©️PICSPORT
笑うと目がなくなり、口元には八重歯が覗く。リオデジャネイロ五輪男子200mバタフライ銀メダリストの坂井聖人は、どこかふんわりした雰囲気をまといながら、人懐っこい笑顔を向け楽しそうに話す。その様子は奢るところもなく、彼の口をつく言葉も謙虚なものばかりだ。現在22歳の大学生でもある坂井にとって、オリンピックに出ることは、数年前までは「夢」ですらなかった。そんな彼が掴んだ栄光のメダルは、柔らかい中にも芯のある、彼の強さがもたらしたものだった。

撮影 岸本勉 中村博之(PICSPORT)/田坂友暁(SpoDit)/取材・文 佐野美樹



大学進学時までオリンピックを意識することはなかった



ーー3歳から水泳を始め、小学校時代から既に全国大会に出場しているわけですが、自分は人より泳ぐのが速いと自覚し出したのは、いくつくらいの頃でしたか?

多分中学校の3年生ぐらいですね。それまでは全く思ってなかったです。なんかその…自分が速いって思えなかったんですよね。恥ずかしいっていうか。周りに、自分が速いとか、あいつ調子に乗ってるみたいに思われたくなかったのもあって。僕は普通の、ただ趣味でやっている水泳選手みたいな感じでやっていたので。上を目指そうとか、そういうこともあまり子供の頃は考えていなかったですね。

ーーではバタフライを種目として選んだきっかけは何だったのですか?

小学生の時は、個人メドレーでずっとやっていて、全国大会に出場したら一度3位になったことがあったんです。その時に、コーチに『バッタ(バタフライ)が速いんじゃないか?』って言っていただいて。それからバッタメインの練習になったり、バッタ中心の試合になったりしていきました。でも大きなきっかけとしては、やはりオリンピックで松田丈志さんや山本貴司さんのレースを見て『バタフライってこんなにかっこいいんだ』って思ったことです。僕もバタフライやりたいな、って思いました。



ーーその時はまだ、自分が将来オリンピックを目指すなんてことは考えてもいなかった?

全く考えてなかったです。中学、高校と大会で結果を残すことはできていましたが、オリンピックはあまり現実的ではないというか。高校3年生くらいの時に、もしかしたらこのまま頑張ればオリンピックに出られるのかなぁ?と思ったのが初めて意識したときかもしれません。その段階でやっと夢になった感じですね。

ーー高校選手権や国体で優勝したときですね。

そうですね。でも「目標」というよりもオリンピックは本当に「夢」だったんです。絶対に出る、とかじゃなくて夢。だから、そんなにオリンピックを意識せずに大学進学しました。



夢が目標になり、現実へ。リオ五輪までにまず思ったこと「あの人と泳ぎたい」



ーーでは、その「夢」から「目標に」変わったのは、いつでしたか?

大学1年生の冬くらいだったかな?一回レースで爆発したんですよね、僕。200メートルバタフライで1分55秒01を出して、オリンピック派遣標準記録をそこで切ったんです。その時に「あ、これもしかしたらこのまま伸びていったらオリンピックに出られるんじゃないかな」って思って。そこから、意識が変わって、じゃあオリンピックを目指してみようと、夢から目標に変わりました。

ーーリオ五輪が2016年。その当時は2014年。オリンピックが夢から目標に変わってから、2年後には実際にオリンピックに出場しているわけですが、まず代表選考で決まった時はどんな気持ちでしたか?

それはもう、すごく嬉しかったです!素直に喜びましたし、その時隣で泳いだ瀬戸(大也)選手と一緒に出場を決めたので、瀬戸選手の方に行って、握手して。「うわー、めっちゃ嬉しいなぁ」と思いながらずっとニヤニヤしてました(笑)。

オリンピックの代表(に)決まったってなった瞬間は、正直ちょっとよくわからなかったです。「うわ、夢だったのに決まっちゃった!」と感じでしたね。ホッとするというよりは、ビックリしかなかったです。

ーー実際にオリンピックに出場するという夢が叶うことになって、そのオリンピックまでの数ヶ月っていうのは、どういう気持ちで過ごしていましたか?

僕の憧れはマイケル・フェルプス選手(アメリカ)だったんですね。オリンピックとかでずっと見ていた選手でしたし、ずーっと金メダルを獲っている人だったので「一緒に泳げる!」て考えたら段々、「それは勝つしかねぇ!」って思うようになったんです(笑)。もう、チャンスだと思って。

多分もう少しでフェルプス選手は引退すると思っていたので、このチャンスはモノにしようと思って。ここで勝ったらめっちゃカッコいいだろうなぁとか考えながら、めちゃめちゃ練習頑張りました。初めてかもしれないです、あんなに練習を頑張ったのは。

今までももちろん、すごく追い込んでいましたし、めちゃめちゃ頑張ってましたけど……その時だけはオリンピックっていうのが、ずーっと頭に残って、「この舞台で金メダル獲ったらかっこいいなぁ」と思いながら、常にそういう気持ちを頭に入れて練習していました。

ーーオリンピックに出られることになったら、今度は目指すのは一気に「金」になるんですね。

はい。僕はすぐ目標を金メダルにしました。最初はまず出ることだと思っていたんです。僕は、いつでも目先の目標しか設定しないので。だから一個一個の目標を各大会ごとに立てて、確実に狙うっていうのが僕のやり方なんです。

オリンピック選考が終わった瞬間、「あ、じゃあ次はもう金メダルだ」って思って、目標を変えました。もうオリンピック出場っていうその嬉しい気持ちとか一回忘れて、とりあえず金メダルを目指して頑張ってみようと思って。頑張りました。

ーーその憧れのフェルプス選手と一緒に泳ぐことも、嬉しさよりも「打倒フェルプス」になるんですね?

そうですね。でも…五輪本番の予選の時とかはワクワクしてましたね。一緒の組で泳げることが決勝までなかったので、ちょっと残念だなぁとは思ったんですけど。じゃあ決勝残って一緒の舞台で戦ってやろう!と思って、すごい燃えてました(笑)。

リオ五輪本番「緊張しなかった理由」



ーー五輪の舞台は、やはり緊張はしましたか?

それがいざオリンピックに行ってみると、オリンピックって感じがあんまりなかったんですよね(笑)。いつもの世界大会とか、ジュニアの大会とかと意外と一緒の雰囲気だなぁと思って。確かに周りに五輪マークがいっぱい書いてあって、ちょっとワクワクする気持ちもあったんですけど、いつもと変わらない試合だなと僕の中では思っていました。だから緊張感もそこまでなかったですし、緊張して結果出ないっていうのも、あんまり僕はわからなかったです。



ーーすごいですね。もしかして緊張はあまりしないタイプ?

もちろん緊張することはあります。日本選手権とか、代表決まる試合ではすごく緊張しましたし。でも大一番になると、なんか変な自信が満ち溢れてくるんですよね、僕(笑)。どうしてなのかわからないですけど。アドレナリンが出てくると、もう変に自信が出てきて、今まで練習めちゃめちゃ頑張ってきたし、結果出るでしょう、みたいな感じの気持ちになっちゃうんですよね。

ーーそう思えるくらい「めちゃめちゃ練習した」ってことですね。

はい。その自信はやっぱりあると思います。たくさん練習したから、自分の自信にも繋がってますね。

ーーレースでは、結果、金メダルは獲れませんでしたが、初出場で大快挙をなしました。最後決勝で自分の順位がわかった時の気持ちは、悔しさでしたか?

僕は嬉しさでしたね。やっぱり金メダルを狙っていましたけど、フェルプス選手と一緒の表彰台に立てるっていうのが、本当に嬉しかったです。レースでは、隣にチャド・ルクロス選手(南アフリカ)がいて、この人はオリンピックでフェルプス選手に勝っているんですね。国際大会でもすごく経験豊富な選手なので、その人の前に出たら絶対、フェルプス選手に勝てると思ったんです。

なので僕はとりあえずラスト50mでそこを一回刺して、一回並ぼうと思いました。そうしたら思うような展開になったので、「あ、これはメダルは絶対行ったな」と思って。そこからは、1対1の勝負でした。でもその時も「うわ、フェルプス選手と競ってるわ!」とか思いながら、ワクワクで泳いでいる自分もいましたね(笑)。あとはメダルのことばっかり考えて、ラスト50mは必死で泳ぎました。

ーーそういう思いから何かプラスアルファの力が出たりすることはありますか?

多分それが僕のモチベーションになるかもしれないです。なんか僕モチベーションがないと、粘れないです。練習とかも。例えば身近なことでいうと、これ終わったら美味しいもの食べられるとか(笑)。そのちっちゃい喜びとか、嬉しさがあると、その日の練習とか頑張れますし。試合もラスト粘れたりできるんで。オリンピックの時はそれが「メダル」でしたね。