「座るだけで身体にフィットするオフィスチェア──その秘密は「カーボンファイバーそっくり」の新素材にあり」の写真・リンク付きの記事はこちら

いま使っているデスクチェアの下に手をつっこんでみよう。いくつかのレヴァーが見つかるはずだ。高さ調節、クッションの位置調節、あるいはリクライニングの角度調節──。これらをいじって最適な組み合わせを探そうと思えば、それこそ数時間かかりかねない。

こうした調節のオプションがあるのはいいことだ。しかし、一度「 SILQ (シルク)」のデザインを見てしまうと、レヴァーやハンドルはすべて不要に思えてくる。

SILQはオフィス家具メーカーのスチールケースが開発した新しいオフィスチェアだ。このイスの注目すべき点は、レヴァーがひとつしかないところにある。変えられるのはイスの高さだけ。ほかは、あなたが椅子に座った瞬間に自動的に調整される。

後ろに寄りかかれば、背中を支えるのにちょうどいい角度に背もたれが曲がる。座面の高さを低くすれば、SILQは重心の変化に応じてその形を変える。

その適応力に反して、SILQのシルエットは驚くほどシンプルである。構成要素は曲線いくつかと、座面下のスライドするトラス構造、そして調節用のレヴァーひとつだけだ。

「200以上のパーツが使われるオフィスチェアもあります。しかしSILQに使われているパーツの数は約30ほどなのです」と、スチールケースのグローバルデザインチーム担当副社長であるジェームズ・ルートヴィヒは言う。ルートヴィッヒはSILQのデザインを担当した人物。まるでわが子を誇りに思う父親のようにSILQについて熱弁する。

革新は素材の開発から始まった

剛性、適応性、シンプルさの三拍子がそろったSILQが実現したのは、スチールケースのエンジニアたちがこのイスのために開発した新しいポリマーのおかげだとルートヴィヒは言う。このポリマーは有名なカーボンファイバーの構造特性を真似ているが、カーボンファイバーに比べるとかなり簡単に生産でき、生産コストも4分の1程度だという。

SILQの最初の原寸模型には、カーボンファイバーが使われたのだとルートヴィヒが教えてくれた。その模型は大変よく機能したという。パーツは柔軟に最適な位置へと移動して、座る人それぞれの身長や体形にフィットし、座っているときも後ろに寄りかかっているときも人を快適にサポートした。

しかしスチールケースの経理担当は、市場に出すにはあまりに高すぎると判断した。そこでルートヴィヒはチームに、カーボンファイバーのような特性をもち、かつ価格面でプラスチックや金属素材と対等に渡り合えるような新素材の開発という目標を課した。

そのチーム(オフィス家具だけでなく、原子力潜水艦の設計の経験もある熟練エンジニア集団だ)は、その挑戦を受けて立った。そしてその後、数カ月かけて新素材が開発されたのだ。

PHOTOGRAPH COURTESY OF STEELCASE

ルートヴィヒはこの素材を謎めかして「高性能ポリマー」と呼ぶ(当然、特許申請中だ)。この素材を使えば、カーボンファイバーでつくった原寸模型を複製することができるそうだ。

チームがこの新しいポリマーを使って製作したイスを試してみたところ、カーボンファイバーのときと同じような柔軟性とサポートが生まれ、さらにカーボンファイバーの脆弱性も克服できたという。もちろん、コストもぐんと低くなった。

カーボンファイバーが高価な理由のひとつは、生産に手間暇がかかることだ。技術者たちはファイバーのシートを重ね、樹脂とともに型に入れる。それを低熱高圧環境下で硬化させるのだ。これには数時間かかる。

ルートヴィヒいわくスチールケースの新しいポリマーは、彼らのチームが開発した「射出成形とちょっと違う」プロセスによって生み出されるという。彼は詳細を明かさなかったが(彼らはデザインの秘密をしっかり守っているのだ)、そのプロセスは射出成型と同じくらい素早く生産可能だと明言した。それゆえ“高性能ポリマー”製のSILQは、少ない労働力と短い時間で簡単に量産することができる。

SILQは18年春にまず米国で970ドル(約10万6,000円)で販売される予定だ。その後ヨーロッパやアジアでの販売も予定している。スチールケースの革新的な新素材ではなくカーボン製のイスがほしい人は、生産に4倍の時間とコストがかかることを覚悟してほしい。

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