2017年4月、米軍はシリアをトマホークで攻撃した(提供:Robert S. Price/Courtesy U.S. Navy/ロイター/アフロ)

北朝鮮の核ミサイル増強が戦後日本の国防のあり方を大きく変えようとしている。日本はこれまで平和主義に徹し、「専守防衛」を国是としてきた。しかし、今、その一線を越えて敵のミサイル基地を破壊できる「敵基地攻撃能力」の保有論議が高まってきている。北朝鮮のミサイル施設を直撃する日本版の巡航ミサイル「トマホーク」の開発や保有を主張する意見も目立ってきた。防衛省では実際に、それに関連した研究開発の動きも垣間見れる。

「日本版トマホーク」導入は可能なのか

政府が検討してきた「敵基地攻撃能力」とは、敵がミサイルを発射する直前に、その発射施設を攻撃できる能力をいう。わかりやすく、剣道で言えば、相手の動作の起こり頭(出ばな)をたたく技だ。相手が攻撃の動きに着手した瞬間、機先を制して面や小手を打ってカウンター攻撃を行うようなもの。このため、敵基地攻撃は、従来の専守防衛(defensive defense)に対し、先制的自衛(preemptive self‐defense)とか攻撃防御(offensive defense)と呼ばれる。

敵基地攻撃について、日本政府はこれまで法理論上は憲法に反しないと説明してきた。鳩山一郎内閣は1956年、日本に対して誘導弾などによる攻撃が行われた場合、「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」と答弁。「他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは法理的には自衛の範囲に含まれ、可能だ」との政府統一見解を示した。安倍内閣を含め、歴代内閣もこれを踏襲してきた。

ただ、ここで問題となるのが「他に手段がない」場合が実際にあるのかどうかだ。なぜなら、日本の安全保障をめぐっては、米軍が日米安保条約に基づき、日本の防衛義務を負っているからだ。よくたとえられるように、日米同盟は戦後、在日米軍が攻撃力を担う「矛」、自衛隊が守りに徹する「盾」の役割を担ってきた。日本が「敵基地攻撃能力」という「矛」を保有すれば、この戦後の役割分担を壊しかねない。

安倍晋三首相もこの点を重々承知している。今年8月6日の広島市内での会見では、敵基地攻撃能力の保有について、「専守防衛の考え方はいささかも変更されない。これからもそうだ」と明言した。11月22日の参院本会議での代表質問でも「敵基地攻撃能力は米国に依存しており、今後とも日米間の基本的な役割分担を変更することは考えていない」と改めて述べた。ただ、「安全保障環境が一層厳しくなる中、現実を踏まえてさまざまな検討をしていく責任がある」とも述べ、将来の保有に含みを持たせた。

安倍首相が敵基地攻撃能力の保有について否定的な見解を示しているのは、同盟国・米国との関係や国内世論に配慮したものとみられる。

その一方、防衛省や自民党の国防族は前向きだ。自民党安全保障調査会検討チーム(座長、小野寺五典・現防衛相)は3月、敵基地攻撃能力の保有検討を政府に求める提言を策定した。その小野寺氏は防衛相に再び就任した8月、「防衛相として、提言を踏まえ、弾道ミサイル対処能力の総合的な向上のための検討を進めたい」と前向きな姿勢を示した。

「戦力」は「自衛のための必要最小限度を越えるもの」

政府は、憲法9条第2項が禁じている「戦力」とは、「自衛のための必要最小限度を越えるもの」との統一見解を示してきた。そして、「自衛のための最小限度」や「専守防衛」に合致させるために、「攻撃的兵器は持たない」との原則を確立した。このため、戦闘機を領空領海外に越えさせる空中給油機などの導入が長年認められなかったり、戦闘機から爆撃照準装置が外されたりする事態に陥った。政策判断として、北朝鮮のミサイル施設を攻撃できる長射程の空対地ミサイルや、トマホークなどの艦対地ミサイルを日本は保有してこなかった。

小野寺防衛相も8月10日の国会で、「攻撃的兵器の保有は自衛のための最小限度を超える。大陸間弾道ミサイル、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母はいかなる場合も保有は許されない」と述べた。

とはいうものの、北朝鮮の脅威が増すなか、政府与党内では2000年代初めから「敵基地攻撃論」が徐々に高まってきた。敵のミサイル基地を攻撃する「攻勢防御」能力を確保し、より強い抑止力を持つべきだとの主張が出始めていた。

敵基地攻撃能力をめぐっては、日本版トマホークを槍(やり)のように何発か保有しただけでは何の役にも立たない。具体的には(1)敵基地の所在や敵の攻撃着手の確認(2)敵の防空能力の無力化(3)十分な打撃力(4)十分な防御力――などが必要とされる。

1つ目の敵基地の所在や敵の攻撃着手を確認するためには、インテリジェンスが欠かせない。日本独自の早期警戒衛星(SEW)や電子偵察機の導入、統合監視目標攻撃レーダー・システム(JSTARS)、さらには自前の対外情報機関の設立などが求められる。

2つ目の敵の防空能力の無力化については、相手国のレーダー網を破壊する電子戦機や敵防空網制圧(SEAD)任務機などが必要になる。

3つ目の打撃力については、戦闘爆撃機やトマホークなどの艦対地ミサイル、遠隔地から攻撃するスタンドオフの空対地長距離ミサイルをはじめ、制空戦闘機や空中給油機などが必要になる。

4つ目の防御能力については、敵の基地を自衛的に先制攻撃しても、敵から圧倒的な反撃が来た場合に、それに対応できる防御能力を持つことが必要になる。単に槍を持って相手のランチャーをいくつか破壊するだけではなく、反撃された際にきちんと対応できるトータルな防衛システムの構築が求められる。

防衛省は8月、過去最大の5兆2551億円に及んだ2018年度予算の概算要求で、「島嶼(とうしょ)防衛用」を前面にアピールしながら、将来の敵基地攻撃能力にもなりうる日本独自のミサイル開発のための研究費を盛り込んだ。新対艦誘導弾(要求額77億円)は、レーダーに映りにくいステルス化が施され、米国の巡航ミサイル「トマホーク」と同じように翼とエンジンを備える。また、「高速滑空弾」(同100億円)は対地攻撃用で、ロケットモーターで飛び、高速で滑空しながら目標を狙う。

この高速滑空弾について、元陸将で元東部方面総監の渡部悦和氏は9月14日放映のBSフジ「プライムニュース」で、「科学技術の進展とともに通常戦力でも核兵器と似たような破壊力がある兵器が逐次出てきている。だから、通常戦力を持つことによって抑止をする。その通常戦力というのは実は敵基地攻撃能力。弾道ミサイルをさらに強力にした、極高速な滑空飛翔体というのがある」と指摘した。

自衛隊と米軍の役割分担の見直しにも発展

これまでみてきたように、敵基地攻撃能力を日本が持てば、自衛隊と米軍の役割分担の見直しにつながる。新たな装備システムには莫大な費用がかかる。また、そもそも安倍首相が敵基地攻撃能力について「現時点で具体的な検討を行う予定はない」と明言するなか、防衛省内で事実上、先を見据えた関連の研究開発が進んでいるのは、シビリアンコントロール上、問題だ。

ハードルは高いが、筆者は、北朝鮮の脅威や中国の海洋進出が増大するなか、敵基地攻撃能力の保有に向けた防衛力整備は必要不可欠だと思っている。その能力の保有は、日本の国防政策の基本の「専守防衛」に「攻勢防御」を加えようとするもの。これまで打撃力を米国に委ね、自らの安全保障の基盤を米国に大きく依存してきた国防政策の大きな転換になりうる。

元陸上自衛隊北部方面総監の志方俊之・帝京大名誉教授は筆者の取材に対し、「安保法制には集団的自衛権の行使要件として『存立危機事態』が盛り込まれている。(在日米軍がある)日本を北朝鮮がミサイル攻撃する前に、日本が敵基地攻撃をするかどうかは、この『存立危機事態』にあたるかどうかがカギとなる。あとから国会などで問題にならないよう判断しなくてはいけない」と話した。

「存立危機事態」の要件にかなえば、現法下でも敵基地攻撃は可能との見方だ。しかし、本来はやはりきちんと憲法9条を改正し、敵基地攻撃能力が自衛権の行使であることを明確にした方が望ましいだろう。

政府は2018年末、5年ごとの中期防衛力整備計画を新しく作成する予定だ。中期防に敵基地攻撃が可能な武器体系が含まれるかどうかにも大いに注目が集まる。国民を巻き込んだ国会での腰を据えた論議が望まれる。