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今回は、静謐な空気をまとった2枚のピューター皿についてお話ししたいと思う。
ピューターとは、ヨーロッパにて、古くは2000年程前より食器や花瓶などに利用されてきた錫と鉛の合金の事を指す。今では古物愛好家が好んで集める以外、なかなか普段の生活で目に見ることの少ないうつわなのではないだろうか。




ピューター皿
17世紀 フランス製

私の手元には2枚のピューター皿があり、共に時代は17世紀のフランスで作られたものである。一枚の方には、どこかの家の紋章のエンボスが確認できるが、これは17世紀のフランス リオン地方で作られたものに一番多くみられるエンボスである。もう一枚の方には、1646と年号が彫られているので同じ時代のものであることが確認できる。こちらは、もともと壁に掛けられていたようで、購入当時、壁掛け用の錆びたフックが付属していた事を覚えている。

骨董を見慣れない人にとっては、どうしてこんな傷だらけの皿一枚に高価な値がつけられ、大枚を払う人がいるのかと不思議に思うことだろう。その理由はひとえに、ヴィンテージ加工した新物のうつわでは味わうことができない、経年変化によってのみできる微妙な歪みや痕を愛でることにあると言えよう。うつわの歪みや痕は、人間で言えば表情を生む皺のようなもので、うつわに秘められた物語が呼び起こす追憶の体験は、世界にたった一つだけという価値に重みをもたらすのである。それほどにこの皿を眺めていると、過去の記憶が立ち代わり入れ代わり目の前に浮かぶような気持ちになる。時には、呼び覚まされる記憶は、皿とは関係のない所有者の個人的なものであるケースもあることだろうが。

この2枚は何世代かに渡り、その家の人々が食事をし、また自分の役目が終わってもずっとその一家を見守り続けた皿なのである。時を経て、多くのアンティークディーラーの手に渡りながら、変化する時代の嗜好性に耐えて、その希少性から多くの人を魅了し、手にした人達の想い出と共に今日に至るまで、長い月日を越えて形を残してきた。現在は、地理的にも遠く離れた日本で、私の手元に置かれている。まるで歴史を巡りながら、うつわが私を選んでやってきたような感覚さえ覚える。

うつわが辿ってきた歴史の一端に加えてもらい、私の手元にある束の間は、その古めかしい作りや色合いを、私の仲間とともに楽しみたい。何百年も前にこのうつわを手にした人と、今の自分と、そしてこの先このうつわを手にする人と。時代を越えて、きっとこのうつわは好まれ続けるであろう。それも格調高い優れたデザインの皿であればこその話なのである。



≪ NAVIGATOR プロフィール:坂本大 ≫
1987年生、佐賀県唐津市出身。大学在学中にロンドンへ留学。大学卒業後、現代アートのギャラリー勤務を経て、現在、唐津焼の専門店「一番館」の東京支店にて、好きな焼き物に囲まれながら、GALERIE AZURマネージャーとして勤務している。

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