ゆとり世代の社員が転職していく理由を、「我慢がないから」などと思っていませんか?(写真:tkc-taka/PIXTA)

日本で1年間に何人が転職を経験しているかご存じだろうか。総務省統計局の「労働力調査」によると、2016年の転職者は306万人。2008年のリーマンショック以降、転職者数は減少傾向にあったが、7年ぶりに300万人を超えた。

転職市場の主役はアラサー世代


年齢別に見ると、25〜34歳が77万人と最も多く、転職者全体の4分の1を占める。

昨今は35歳以上の転職者が増加していると言われるが、35〜44歳の就業者全体に占める転職者の割合はここ5年間で大きな変化はなく、25〜34歳は約7%、35〜44歳は約4%だ。

転職市場における30代前後、いわゆるゆとり世代の存在感が依然として大きいことが統計から読み取れる。さらに別の調査からは、ここ20年でアラサーの転職がより一般化している実態が見えてくる。

1997年に労働省(現・厚生労働省)が実施した「若年者就業実態調査(対象は30歳未満の労働者)」では、「初めて勤務した会社で現在勤務していない」と回答したのが28.2%だったのに対し、2013年の厚労省による「若年者雇用実態調査(対象は15〜34歳の労働者)」では、対象者の約半数(47.3%)が、勤務していないと答えている。2つの調査の回答を25〜29歳に限定しても、1997年調査では同34%であったのに対し、2013年調査では同45%となっている。

若年層の転職が増えている背景に、非正規雇用者の増加があるのはよく知られたことだろう。「一般的に不安定で離職や転職が多くなる非正規雇用者の増加が、見かけ上の労働市場の流動化を促している面がある」と教育社会学者の中澤渉は指摘している。ただ、非正規雇用の増加だけがその理由ではない。リクルートワークス研究所が実施している「ワーキングパーソン調査」によれば、正規雇用の若者に関しても転職者は増加している。

若者は我慢が苦手だから転職するのか?

転職者へのインタビューで彼らに転職理由を聞くと、彼らはよく「自分らしいキャリア」という言葉で説明する。「自分がやりたい仕事」「自分の個性が発揮できる仕事」「自分ならではの仕事」を重視する姿勢が見て取れる。そうした若者に対し年配社員たちは、「下積みの時期やトレーニングがあってこそ、大きな実績や成果を出せる」という考えの下、転職していく部下を「わがまま」で「自分勝手」と思うケースが少なくない。

今の若者が昔より転職するようになったのは、本当に「我慢が苦手だから」「移り気だから」「やりたいこと探しが好きだから」なのだろうか。より広い視野で「若者の転職」をとらえると、違う理由も見えてくる。それは「転職しようという意思が芽生えやすい社会構造に変化したから」という理由だ。

転職市場に影響を与えた社会構造の変化とは、「少子高齢化社会の到来」と「企業間競争のグローバル化」である。この2つの変化がなぜ若年転職者の増加につながるのか、説明していこう。

まず少子高齢化はそのまま、労働年齢人口の減少を意味する。国が経済成長を掲げる中で、それを担う人材が減少しているのは致命傷といえる。少ない人数でも成長を維持できるよう、1人ひとりの人材ができるだけ早い段階から戦力として育つことを社会が求めることは非常に理にかなっている。

次に、企業間競争のグローバル化は企業の経営環境を厳しくし、人材への投資余力を奪っている。これにより企業が人材を長期に雇用すること、さらには就職したあとちゃんと一人前になるまでの育成の機会を提供することが難しくなった。

そして、こうした社会構造の変化により、できるだけ早く自立し、入社した会社の支援を受けることなく、自らキャリアを作り上げていける人材が求められることとなった。

自立したキャリアを実現するべく、彼らが受けるキャリア教育や就職活動も変化していった。「自分探しを前提とした“就職活動”」と「やりたいことを聞かれ続ける“キャリア教育”」の誕生だ。

就職活動で学生が企業に提出するエントリーシート(ES)は平均で25枚前後、多い人は100枚近くに上る。ESでは「志望動機」と「自己PR」の欄が設けられているため、自分がやりたいことや強みを各社の理念や事業内容に合わせて表現する必要がある。こうした「自己分析」というプロセスは、就職活動ではもはや当たり前となっているが、自己分析が行われだしたのはここ20年くらいのことだ。

それ以前はどのように就職活動がなされていたかというと、学歴、大学歴、あるいは研究室、さらにいえば家族などの縁故を基準とした採用と選考である。企業への就職を目指す学生すべてに、求人企業すべての情報が届くわけではなく、クローズドな状況でやりとりが行われてきた。インターネットの発達などにより今では就職の門戸が開かれた代わりに、自己分析など学生への要求も高度化しているのかもしれない。

就活に合わせキャリア教育にも変化

そして、こうした就職活動の変化と呼応する形で発展してきたのがキャリア教育である。昨今、小学校に至るまでキャリア教育の弱年齢化が著しい。端緒は1998年の中学校学習指導要領の改訂で、職場見学や職場体験が学校行事として導入され始めた。1999年の中央教育審議会の答申には文部省(当時)関連の政策文書に初めて「キャリア教育」という用語が使用された。

そして、ゆとり教育において「総合的な学習の時間」が導入されたのに伴い、キャリア教育はどんどん広がっていった。さらに2011年の文部科学省の中央教育審議会の答申で、キャリア教育を通して身に付けさせるべき能力として「キャリアプランニング力」(自分のキャリアを自ら形成する力)が掲げられた。

20〜30代前半のビジネスマンは程度の差こそあれこうしたキャリア教育と就職活動を乗り越えてきた。彼らにとってキャリアとは「やりたいこと」や「自分らしさ」を土台にして描くものなのだ。そして、彼らが社会によって誘導された「自分らしいキャリア」を求めた結果、転職者が増えているのが実情なのだ。