北朝鮮軍戦略軍司令部を視察した金正恩氏(2017年8月15日付労働新聞より)

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北朝鮮の金正恩党委員長は8月14日、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)戦略軍司令部を視察した。弾道ロケットの運用を担当する戦略軍は、今や北朝鮮軍の中で最も重要なエリート部隊となっている。

この日の視察は、非常に重要なものだった。この直前の8月9日、同軍の金絡謙(キム・ラクキョム)司令官が、同月中旬までに米領グアム周辺に向けて中距離弾道ミサイル「火星12」型4発を同時発射する作戦を検討すると表明していたからだ。金正恩氏の決断ひとつで、この恐るべき計画が即時実行される可能性があったわけだ。

性的虐待の横行

しかし、この視察で金正恩氏が表明した決定は「愚かで間抜けなヤンキーの行動をもう少し見守る」というものだった。ミサイル発射を、先送りしたのである。

これを受け、「北朝鮮と米国の軍事衝突はひとまず回避された」と、世界は安どした。その一方、この日を境に、戦略軍の兵士たちの間で金正恩氏への「失望」が広がったとの情報が、北朝鮮内部から漏れ伝わってきた。

これは、北朝鮮軍がその戦闘能力を維持するうえで、非常に重要な問題だ。すでに一般の部隊は物資横流しによる深刻な食糧難や、性的虐待などの軍紀びん乱を受けて、使い物にならなくなりつつあるからだ。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

なぜ、北朝鮮軍随一のエリート部隊の兵士たちは、金正恩氏に失望したのか。

「グアム包囲射撃」を先送りしたその姿勢に、金正恩氏の弱気さを見たからなのだろうか――と、思ったら、真相は違っていた。平安南道(ピョンアンナムド)に住むデイリーNK内部情報筋は、当時の出来事について次のように伝えてきた。

「司令部の将兵は金正恩一行を熱狂的に迎えたが、その後がいけなかった。ミサイル発射に関わる一部の中核部隊の将兵とのみ記念写真を撮り、防空部隊や後方部隊の兵士たちを『仲間はずれ』にしてしまったのだ。そして何より、兵士たちへの贈り物が貧弱だった。指揮官たちには様々なモノが与えられたのに、兵士たちには『大徳山』(テドクサン)のタバコ1カートンが配られただけ。これで『やってられない』という空気が生まれてしまった」

大徳山は通常、佐官クラスの幹部に配られる高級タバコだ。

しかし、普段ひもじい思いをしている兵士たちは、食べ物の特別配給を何より楽しみにしていたという。実際、2012年の視察時には鶏肉、菓子類、タバコが配られ、女性兵士にはさらに生理用品と化粧品までが贈られていたのだ。

それにしてもなぜ、金正恩氏はエリート部隊への贈り物をケチったのか。その背景にはやはり、経済制裁の影響があるものと考えるのが自然だろう。

兵士たちは、決して多くを望んでいるわけではあるまい。1日だけ、ふだんよりマシな食事にありつきたいと期待していただけだ。それを叶え、士気を高く保つことも、最高司令官の重要な務めである。

それができない金正恩氏は、はやり最高司令官として「失格」なのだろうか。