角居調教師が馬のストレス解消法について語る

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 2017年の競馬シーズンも残りわずか。激戦を戦い続けているオープン馬はさぞ疲労がたまっているはず。彼らにとって癒やしの時というのはあるのだろうか。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、競走馬にとってのストレスについてお届けする。

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 今回は馬の疲労回復法についてです。人間は睡眠が唯一最大のリフレッシュ法ですが、馬はぐっすりと眠るわけにはいかない、という話を前回しました。睡眠の前段階として、いかにリラックスできるか。メンタルな安らぎが馬には必要です。

 一番はなんといっても放牧。競走馬は強いストレスから胃潰瘍になりやすく、重症になると飼い葉も食べられなくなる。そんな馬を北海道の放牧地に行かせると、ウソのように元気になります。

 緑の放牧地で青草を食べて、草原で走るというのが、馬にとっての最高のストレス解消なんですね。うちの厩舎でいえば、デニムアンドルビーがそうでした。真面目で頑張りすぎる優等生タイプが、ストレスを多く抱えるようです。

 もちろん、のんびり過ごすだけではなく、軽い乗り運動ぐらいは行ないますが、空気感が違うので馬にとっては居心地がいい。広大な風景に接すると、人間だって気持ちがよくなるでしょう。

 ローテーションの関係で放牧がままならない場合は、近隣の外厩に出します。トレセンのピリピリした雰囲気から解放されるだけでも、だいぶ違うと思います。

 日常生活でも、ストレスを与えないように、住み慣れた場所、馬房を快適にしてやる。馬が嫌がることを、極力排除する配慮です。人間の動きを整えます。夕方、一斉に仕事を終わらせ、馬房から人間たちが出て行く。馬は突発的な音を気にするので、なるべく人の気配を消すのです。

 逆に、連続性のある穏やかな音を馬は好むので、音楽を小さく流すのもいい。クラシックがいいと聞きますが、ウチでは歌謡曲を流すこともあります。流れるような音に馬は安心し、ゆっくりと気持ちと体を休ませることができます。ちなみに3歳馬ショパンの馬房には、やはりショパンのピアノ曲でしょうか(笑い)。

 リラックスできれば睡眠の質も上がり、飼い葉食いもよくなる。そうやって馬は疲労を取り去ります。疲れた馬に寄り添うのは厩務員。馬にも人間の好き嫌いがあり、相性のいい厩務員が担当になります。

 残念ながら、調教師の出番は少ないようです。馬が、「ジョッキーがあんなにムチをふるったから疲れたんだよ」と思ったとすると、調教師はジョッキーに指示を出す親分です。その親分が寄ってくれば、気持ちと体に余計な力が入ってしまうかもしれません。どんな時でも自分の味方になるのは、優しく脚をさすってくれてご飯をくれる厩務員。馬はそう感じていると思います。

 ちなみに、人間は好物を食べて元気を出そうとする時がありますね。馬にはその発想がありません。日頃から最高の栄養食を摂っていますから。そのご飯を食べさせてくれる人間とのふれあいが大事なのです。

 人間は自分に大きな期待がかけられるのがストレスになることがありますが、馬にはそういったことはあまりないようです。ただ、馬は人間の思いを汲む動物。だから調教師としてはスタッフに重圧をかけすぎないようにしていますし、ストレスをためないようにということも心がけているつもりです。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。今年は13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。本シリーズをまとめた『競馬感性の法則』(小学館新書)が発売中。

※週刊ポスト2017年12月22日号