"仮想通貨は管理者不在"で絶対に安全か

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1月26日、仮想通貨交換業者「コインチェック」は、利用者から預かっている約580億円分の仮想通貨が不正アクセスで流出したと発表した。仮想通貨の安全性は大丈夫なのか。不正流出の約1カ月前、雑誌「プレジデント」では、日本最大規模の仮想通貨取引所「ビットフライヤー」の加納裕三社長と田原総一朗氏との対談を収録していた。その内容をお届けしよう――。

■なぜ外資系証券マンが仮想通貨の取引所を始めたのか

【田原】加納さんは東京大学の大学院で工学系の研究科を修了した。工学系はメーカーに入る人が多いですが、ゴールドマン・サックス証券に就職。なぜですか?

【加納】当時は外資系の金融機関と戦略コンサルの人気が高かったんです。世界で活躍できるチャンスがあって、若い時期から責任のある仕事をやらせてもらえる点が魅力だった。私も外資系金融、特に投資銀行に可能性を感じて、ゴールドマン・サックスに行きました。

【田原】どんな仕事をされていたのですか。

【加納】最初はエンジニアとして、金融機関の基幹業務システムの開発をしていました。ただ、入社してわかったのですが、この会社の花形は何といってもトレーダー。私も大きなお金を動かす姿に憧れを感じるようになり、BNPパリバ証券に転職してトレーダーになりました。

【田原】ゴールドマン・サックスにトレーダーの仕事はなかった?

【加納】ポジションが空いていませんでした。東京支店に社員は1300人いましたが、トレーダーはそのうち20数人という狭き門。一刻も早くトレーダーになりたくて、ポジションに空きがある他社に転職しました。

【田原】その後、またゴールドマン・サックスに戻ります。

【加納】実際にトレーダーになってみると、ゴールドマン・サックスへの憧れが戻ってきました。ゴールドマン・サックスは、世界のトップクラスの人材が集まっている場所。そこでまた学びたいなと思っていたところにちょうどお声がけいただいて、再入社しました。

【田原】せっかくゴールドマンに戻ったのに、仮想通貨の取引所の事業で起業される。

■発明した「ナカモトサトシ」とは何者なのか

【加納】仮想通貨のビットコインに出合ったのは2010年でした。社内で話題になっていて、自分でも調べてみたところ、これはおもしろそうだなと。具体的には、社会システムとしてのおもしろさ。非中央集権的な意思決定によって動く通貨というのは、これまでなかったですから。

【田原】非中央集権的って?

【加納】管理者がいないのです。それにもかかわらず、全体の意思決定や運用のプロセスが自動的に決まっていくのが斬新だなと。

【田原】管理者がいなくて大丈夫なんですか。円は日本銀行が、ドルはFRB(連邦準備制度理事会)が発行して管理しています。

【加納】ビットコインは、ブロックチェーンという技術で管理されています。ブロックチェーンは新しいデータベースの技術で、誰でも参加できて、書き込んだデータが絶対に消えず、システムが落ちずに動き続けるという特徴を持っています。

【田原】24時間365日?

【加納】はい。攻撃を受けたり障害があったとしても、自己修復する仕組みが備わっています。実際にビットコインは、09年の運用開始以降、1回もシステムダウンしたことがありません。

【田原】ブロックチェーンを使ったデータベースと、ビットコインなどの仮想通貨の関係がよくわからない。

【加納】新しいデータベースの仕組みに数字を書き込んで、「これはお金だ」といい続けたのがビットコイン。ただの文字データに価値があると考える人は少なかったので、最初は1ビットコイン1円ぐらいの価値しかありませんでした。でも、運営を続けていくうちに、「このシステムは落ちないしデータが消えない。すごいぞ」と知れ渡ってきて、本当にお金のような価値を持つようになってきたのです。

【田原】この仕組みを考えたのは誰?

【加納】発明者はナカモトサトシさん。日本人の名前ですが、おそらく外国人だろうといわれています。

【田原】いわれているって、どういうこと? 真偽はわからない?

【加納】本人が名乗り出てこないので。どこかに実在しているとは思うのですが。

■仮想通貨ができた、本当の理由

【田原】ナカモトさんはどうしてこういうものをつくろうと思ったのかな。

【加納】彼の論文が発表されたのは、08年のリーマンショック直後。論文には、そのあと行われた銀行の救済はけしからん、中央集権の政府が管理するお金に依存するのではなく、民間の手にお金を取り戻すという思想のもとに開発したと書かれていました。その証拠はビットコインの中に残っています。技術的にいうとブロックチェーンは暗号の連鎖であり、連鎖は最初のタネになるものがあってはじめて起こります。あとから判明したのですが、じつはナカモトさんは最初のタネに銀行救済に対するメッセージを入れ込んでいた。おもしろいですよね。

【田原】国でいうと、どこでスタートしたのですか。

【加納】それは定義できないです。中央集権的な発想なら、発明者がどこに住み、サーバーがどこに置いてあり、会社がどこに登記されているかという話になるかもしれませんが、ビットコインは非中央集権的。7000台のサーバーが世界中にバラバラにあって、全体で1つのシステムです。インターネットはどこの国にありますかという質問と同じで、答えようがありません。

【田原】17年の4月に改正資金決済法が施行されて、仮想通貨が法律に定義されましたね。これは、国が仮想通貨を保証したということ?

【加納】いや、保証ではないです。金融庁も、国が仮想通貨を保証しているといういい方はやめてくれといっています。あくまでも何が仮想通貨で、何がそうではないかという定義をして、その取引を行う事業者を登録制にして金融庁の監督下に置くことになっただけです。

【田原】金融庁が登録事業者を認可するということは、ある意味で国が保証したということではないのですか。

【加納】顧客資産の保護やセキュリティの担保など、事業者にはいくつかの規制がかけられました。保証ではないのですが、利用者から見ると、登録事業者は規制された条件はクリアしているから安心できるという面はあると思います。

【田原】規制といえば、中国は取引所そのものを閉鎖させてしまった。閉鎖したら、利用者は困る。中国はどうしてこんなことをしたのですか。

【加納】中国政府はキャピタルフライト、つまり中国の元がビットコインに交換されて海外に移動することを嫌がったといわれています。

【田原】そうか、ビットコインは国に管理されていない。国境がないから、使おうと思えば世界中で使える。そのことを中国は恐れたわけですね。それで、中国の取引所で換金できなくなったビットコインは、いまどうなっているのですか。日本の取引所に来た?

【加納】一定程度が日本に流入しているという肌感覚はあります。ただ、事実はわかりません。

【田原】ところで仮想通貨はビットコインのほかにもいろいろあります。現在で何種類くらいですか?

【加納】1600といわれています。ただ、その中で本当に価値が生まれているものは数十種類くらいじゃないでしょうか。ほかは1円にもならないようなコインです。いま価値がなくても技術的におもしろいものはあるので、そういったコインを探して値上がりを待つ人もいます。

■「仮想通貨は金(ゴールド)に似ている」

【田原】値上がりといいますが、仮想通貨はどうして値動きするのかよくわからない。株は企業の業績にある程度連動するし、法定通貨も国の経済状況と関係がある。仮想通貨は?

【加納】仮想通貨にはファンダメンタルズがなく、価値は需要と供給で決まります。だから悪いニュースが出てきてみんなが不安になると暴落する。たとえば先ほど出た国による規制とか、取引所がハッキングされたというニュースが出ると、一気に下げることが多いですね。もっとも、ハッキングは事業者のセキュリティが破られただけ。ブロックチェーンのセキュリティが破られたわけではないので、暴落するのは不思議ですが……。

▼目標は国内利用者、1000万人

【田原】需要と供給だけで決まるということが、僕みたいな古い人間にはピンとこない。

【加納】仮想通貨は金(ゴールド)に似ているといわれます。金は国が保証しているわけではないし、何かの業績に連動しているわけでもない。人々の信用によって価値が動きます。それと同じだと思えば、イメージしやすいかと。

【田原】なるほど。ただ、専門家も意見は分かれています。13年に当時FRB議長だったベン・バーナンキは「可能性がある」といいましたが、最近ではJPモルガンのジェームズ・ダイモンCEOが「詐欺だ」と発言した。加納さん自身はどう思いますか。

【加納】新しいものが出てきたときに混乱が起きるのは仕方がないです。1970年代、各国の法定通貨に金の兌換(だかん)性がなくなったときも、「不兌換紙幣に価値があるのか」という議論が起きました。いまの仮想通貨への反応と同じです。でも、みんなが不兌換紙幣を使っているという事実を持って、いまは信用を獲得しています。ビットコインも、徐々にそのように変わっていけばいいなと。

【田原】いま実際に日本でビットコインを持っている人はどれくらい?

【加納】100万〜200万ユーザーで、まだ少ないです。目標は1000万。人口の10%の人が使うようになると、決済手段としてそれなりに認知されたといえます。5年くらいかけてそこまでいけたら御の字です。

【田原】ビットフライヤーの従業員や売り上げはどれくらいですか?

【加納】従業員は約100人。売り上げは非公開です。取引高は公表していて、月間7兆円に達しました。その一部から手数料をいただいていて、それがわが社の売り上げになります。

【田原】売り上げを増やすにはどうすればいいですか。

【加納】方向性は2つあります。まずは国際展開。アメリカでライセンスを取れたので、向こうでもサービスを展開します。さらにヨーロッパでもやりたい。日本を含めて3つの地域がつながると、国際送金のビジネスができる。すでにアメリカはサンフランシスコ、ヨーロッパはルクセンブルクにオフィスを開設しています。

■アマゾンが仮想通貨をやるという噂、本当なら歓迎

【田原】取引高が多い国はどこですか。

【加納】日本とアメリカです。中国は停滞気味で、ほかは韓国やベネズエラですかね。

【田原】ドルやユーロなど通貨の強い国で買われるんですね。通貨の弱い国のほうがニーズはありそうなのに。

【加納】中長期的に仮想通貨は既存の法定通貨を代替するというより、中央銀行システムが整っていない国で使われていくイメージです。だから将来は、お給料をビットコインでもらって、ビットコインで買い物をするような世界がアフリカの小国で実現するかもしれません。ただ、そうした地域はビットコインを買ったり使ったりするインフラがまだ整っていません。

【田原】日本はインフラがあるといっても、実際に買い物で使えるところはまだ少ない。アマゾンや楽天で使えたら一気に広がると思うんだけど。

【加納】流通大手は独自にポイントを持っているので、仮想通貨とコンフリクトします。なかにはビックカメラのように、われわれが営業をかけて導入いただいた企業もあるのですが。

【田原】アマゾンにも営業してみたらどうですか。

【加納】交渉はしています。ただ、アマゾンは自身で仮想通貨をやるんじゃないかという噂もあって。とはいえ、金融業をやるとガチガチの規制を受けるので、カルチャー的にどうかわかりませんが。

【田原】なるほど。

【加納】じつは独自に仮想通貨をやる企業が現れるのは、私たちにとってチャンスです。仮想通貨にはブロックチェーン技術が必要ですが、われわれはその技術を提供できる。それが売り上げを伸ばすもう1つの方向性です。

【田原】メガバンクが仮想通貨を発行しようとしています。ベースの技術をビットフライヤーが提供すると。

■仮想通貨は社会や客のためになっていますか?

【加納】すでに3メガバンクの実証実験にわが社のブロックチェーン技術「miyabi」を提供しています。ブロックチェーンはデータベースの技術なので、仮想通貨以外にも活用できる。データの改ざんや消失はないので、年金のシステムに使えば「消えた年金問題」は起こりません。いま縦割りでバラバラで管理されている国のシステムを一元化するのにも最適です。

【田原】最後に懸念を1つ。ビットコインの採掘には大量の電力を必要とするそうですね。電力の大量消費は時代に逆行していませんか。

【加納】いま世界中の電力の0.15%がブロックチェーンに消費されているといわれています。1つの分野でこれだけ消費されるのは、たしかに大きい。ただ、「miyabi」は電力消費しません。電力消費しないと普通はセキュリティが低下しますが、「miyabi」はセキュリティも担保している。そこが強みなので、ぜひ普及させて世界を便利にしていきたいです。

■加納さんから田原さんへの質問

Q. 経営者は何を基準に物事を判断すべきですか?

僕はこの年齢なので、松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎といった日本を代表する経営者と会って話をしてきました。掲げる理念や経営哲学はそれぞれ異なりますが、共通しているのは損得を判断基準にしていないということ。儲かるからやる、損するからしないという発想で事業をとらえていないのです。

では、何を基準にしているのか。細かなニュアンスは違いますが、成功した経営者が必ず口にするのは「社会のためになるかどうか」「客のためになるかどうか」。これは日本にかぎりません。アマゾンCEOのジェフ・ベゾスも「客のあらゆるニーズに応える」と言っています。そうした軸を持った経営者が時代をつくっていくのです。

田原総一朗の遺言:「損得」より「社会のため」

(ジャーナリスト 田原 総一朗、ビットフライヤー 代表取締役 加納 裕三 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)