ライドシェアサービスの世界最大手、ウーバーにとっても、日本市場の壁は高かった。当面はハイヤー・タクシーの配車サービスに専念する方針を明らかにした。写真は配車アプリの画面(撮影:今井康一)

自家用車で乗客を運ぶライドシェア(相乗り)の世界最大手、ウーバー・テクノロジーズが日本市場での方向転換を決めた。11月下旬、ウーバーのアジア事業を統括するブルックス・エントウィッスル氏が来日し、「アジアの諸外国同様、日本でもタクシーをパートナーにしたサービスを展開する」と宣言した。当面は現行のハイヤーとともに、タクシーの配車サービスに専念する。

この3年間、ライドシェアサービスの日本での普及を目指し、本社のチームが法律の専門家とともに、規制当局と日々交渉を行ってきたという。しかし、日本では規制緩和は進まず、タクシー業界からの厳しい反対を受け、交渉には手詰まり感が出ていた。このため、タクシー会社を味方に付ける方針へと改めたのだ。

「ライドシェアはあきらめない」


ウーバーのアジア事業統括、ブルックス・エントウィッスル氏は日本市場攻略の難しさを認めつつ、「ライドシェア実現はあきらめていない」と強調した(記者撮影)

エントウィッスル氏は「ライドシェアはあきらめてはいないが、日本の規制当局はライドシェア解禁に対して慎重。一夜にしてできるものではなく、他国での成功例を用いながら、じっくり時間をかける必要がある」とあらためて日本市場攻略の難しさを語った。

ウーバーのサービス開発のきっかけは9年前にさかのぼる。ウーバー創業者のトラビス・カラニック氏らは、パリでタクシーがつかまらず苛立っていた。「こういうとき、すぐ車がつかまればいいのに・・・・・・」。帰国後、空いている自家用車とドライバーの時間を使い、移動したい人向けにすぐに配車を可能にする「ライドシェア」サービスを立ち上げたのだ。

そのサービスが今や、世界77カ国で利用が1日のべ1000万回に上る規模にまで拡大した。企業価値は約7.7兆円、GMの時価総額をすでに超えている。ソフトバンクも、ライドシェアサービスへの成長期待から、1兆円を超える大型出資を計画する。有望なユニコーン企業だ。

一方、ここ最近は本業とは別の面で話題となることが多い。今年1月、米国のドナルド・トランプ大統領が打ち出した移民制限への反対デモを、ウーバー社が妨害していると受け取られ、SNSでは「#DeleteUber(ウーバーを削除しよう)」というハッシュタグが検索上位に入った。

その後もセクハラ問題やグーグル傘下で自動運転技術を開発するウェイモとの裁判ざたが続く。6月には責任をとって創業者カラニック氏がCEOを辞任する事態にまで発展した。直近では、「安全上の理由」により、英国ロンドンでの営業免許が9月末で失効したり、顧客の個人情報の漏洩が発覚したりするなど、いまだに問題を抱える。

海外展開を進める中で、各国でタクシー業界による反対デモも起きている。中国の滴滴出行(ディディチューシン)やインドのOla Cabs(オーラキャブス)のような「現地版ライドシェア」の登場など、今後成長する上で乗り越えるべき壁は高い。

日本市場はどうか。2012年に進出し、2014年に都内でハイヤーとタクシーの配車サービスを開始したが、現在「ウーバータクシー」は数が非常に少なく“幻”の存在だ。地方では高齢者向けに交通手段を提供する事業を行うが、交通空白地2カ所にとどまる。2016年には、都内や横浜のレストラン1000店舗と提携して始めたデリバリーサービス「ウーバーイーツ」は人気だ。しかし、肝心のライドシェア事業は遅々として普及が進まない。

雇用維持でタクシー業界が猛反発

2015年にウーバーが福岡県で行った実証実験では、国土交通省から実験中止の指導が出た。2016年には富山県で予定されていたウーバーサービスの開始が、地元タクシー会社の反発により急きょ中止となった。

特に33万人の雇用問題を懸念するタクシー業界からは厳しい反発を受ける。全国ハイヤー・タクシー連合会(全タク連)の富田昌孝名誉会長は「ライドシェアに対し、一丸となって闘う」と断固反対の方針を示し、与野党の議員連盟や、自治体などへ陳情を繰り返す。全タク連は事前運賃確定や定期制度、相乗りタクシーなど11項目にわたる新事業の目標を設定し、都内でも実証実験を進める。


東京ハイヤー・タクシー協会の川鍋一朗会長は、東京都市部の初乗り運賃を引き下げるなど、サービス向上に力を入れている(撮影:大澤 誠)

東京ハイヤー・タクシー協会は川鍋一朗会長の音頭で、東京都市部(23区と武蔵野市、三鷹市)の初乗り運賃を2km=730円から約1km=を410円に引き下げ、割安感を演出。「ちょい乗り」需要を開拓した。

川鍋会長が経営する国内大手の日本交通は、自社のシステム開発子会社Japan TAXIを軸にIT化を加速させている。他社と提携した配車アプリ「全国タクシー」は、400万ダウンロードを達成。川鍋会長は「(ウーバーなどの)ITサービスには見習うべきところがある」と話し、ライドシェア対策に余念がない。


そもそも日本では、ライドシェアサービスは求められているのだろうか。去年、総務省がまとめた調査では、日本人のライドシェア利用意向は2〜4割と諸外国に比べて低く、特に20〜30代の抵抗感が顕著だ。タクシーを割高な料金を払って使うサービスととらえる人の中には、「他人が乗ってくるのは気が重い」と考える人もいる。


ウーバーは今年1〜9月に自社アプリが立ち上げられた場所を日本地図上にドットで示した。その多くは、自国でウーバーを使っている訪日客によるものとみられる(写真:ウーバージャパン)

とはいえ、日本人の利用意向が低い最大の要因は、安価さや利便性が売りのライドシェアを試してみる機会が日本に存在しないことにあるのではないだろうか。

米国ではウーバーやリフトをはじめ、ライドシェアはタクシー以上に手軽な交通手段として普及し始めている。アジアではウーバーやマレーシア発の配車サービス「グラブ」が周辺アジア諸国に進出。現地のタクシー会社と提携したタクシー配車と、一般の乗用車を配車するライドシェアの両サービスを、国の規制や需要に合わせて提供している。こうした環境では、利用意向が高まるのも当然だ。

日本では政府の規制改革推進会議でライドシェア解禁の議論は始まっているが、今年5月に安倍晋三首相に提出された答申では、実現に向けた抜本策はなかった。ウーバーの日本法人と取引のあった関係者は、「消費者がタクシーとライドシェアを比較し、評価することは欠かせない。政府や自治体が動かなければどうにもならない」と規制当局に苦言を呈する。ライドシェア普及に関し、日本は諸外国から孤立する一方だ。

日本法人社長の退任が明らかに


ウーバーの日本法人社長を退任した高橋正巳氏。退任前にはライドシェアサービス参入に向けた手応えを語っていた(撮影:今井康一)

ウーバーが日本市場での方針を転換する中、日本法人の高橋正巳社長の退任が明らかになった。高橋氏はこの3年、規制当局や取引先との交渉に当たってきた。退任直前の10月に、本誌のインタビューに「ライドシェアの議論が活発になる中で、前提は変わってきている」と手応えを語っていたが、結果が実る前に会社を離れることになった。ウーバーのエントウィッスル氏も、高橋氏の後任選任が今回来日した理由のひとつであると認める。

ウーバーの日本法人は、当面はタクシー業界との連携を進めることになるが、次期社長には業界や規制当局との対話を進展させるスキルが求められる。まずは実証実験や特区などを利用して、利便性を知ってもらうことが第一歩だろう。現在、東京以外の都市や観光地でも、同社のタクシー配車システムを導入するプロジェクトが計画中で、開始まで秒読みだという。

しかし、ライドシェアを警戒するタクシー業界に入っていくことは容易なことではない。システム導入を足掛かりに、狙いどおりにライドシェア参入に繋げるまでには、まだかなりの時間がかかりそうだ。