日本アニメが世界ヒットしても何故クリエイターにお金が届かなかったのか? エヴァでヨーロッパにアニメ再ブームを起こしたイタリア人の戦い
日本のアニメが海外で大人気! と言われるが、その人気は一体どこから生まれてきたのだろうか。1990年年代から2000年代にかけてヨーロッパで巻き起こった日本アニメの再ブーム。フランスでの『新世紀エヴァンゲリオン』の深夜放送がサッカーで中止となった際には約5000件の抗議電話が殺到したという。
そこには、発火点となった人物がいる。
イタリア出身のコルピ・フェデリコ氏だ。70年代に『UFOロボ グレンダイザー』などの日本アニメブームの洗礼をうけ、1990年代に日本へ留学。『世界名作劇場』で知られている日本アニメーションの合作アニメの原作翻訳のアルバイトをきっかけに日本とヨーロッパをアニメでつなぐビジネスに関わっていく。クリエイターへの報酬が少なすぎることへの疑問をきっかけに設立したライセンス事業は、それまでの粗悪な吹き替えを改善し、『エヴァンゲリオン』、『カウボーイビバップ』など今でも根強い人気の作品を紹介したことで、当時のヨーロッパの日本アニメ市場の70%を占めた。現在は、仕事の中心をCGアニメーション制作に移し、ヨーロッパ、アジア、日本をまたにかけ活動している。
ドワンゴ・吉川圭三とジャーナリストの数土直志が、今後のアニメーションの行方を明らかにする連載の第2回は、ヨーロッパにおける日本アニメの興亡を見てきたコルピ氏に、漫画家・永井豪氏との交流、ヨーロッパでの海賊版との戦い、日本のアニメが世界に出て行く上で作品やクリエイターを守るための強力な業界団体が必要なことなどを伺った。
取材・文:数土直志
編集:サイトウタカシ
関連記事:
・群雄割拠の世界アニメ市場で日本アニメは生き残れるのか? 世界最大のアニメーション映画祭アヌシー代表が語る、日本アニメのポテンシャル
吉川圭三(以下、吉川):
イタリアから日本に来て、今はアジア各地でご活躍なされている。そんなコルピさんがこれまで歩んできた道がとても興味深くて、是非、お話をいただければ。
コルピ・フェデリコ(以下、コルピ):
イタリアの生まれで、ベネチアで育ちました。1970年代、私が小学校の頃に日本のアニメが続々とイタリアでテレビ放送されるようになったんです。
最初は『UFOロボ グレンダイザー』【※1】とか『アルプスの少女ハイジ』。そのあとは永井豪先生のロボット作品、東映アニメーションさん【※2】の作品や、東京ムービーさん【※3】や竜の子さん【※4】の作品も、どんどんと続きました。
※1 『UFOロボ グレンダイザー』
1975年放送、永井豪原作、東映動画製作のロボットアニメ。『マジンガーZ』、『グレートマジンガー』に続く、マジンガーシリーズ第3作。
※2 東映アニメーション
1948年設立、日本最大のアニメ製作会社。1998年に東映動画から現在の社名に変更。
※3 東京ムービー
1964年設立の老舗のアニメ製作会社。『ルパン三世』や『ベルサイユのばら』などの代表作がある。現在は、トムス・エンタテインメントのブランドとなっている。
※4 竜の子プロダクション
1962年設立の老舗アニメ製作会社。現在のタツノコプロ。『科学忍者隊ガッチャマン』、『ヤッターマン』が代表作。
(画像は公式ウェブサイトより)
数土直志(以下、数土):
それはすごい作品の量ですね。
コルピ:
1978年から83年までの5年間に、日本で過去30年間に作られたほとんどのアニメがイタリアで放送され、商品化されたり、ノベル化やコミック化もされてものすごく成功しました。
吉川:
その時にアニメに関心を持たれたのですか?
コルピ:
実は、日本のアニメに出会う前から漫画家になりたいと思っていました。ただ日本のアニメの影響を受けて、自分の描く漫画がどんどん日本のアニメっぽくなってしまって…… 作品を出版社に持ち込むと、「こんなの持ってくるな!」と断られました。当時は日本の漫画はアートではなくて大衆娯楽的なものだと見られていたんです。それが中学3年生くらいですね。
吉川:
そのままアニメの世界にはまられた?
コルピ:
いえ、高校に入学後は違うものに興味がいってしまいアニメも見なくなりました。けれど高校を卒業した後に、大学の日本語学科で勉強を始めて、色々な偶然が重なり2年生の時に留学生として来日しました。
当時はヨーロッパと比べて日本の物価が非常に高かったので、「これはアルバイトをしないと生きていけない」と思い、見つけたバイトが日本アニメーションさん【※】でした。
※日本アニメーション
1973年設立のアニメ制作会社。代表作に、『世界名作劇場』シリーズや『ちびまる子ちゃん』、宮崎駿監督の『未来少年コナン』などがある。
(画像は日本アニメーション公式ウェブサイトより)
吉川:
アニメ会社でのバイトは、どんなことをしたんですか?
コルピ:
ヨーロッパにあれだけ日本のアニメがあるなら、きっと日本語をイタリア語版や英語版に訳している人がいると考えました。そこでいろんな会社に通訳者、翻訳者は要らないか? と手紙を送って、日本アニメーションさんだけが「手伝って欲しい」と返事をくれました。日本アニメーションさんは、当時、クリストファー・コロンブスの生涯を描いたアニメを作っていて、彼に関する本を日本語に訳して欲しいと頼まれ、それで翻訳したものを脚本家や監督に渡していました。
吉川:
そこで日本のアニメ業界と初めて触れたわけですか?
コルピ:
いろんなアニメーターさんと仲良くなりました。東映動画(現・東映アニメーション)さんの演出家や虫プロのアニメーターともすごく仲良くなって。
そこで虫プロの給料にびっくりしたのを覚えています。お金を節約するためにひとつの6畳の部屋を5人で借りている。みんな会社のアニメーターだから、どのみち5人が同じ時間に同じ部屋にいることはないのです。
東映動画さんはもっと待遇が良かったんですけれど。それでも、なんで給料がこんなものなのか? と疑問に思う金額でした。その一人がやっていた『とんがり帽子のメモル』【※】はイタリアですごく人気があったのに、きっとヨーロッパで報告しないでお金を抜いたりするが人いるのだろうと思ったんです。「これを調査して、アニメの仕事にしよう」と。
※『とんがり帽子のメモル』
1984年放送。地球へやってきてとんがり帽子をかぶった小さな宇宙人メモルたちと、地球人の女の子マリエルの交流を描いた作品。現在の『プリキュア』シリーズへと続く東映動画による、朝日放送の日曜朝8時30分枠アニメの第1作。
(画像はAmazonより)
数土:
実際には、どうだったのですか?
コルピ:
ちょうど永井豪先生のダイナミック企画と知り合いになった頃で、「それじゃあ、調査して欲しい」と頼まれました。
「自分たちの作品がイタリア、フランス、スペインで大人気になっていて、おもちゃの売り上げだけで60億円、80億円と聞いているけど、うちには1円も入ってきていない。それはなぜなのか?」と、不思議に思っていたようです。
最初の仕事は、イタリアの出版社とかテレビ局に「おたくはどこを経由して作品を買ったのか」の調査。それからフランス、スペイン……。電話をかけたり、FAXを送ったりしました。
吉川:
それは現地に行かずに電話で?
コルピ:
最初は電話でした。ただ、実は現地の出版社やテレビ局の方が、すごくびっくりしていました。当時は『グレンダイザー』も『マジンガーZ』も本当に大人気だったので、まさか原作者がそれを知らないとは思わなかったんです。だから、とても協力的でした。
結局わかったのは、最初はヨーロッパ側でお金を抜いている人がいると思っていたのですが、意外なことに日本側にもそれをやっていた人がいたことでした。永井豪先生の場合は、東映動画が正式に契約していたものの、その契約先の人間が契約で認められている権利の範囲を遥かに超えて、商品化権や出版権をいろんな会社に高額で売ったケースが多くありました。他の作品ではアフレコスタジオから素材が流れていたとか、地方局から素材が流れていたとか、いろんなケースがありました。
数土:
それは違法に売っていたということなのですか。
コルピ:
というより、その作品の権利をそもそも持っていない人が売っていた、ということですよね。
吉川:
そこから「お金をきちんと回収しよう」と?
コルピ:
「これだけ人気があるのにお金が返ってきていない、何かできないか」と永井豪先生と話をしているうちに、ヨーロッパに子会社を作って直接販売しようという話になりました。ただ当時のダイナミック企画はそこまでの財力がなかったので、子会社ではなくて現地の人たちも集めて提携会社を各国に作ろうということになりました。1995年12月から98年の頭ぐらいまでのことですね。イタリアにまずDynamic Italia ( Dynit )を、さらにフランス、スペイン、ポルトガル、ドイツ、オランダで次々に作りました。
最初は永井豪先生の作品だけでやろうと思っていました。けれども、やっているうちに他の会社からも、「実はうちも金が入っていないから一緒にやってくれない」と声を掛けていただいて。それでいつの間にかヨーロッパで日本のアニメ市場シェアがトップの会社になってしまって…… ピーク時にはヨーロッパで放送される日本のアニメの70%が、うち経由でテレビ局に販売され、パッケージ化されるようになったんです。
数土:
すごい、大成功ですね。何がよかったんですか?
コルピ:
ひとつは吹き替えに力を入れたことです。客観的に見てそれまでの吹き替え、翻訳が本当にひどかったんです。
当時、日本アニメは暴力的だとか、性的だとかとてもバッシングされていましたし、それではいつまでたっても市民権を得られない。そこで「吹き替え、翻訳にしっかりお金をかけよう」と、有名な俳優さん、女優さん、声優さんを集めました。
これで良い吹き替えができて、テレビ局もすごく評価してくれました。「今までのアニメはひどかったけどこのアニメは面白い」と。別にそのアニメが面白くて、前がつまらなかったわけではなくて、あくまでも吹き替えのレベルが違っただけだったのです。
最初の作品が『ドラゴンボール』の劇場版シリーズ、それから『らんま1/2』。これがものすごく人気になってどんどん広がっていきました。
吉川:
そもそもなぜ翻訳がひどかったのですか?
コルピ:
それまでのヨーロッパの仲介会社は、日本から買ったアニメをテレビ局に売って、その売り上げの見込み額の範囲内で吹き替えを作る予算を決めていたという仕組みだったんです。仲介会社からすれば吹き替えにお金をあまり掛けない方が、自分たちの収益率が高くなります。
うちはそのやり方を変えて、テレビ局に対して吹き替え込みでアニメを売りました。じゃあうちがどこからお金を回収するか? というとパッケージです。当時DVDじゃなくてVHSだったので、VHSを売って、回収できたところでテレビ局に放映権を許諾していました。
日本アニメの再ブームを巻き起こした「エヴァンゲリオン」での賭け吉川:
そこから大きく成功されたのですか?
コルピ:
95年からこうした仕事を始めて、97年の終わりごろに日本アニメの大きなブームが起きました。もちろんヨーロッパでは70年代にも大きな日本アニメブームがあったのですが、それはいったん収まっていて、その後の新しいブームです。
この再ブームを起こすきっかけになったのが『新世紀エヴァンゲリオン』です。私たちでフランス語版、イタリア語版、スペイン語版、ドイツ語、ポルトガル語等を作りました。
(画像はAmazonより)
数土:
『エヴァンゲリオン』は何が違ったのですか?
コルピ:
『エヴァンゲリオン』には、最初からものすごく力を入れました。それまで日本アニメを放送していたテレビ局ではなくて、あえて「日本のアニメは絶対放送しない」と言っていたCanal+【※1】とかMTV【※2】といった大きな放送局に積極的に売っていきました。彼らはそれまで、「日本のアニメはつまらないから放送しません」とか「品質が悪いから放送しません」と言っていたんです。
※1 Canal+
フランスの大手有料民間テレビ局。映画やスポーツ、アニメーションなど多くの専門チャンネルを持つ。
※2 MTV
世界各国に放送局を持つアメリカの音楽&エンターテインメント専門チャンネル。160カ国以上で5億世帯をカバーする。
数土:
それはかなり画期的ですね?
コルピ:
Canal+とは1年くらい粘り強く交渉を続けて、そこでどうにか深夜枠で1回放送してもらいました。ところがそのうちの1話がサッカーの試合か何かで放送が飛んだんです。そうしたら5000件くらいの抗議電話が放送局に殺到して……「なんで、サッカーのために『新世紀エヴァンゲリオン』を飛ばすのか!」と。
Canal+もびっくりして、そこで放送枠を夕方に変えて、そこから一気に大ブームになりました。それを見たMTVが、さらにイタリアとドイツで買ってくれました。
数土:
そこからどんどんと?
コルピ:
『新世紀エヴァンゲリオン』の後番組となった『カウボーイビバップ』、さらに『天空のエスカフローネ』、『トライガン』、あと『GTO』……。そうした流れができてMTVでもCanal+でもかなりアニメを放送していただくようになりました。
それからは、あまりアニメに積極的じゃなかったドイツや、北欧、ロシアでも放送するようになりました。それが非常に調子良く2000年、2001年くらいまで続きました。
吉川:
2002年以降に、大きな変化があった?
コルピ:
なにが起きたかというと、YouTubeやTorrent【※】と呼ばれるネット上の動画ファイルの交換ソフトの出現です。うちはホームビデオでお金を回収してテレビ局に提供していたんですけれど、これでまずホームビデオから回収がほぼできなくなりました。それまで何万本あった売上高が、いきなり何千本とか何百本に落ちたんです。
※BitTorrent
ネット上に共有したファイルをPCやネットの負荷を軽減しながらダウンロードできるソフト。
吉川:
ネット上の海賊版の出現ですよね。取締りなどの対抗策は取れなかったのですか?
コルピ:
ヨーロッパはそれが全くコントロールされていなくて、色々なところと手を組んで海賊版対策したのですけれども、なかなか上手くいかない。海賊版とはそういうものなのです。
例えばイタリアのサーバーにあったものは摘発できたけど、同じものが中国のサーバーにあったら何もできないとか。さらに海賊版DVDの出現もあって、完全に市場がなくなってしまって……。
数土:
海賊版DVDも打撃だったんですか?
コルピ:
要するにテレビよりも良い画質でアニメが見られる。マレーシアに業者がいて、うちの音声だけをVHSから取って、それを日本の画質の良いDVDの映像に合わせて販売していました。それも止めようがなくて……。
ですから2002年がピークで、そのあとはDVDの売り上げがものすごく落ち込んでいきました。そのあとは海賊版が難しいだろうと思い、漫画出版に力をいれましたが、これも2006年がピークです。いつの間にか全部PDF化されて中国のサーバーにあがっている。まるで海賊版業者のためにウチが金かけて翻訳や編集をしてあげている状態。本を出した次の日にはネットにあがっているんです。
数土:
海賊版対策はされたとのことですが?
コルピ:
ただ、海賊版を管轄するイタリア財務警察のメインの仕事はファッション業界なんです。イタリアのファッションの偽ブランド品市場は何百億円で、それと比べると日本の海賊版DVDや海賊版漫画はずっと小さい。彼らからは「なんでこんなものに時間を費やさなきゃなんないのか」と、ずっと言われました。
それでも長い時間をかけて警察を説得しました。やっと取り締まりをやってもらった時には、1回で『グレンダイザー』の海賊版8万枚を摘発しました。
(画像は一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)ウェブサイトより)
吉川:
それで状況は好転したのですか?
コルピ:
いえ、日本の某団体がその摘発のニュースを日本のメディアに公表しましたが、その中で判決まで絶対に公表してはいけない情報も一緒に流してしまったんです。その記事がイタリアのネットニュースでも取り上げられ、結果的に折角協力してくれた財務警察の関係者が左遷されてしまい、没収した海賊版も業者に返却せざるを得ない、というとんでもない実態になりました。それで財務警察は当然ウンザリしてしまい、二度と日本の案件を取り扱わないとカンカンに怒りました。我々だけで仕掛けた摘発と何の関係もない団体が勝手に流したニュースのせいで、我々の長年の努力は水の泡になってしまいました。ものすごい衝撃でした。
社内で全員がモチベーションをなくし、この商売をどう続ければいいのか考えていた2008年頃に、ベルルスコーニさん【※】の関係会社から「お前らが売れていないのはマーケティング力がないからだ。俺らだったらマーケティングを上手くできるからテレビ局にバンバン宣伝して売れるよ」と声をかけられ、会社を売ってくれと言われたのです。結局、会社は売らずに、ホームビデオ事業と出版事業だけを譲渡しました。
ただ、結論を言うと彼らも1年間で全部の事業を閉鎖しました。どんなに宣伝しても、ファンはみんな海賊版を買ってしまうことがわかったから。
※シルヴィオ・ベルルスコーニ
イタリアの実業家、メディア王として知られる。政界にも進出し、たびたびイタリアの首相を務めた。
吉川:
その後にアジアを中心にCGアニメーション制作のビジネスを始められたお話は、もうひとつ別の機会で聞かせてください。
そうした日本とヨーロッパを長年アニメでつないできて、日本アニメのブームとビジネスの崩壊を見てきたコルピさんにはいまの日本はどう映りますか?
例えば日本政府は「クールジャパン」と言って、近年、アニメや漫画を積極的に海外に発信しようとしています。私はこれが何か迷走していると認識をしているんですけども。色々なことをやろうとしていますが、問題点もあってなかなか上手くいってない。
(画像は内閣府 知的財産戦略推進事務局 クールジャパン戦略ウェブサイトより)
コルピ:
1990年代から日本アニメを海外のテレビ局に販売していましたが、その時に感じていたのは、日本は業界の組織が弱いということです。
例えばアメリカは映画協会やレコード協会があって、ものすごく強いのです。政治的にも、外国に対して強く意見が言えている。日本のアニメ業界はこんなに大きいのに何で振るわないのかという疑問がありました。また、日本のアニメ会社は長い間、下手な契約にサインしてしまったことがすごく多かったんです。
吉川:
それに理由はあったんですか?
コルピ:
当時の日本には著作権に詳しい弁護士がいませんでした。いたとしても相手がアメリカとかヨーロッパだと、現地で弁護士を雇わなければならない。それが1時間1,000ユーロとか5,000ユーロとか、すごいお金が掛かって、どう考えても当時は大手でも出せない金額です。どんなことをやられても泣き寝入りしなければならなかった。
日本政府がバックアップして、海外進出の際には専門的な弁護士を立てて、アニメ業界に対して無料で提供するとか、法律の相談などがないのか? という疑問は当時からありました。
ですからクールジャパンはそれをやってくれるだろうと、すごく期待していたんです。けれども、本当にアニメ業界が必要としていることをやっているか、なかなか見えてこなくて……。
吉川:
コルピさん自身がクールジャパンに意見をしたことはあるのですか?
コルピ:
97年に外務省傘下の国際交流基金【※】で、日本の文化を海外に発信するのにどうすれば良いのか検討するための委員会が作られ、そこに参加していました。
狂言師の野村萬斎さん、柔道家の山下泰裕さん、ファァッション業界で太田伸之さんらがいて、アニメから私が呼ばれたんです。その時、太田さんの言ったことがとても進んでいたんですよ。すごく賛同しました。
当時の外務省などは、「日本のエンターテインメントはトップだとか、中国とか韓国は日本と同じレベルにはなれない」などすごく自慢をしていましたが、その時にイッセイミヤケの社長だった太田さんは「僕は仕事でパリやミラノ、ニューヨークに行きますが、4〜5年前まではホテルに行くと東芝のテレビがあって、Panasonicの電話があった。でも今行くとSAMSUNGのテレビがある、LGのテレビがある。日本の物はもう見かけない」「我々は日本がトップに立っていると思い込んでいるんだけれども、本当は海外からはそのように見られていないよ」と話しました。「それに気づいていないのが一番危ない」と。その太田さんがクールジャパンのトップになると聞いて、これでやっと変わると確信しただけど、結局今まで何も変わらない。
※国際交流基金
独立行政法人のひとつ。日本文化の国際文化交流事業を世界において実施する。
(画像はクールジャパン機構ウェブサイトより)
数土:
クールジャパンも色々な組織や、人が多く、ちゃんとした考えもなかなか伝わっていかないですよね。
コルピ:
ポイントが大きくズレている気がします。例えば助成金でも、海外でファッションショーをやりましたとか、伝統文化の展示会をやったとあります。そのようなプロモーションは要らないんです。ネットの時代だから、そうしたイベントのファッションアイテムや伝統文化を、主催者側であるクールジャパンの人たちよりも詳しく知り尽くしている海外のファンが多くいて、彼らはYouTubeやInstagramなどで既に効果的にプロモーションしてくれています。「クールジャパンのお金でプロモーションをしなければ、海外では知ってもらえない」ような商品は、もう存在しません。面白ければ、プロモーションをしなくても海外でもすぐ話題になります。話題になっていないものは、プロモーションが足りないのではなく、元から話題性がないので受けないのです。だから、クールジャパンのお金の使い方は他にあるんじゃないかなと思ってしまいます。
本当はアメリカの映画協会とかレコード協会と同じようなものが必要だと思うんです。去年ちょっと怒ったのが、あるセミナーでクールジャパンの方が1年間の実績を報告したのですが、一番強調したのはパリのイベントでブースを出して「ゆるキャラ」を登場させました、と。「え、何億円も何十億円も予算を持っているのに、過去1年間の最大の実績はそれなのか?」と思いました。聞いていてちょっと腹が立って……。
しかも、セミナーに参加しているみんなはそれをわかっているけど相手が国だから言いづらい。そのことは問題じゃないかなと。その辺は吉川さんがご経験上もっと知っておられますよね。
吉川:
僕が日本の映画に怒っているのは、アメリカのハリウッドがテレビの登場に対して強烈なロビー活動を行ったのに対して、日本ではそれがなかったことです。
アメリカでは1970年代にフィンシン・ルール【※1】とプライムタイム・アクセス・ルール【※2】という2つの法規制を作りました。これらは後に廃止されましたが、こうした政治活動によってテレビ番組の供給のために、ハリウッドの制作スタジオがコンテンツを作って、その世界配給の権利を持つということを可能にしているのです。
一方、日本の映画業界はテレビのことをとても侮っていたんです。それがいつの間にテレビに抜かれてしまって。そこにアニメーションが興隆してきた。それを助けるためのクールジャパンができて、僕もちょっと期待していたんです。今元気があるアニメーション産業の代弁者となって、ある種のロビー活動で、世界的になりつつあるアニメーションを戦略的に売り出せるじゃないかなと思っているんです。
※1 フィンシン・ルール(Fin-Syn Rule)
米国内で、3大ネットワーク(ABC、 CBS、NBC)による外部制作番組へ出資と所有権の取得の禁止と、番組販売の禁止された。
※2 プライムタイム・アクセス・ルール(Prime Time Access Rule : PTAR)
プライムタイムの番組の一定数は、テレビ局以外で制作することを義務付けた。ハリウッドのテレビ番組制作進出のきっかけになった。
コルピ:
ただアメリカのようなロビー活動はアメリカ以外の国では、もう賄賂としか言えないじゃないんでしょうか。
吉川:
そうなんですよね。
コルピ:
でも、政治活動が良いかどうか別としてアメリカでは制作会社が力を持って世界にコンテンツを供給するシステムができあがっています。
(画像はWikipediaより) 構造的にゼロからひっくり返さないと
数土:
クールジャパンが始まった時に、アニメ、漫画、ゲームが筆頭に挙がっていて、それを数年間やっていたと思うんです。けれど、意外に市場が小さいことに気付いて、そこに国がそんなにお金を突っ込むべきかという話が出て、じゃあクールジャパンとは何かと言った時に「日本の伝統です」「ファッションです」「それを売るための量販店作りましょう」と、どんどん拡散していって、アニメ、漫画、ゲームはちょっと横の方にいったのかなと思っています。
コルピ:
それは日本のアニメ業界にも悪いところが多分あって、2000年代に入ってから新聞などにも日本のアニメの海外売上高がこれくらいなどと出るようになりました。
私はアニメの海外販売をやっていたので、おそらく実際の数字の10倍くらいの数字が発表されていた感覚だったんです。ヨーロッパでこんな大きな金額は絶対ないと。だから政府がクールジャパンを作り上げてふたを開けてみたら、「あれ、言われた通りのものじゃない」ということに気付いたのかもしれません。
それでもクールジャパンは、アニメとかの本来の目的と関係ないところにお金が行っているのではないだろうかと感じますね。
数土:
日本では、「日本はすごい、すごい」と言っている人たちがいて、もう一方に「日本はもう全然だめだ」と言っている人たちがいる。僕はどちらも違う気がしています。
コルピ:
90年代初めに、私がアニメに関わるようになった時に一番びっくりしたのはそれですね。アニメーターの荒木伸吾さん【※1】や小松原一男さん【※2】たちはお会いした時にものすごく腰が低くて。ヨーロッパでは誰でも知っているのに、本人たちは「俺はアーティストじゃなくてただのアニメの職人だから」と仰るんです。
東映アニメーションさんとか東京ムービーの海外担当の人たちも、「ハンナ・バーベラ【※3】とはとても競争できない」と話します。「いや、おたくのアニメは視聴率70%で、ハンナ・バーベラは全然視聴率取れていない」。なのに、なぜ競争できないと思い込んでいるのか? その全く自信のない状況から、今世紀に入って突然、変に自信のあり過ぎる状況に切り替わって、本当はその中間が丁度良いのにと思います。
※1 故・荒木伸吾
アニメーター・キャラクターデザイン。代表作の『UFOロボ グレンダイザー』、『聖闘士星矢』など、仏での仕事も多かった。
※2 故・小松原一男
アニメーター・キャラクターデザイン。『デビルマン』、『ゲッターロボ』、『UFOロボ グレンダイザー』などの永井豪原作のアニメ作品のキャラクターデザインや、宮崎駿監督の映画『風の谷のナウシカ』で作画監督を務めた。
※3 ハンナ・バーベラ・プロダククション
アメリカのアニメーション制作会社。『トムとジェリー』などの代表作がある。現在は、ワーナー・ブラザース・アニメーション内のブランドとして残っている。
吉川:
そうしたクールジャパン施策がダメになってしまったのに、日本のアニメ業界がなんとかなっているのは逆にすごいなって思います。それと国はアニメ業界のことをあまり理解していない割に利用しようとする(笑)。
あとは利益の配分ですよね。『シン・ゴジラ』を作ったら、海外であれば総監督の庵野秀明さんは相当な大邸宅を建てられるようなお金を確実に得られる。興行の配分が日本と海外は全然違います。
コルピ:
日本に来て、ダイナミックプロダクションの本社ビルを見て、自分の目を疑いましたよ、古くて。永井豪先生にしてもその時、50代だったけれど毎日昼の2時に来て、朝の3時半まで仕事をやっていました。
一方で、アメリカン・コミックスのスタン・リー【※】とかはたぶん何十年とかそうした仕事をやってないのに、原作者として金がどんどん入ってくる。アメリカと日本のその違いはなんなのだろう? と。構造的にゼロからひっくり返さないと変わらないのではないかと思います。
不思議なのは、アニメ第一世代はもう40代、50代の人が多いじゃないですか。政治家のほとんどもアニメで育った人たちのはずなのに、なんでもうちょっと考えてくれないのか……。
結論を言うと日本にはクールジャパンは一応あるけど、あんまり国に期待しない方が良いということになってしまうかと思います。
※スタン・リー
アメリカのコミックス原作の巨匠。『スパイダーマン』や『アベンジャーズ』『X-メン』を生みだした。
──ありがとうございました。
インタビューは終始和やかな雰囲気で行われた関連記事:
・群雄割拠の世界アニメ市場で日本アニメは生き残れるのか? 世界最大のアニメーション映画祭アヌシー代表が語る、日本アニメのポテンシャル