです。日本経済が本当に復活を遂げるためにはこれからが正念場なのです。

○執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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