日本でも近年導入する大学が増えている「AO入試」。単純な学力ではなく、小論文や面接などの多角的な要素から生徒を選抜するこの制度は、アメリカでは最も一般的な入試方法になっています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で在米作家の冷泉さんは、米国の大学が優秀な人材を集めることができている秘密は「優秀な人材を効果的に選抜する入試制度にある」と断言。さらにAO入試の本場・米国の試験内容を詳しく解説し「日本とは違う意味で過酷な受験」である理由を紹介しています。

『AO入試の本家』アメリカの過酷な受験戦争   

2020年の大学入試改革については、結局のところセンター試験のマイナ ーチェンジという感じになってきました。

英語だけは「民間試験」が同時に採用される見込みですが、英語圏で実績のあるTOEFLではなく日本独自の甘い試験では、「受験対策」イコール「使える英語力」とはならないわけで、こんなことでは日本の将来が心配です。   

ですが、その一方で東大など多くの大学では選抜方法に関する試行錯誤は既に始まっています。当面の方向性としては「知識偏重のペーパー1発入試」か ら「全人格の評価へ」、そして「静的な知識の記憶」から「動的な思考力の評価」へという流れは出てきているようです。そして、その方向性は基本的には 正しいと思われます。  

こうした日本の入試改革の流れの裏にあるのは、アメリカの大学受験制度です。

200年以上の歴史を誇るアメリカの名門大学は、依然として、その高い世界的評価を維持しており、その背景には研究だけでなく教育の水準も重視し た経営方針があるわけですが、同時に全世界からの出願者を効果的に選抜している、その入試制度にも秘密があると言われています。

日本としては、これに 100%追随する必要はないにしても、このアメリカの入試制度を熟知してお くことは、今後の教育改革・入試改革の方向性を考える上で、その意味は大き いと思います。  

更に、最近では日本の高校から、直接アメリカの「学部レベル(アンダーグ ラッド)」へ、しかも名門大学への留学にチャレンジする若者も増えてきまし た。今回は、そんなアメリカの入試制度の概要を紹介しつつ、その意味合いに ついて考えてみたいと思います。

 多角的な要素からの評価

アメリカの各大学は、試験会場を用意して受験生を集めることはありませ ん。出願は全てネットで行われ、通常は以下の5つの要素について情報や資料を送ることになります。

(1)高校の内申書(トランスクリプション)。具体的には学年別、科目別の 成績表。

(2)SAT・ACTなど全国統一テストの成績。

(3)履歴書。スポーツや芸術の活動、課外活動、ボランティア経験など。

(4)推薦状。学校の先生や、スポーツ指導者などに依頼して書いてもらう。

(5)エッセイ。大学別に指定されたテーマに関してエッセイを書いて提出する。

その他に芸術専攻の場合は、自分の主要作品のポートフォリオを提出します。音楽や演劇専攻の場合はオーディションがある場合が多いです。また、ア イビーリーグ加盟校など、少数精鋭の名門校の場合は、基準点以上の学生には 研修を受けた同窓会員などによる面接試験が随時実施されることになっています。  

内申書は大変に重要

では、入試の判定において最も重要な要素は何なのでしょうか? それは 「内申書」だということになっています。この点は日本とは大きく事情が異なります。日本の場合は、推薦入試はともかく、一般入試の場合は合否に占める 内申書の割合は少ないわけです。せいぜいが「足切り」に使うか、卒業見込み であることの確認の意味ぐらいしかないのです。  

だが、アメリカの場合は違います。主要な科目の成績を点数化したもの、つ まりAなら4点、Bなら3点、という点数をつけて、その「全平均」を出した GPAという数値が極めて重要視されるのです。  

もう一つの学力データである統一テストのスコアとの関係でも、明らかにGPAの方が重要とされています。統一テストが満点近い一方でGPAのダメな 学生と、GPAは良いのですが統一テストがダメという学生を比較した場合、 前者はほぼ絶望的(超高校級の天才性が証明できるならともかく)である一方 で、後者の場合は可能性は十分にあると言われているぐらいです。  

いずれにしても、日本のように受験に専念しているから高3の成績は重要ではないとか、そもそも学校では寝ていて予備校で難問に取り組んでいるといった光景はアメリカでは全くあり得ません。  

統一テストのシステムはどうなっているのか?

統一テストと言えば「SAT」です。ちなみにこれを日本では「サット」と 言うようですが、アメリカではあくまで「エス・エー・ティー」です。受験生 が気にしなくてはならないのはそれだけではありません。全体的に言えば5種類の統一テストがあります。

個々の受験生は、必ずしもその全てで良い点数を 取る必要はないのですが、制度の全体は知っていないといけないでしょう。

そ の5種類とは、

(1)SAT

(2)SATサブジェクト・テスト(別名SAT2)

(3)ACT

(4)AP試験

(5)IB試験  

の5つです。  

まず一つ目の「SAT」は、国語(つまり英語)と数学だけで構成された全国統一の学力テストで、それぞれが800点満点で全体の点数としては1600点満点となっています。

次の「SAT2(サブジェクト・テスト)」は、各教科の学力をより詳しく見るためのもので、「数学、理科の各教科、社会の各 教科、外国語」などを中心に細かく分かれています。

「ACT(エーシーティ ー、またはアクトとも言う)」は、英数の普通の「SAT」の代替とでも言うべきもので、ほとんどの大学は「SAT」ではなく「ACT」でも構わないこ とになっています。満点は36点で、以下1点刻みで成績が出ます。36点は SATの1600点満点と同等の価値があるとされています。

「AP(エーピ ー)」は大学の教養科目の先取りテスト、「IB(インターナショナル・バカ ロレア)」は国際的な「高校卒業資格の科目別テスト」です。受験生は、受験する大学の要求に合わせて、そして自分の学力をアピールするために、こうし たテストを受けなくてはなりません。  

エッセイは家で書いて良い 

もう一つ、受験生にとって頭が痛いのは「エッセイ」です。アメリカの入試は全てAOであり、受験生は自宅で全ての情報を入力すれば出願が完了します。ということは、エッセイも家で書いていいのです。

つまり、日本の「AO入試」のように「小論文試験」を受けるためには試験会場で監視されながら制限時間内に書くということには「なっていない」のです。  

ついでに言えば、先生などのアドバイスを受けても良いことになっていま す。だったら「代筆でもバレない」だろうと不正行為が横行しているのかというと、必ずしもそうではありません。

大学側も「ネット上の文章との類似性を 検証するロボット」などを駆使して不正摘発を行っているようですし、履歴書や推薦状など他の要素との間で「多角的なチェック」をかけて「ファクト(事実)関係の矛盾」を見つけるノウハウがあるという話も聞きます。  

そんな中で、エッセイでは「自分の人となり」を表現してゆかねばならないわけです。昨今では、名門大学ではエッセイの審査に時間をかけており、特に平凡なエッセイではアピールしなくなってきているという声もあり、この部分、受験生にとっては大変に頭が痛い分野となっています。  

スポーツやボランティアはどうか?

日本では、いわゆる受験校では、部活は「高校2年の秋」に引退するという ことになっていますが、アメリカの場合はどうかというと、全く逆なのです。

受験だから引退などというのは「問題外」であり、受験だからこそ「出願の時点で必死で部活をやっているアピールが必要」とされます。  

課外活動に加えて、学外での社会的活動も評価の対象となります。例えば、 医科大学院志望であれば、病院でのボランティアというのは重視されますし、 理系の研究者志望であれば大学や研究所でのインターン経験というのは評価さ れます。行政や政治を専攻するのであれば、市役所のインターンや、救急救命 隊(EMS)でのボランティアを経験していることが重要です。   

そんなわけで、アメリカの大学入試は、「AO」と言っても全く楽ではありません。多角的な選考がされる「全人格選抜」とでも言うべきハードなものとなっています。就職の状況が厳しい現代では、とにかく「少しでもいい大学 へ」という思いから受験戦争は過熱の一途を辿っています。   

そのために高校生には過密なスケジュールをこなしつつ、学校の成績を上 げ、SATでは良い点を取るというプレッシャーに耐えるようなタフネスと、 計画的な「タスク処理能力」が求められるようになっています。

日本とは全く う受験戦争ですが、これはこれで過酷なものとなっているのです。

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