なぜ新幹線に乗るとアイデアが溢れ出るか

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出張の多い経営コンサルタントの小宮一慶氏は「最高の書斎は、新幹線の車内です」といいます。特にアイデアを練るような仕事では、会社のデスクよりもはかどるそうです。なぜでしょうか。実は小宮さんは、移動時間をクリエイティブな時間に変えるため、さまざま工夫をしています。その内容とは――。

■なぜ「移動時間」にいい発想ができるのか?

私は本業の経営コンサルタントの他に、いくつかの媒体で執筆のお仕事もしています(編注:小宮氏は現在7社の社外役員、5社の顧問を務める。また月10本以上の連載を持ち、書籍も年に10冊ペースで出版。講演やテレビ番組への出演も数多い)。

コンサルタント業も執筆業も、アイデアが勝負です。

私の場合、アイデアがひらめくのは机に向かっている時でも会議をしている時でもなく、不思議と乗り物に乗っている時や歩いている時が多いです。連載原稿の内容や、書籍の企画やタイトルや構成で妙案が浮かぶのは、そんな「移動」をしている時です。

経営の助言を求められることも多いのですが、解決策などは、やはり机の前に座って出るということはありません。私の知る多くの優れた経営者もどちらかといえば、社長室にいるのではなく自ら動いて刺激を獲得しているタイプが多いです。

経営コンサルタントの大先輩、一倉定さん(赤字企業など約5000社を指導した伝説の経営コンサルタント)は、社長室にばかりこもっている社長を「穴熊社長」と厳しく非難していました。顧客や自社の現場に足を運ばなければ、真実に気づかないということでしょう。

▼「のぞみ」東京駅〜新横浜駅間で原稿を仕上げる

私の出張回数は年100回以上。最も多い移動手段は新幹線です。その車内では、よく連載原稿の執筆をしています。自社のデスクで書くより、ずっとはかどるのです。アイデアも出ますし、もろもろの作業がとても早く進みます。

私は月2回、お客さまに向けて1400字前後のメールマガジンを出していますが、それもたいていは「のぞみ」で書きます。メルマガの場合、執筆に要する時間は、東京駅から新横浜駅までの約20分間です。小田原駅通過(約30分)までかかっているとすれば、かなりてこずったと言えます。「筆が速いですね」と言われますが、理由があります。

■なぜパソコンをスリープ状態にして新幹線に乗るのか

新幹線の車内は「アウトプットの時間だ」という意識が自分の中にあります。移動時は、ある意味“缶詰め状態”。乗り物に乗れば降車駅に着くまでは、当然ながらその席にいるしかありません。会社にいる時のように部下から声をかけられることもありません。そうした閉じた空間が、集中力を高めるのでしょう。

新幹線に乗り込む際には、すぐに執筆にとりかかれるように、パソコンの電源は消さず、スリープ状態にしておきます。その日に書く原稿のファイルを事前に立ち上げておけば、座席に座ってすぐに取りかかれます。パソコンの起動から始めれば、書き始めるのに2〜3分はかかります。そのロス時間が私にはもったいなく感じられるのです。

執筆するテーマも乗る前にちゃんと考えておきます。徒歩や地下鉄、タクシーなどでの移動時間に大まかな構成要素を決めておけば、あとは想像力をフルに働かせながら、書くだけ。だから20分もあれば、見直しも含めて完成するのです。

アウトプットの時間の質を高めるためには、「準備」が必要なのです。これは私だけに限りません。多くのビジネスマンも、報告書や資料作成などのアウトプットを新幹線の車内ですることがあるでしょう。新聞や書籍を読んでなんらかの刺激を受けているときはもちろんですが、街を歩く、通勤電車に乗る、といった何気ない時間もそんな準備期間にできるといいはずです。

▼「短い時間&密室空間」が頭の働きをよくする

新幹線が、なぜ質の高いアウトプット時間になるのかを考えた時、「短い時間」ということもその理由のひとつだと感じます。東京―大阪間なら3時間弱。短すぎず、長すぎない。これが集中して書くのにちょうどいいのです。

私は締め切りが迫っている場合、地下鉄のホームのベンチで5分、10分座って一気に書き上げることもあります。

一方、半日以上もかかるようなロングフライトの飛行機移動では、私の場合、執筆がはかどりません。このため執筆より、原稿のチェック・校正など、それほどひらめきを必要としない「作業」を行うことにしています。

飛行機移動であれば、機内の時間よりも、飛行機を待っているラウンジのほうがアウトプットには適している気がします。離陸までの時間は短く、限られています。そうした締め切りのある時間のほうが、緊張感を保つことができ、脳がよく働くのかもしれません。

ちなみに先日、顧客の経営者15人をニュージーランドにお連れしましたが、彼らを見ていると、フライト中は本を読んでいる方が多いです。書籍から経営のヒントを得たり、経営者同士の会話の中からアイデアを得たりするようです。ロングフライトはアウトプットよりインプットが向いているのかもしれません。

■いいアウトプットをするために「2次会」は遠慮する

もっとも「アイデア発想力は物理的な移動距離に比例する」という考え方もあり、私もこれに賛同します。遠くへ行くと新しいものに出合うことも多く、違った角度からものも見えるので、気づきが多いということでしょう。私の場合も、現地でいい案が浮かぶことは少なくありません。

アイデアや執筆などアウトプットに適した時間は人それぞれですが、私の場合、「よく寝た日の翌朝」もそれに該当します。とりわけ書籍のアイデアが浮かぶのは、ほとんどの場合、休日の朝です。ぐっすり寝た朝に、ぱっと浮かぶのです。

その時はすぐに布団から出て、勉強部屋に行って浮かんだアイデアをパソコンで書きます。目次案もほぼ同時に浮かびます。そして、もう一度寝ることもありますが、その時は必ず、メモ帳とペンを枕元に置いておきます。もう、目は覚めているのですが、布団の中で横たわり、リラックスしている間に浮かんでくるアイデアを書き留めるのです。そうしないとすぐ忘れてしまいますからね。

休日に限りませんが、起床してからの数時間を私は「スターの時間」と呼んでいます。朝は脳が活発に働くといわれていますが、実際、その通り。だから、その貴重な時間を無駄にしないように、気をつけていることがあります。それは「夜ふかしをしないこと」です。

就寝は22時半。仕事関連の会食はほぼ毎晩ありますが、出席するのは1次会のみで、2次会はご遠慮しています。会食は夜8時過ぎには切り上げ、帰宅します。就寝時間が遅くなることで、朝のスター時間を台なしにしたくないのです。そうした習慣を守り通すことが質の高いアウトプットを維持するコツだと考えています。

▼いいアイデアを得るために、自分を煮詰める

いいアウトプットには「煮詰める時間」も必要です。以前、次のようなことがありました。ある会社のコンサルティングを頼まれた時のことでした。パフォーマンスを格段に向上させることを手伝ってほしいと、ある地方のオーナー経営者に頼まれたのです。

当時、数百億円を売り上げて、数十億円の利益が出る、中堅のオーナー企業としては問題ない会社だったのですが、戦略上、生き残りのためにどうしても5年ほどで売上高を約3倍に、利益を約5倍にしたい、ということでした。

■必要は発明の母 強い思いがいい案を引き寄せる

業績の悪い会社ではありませんから、それほど大きな問題があるわけではありません。よって、細かな改善策は別として、これと言ったアイデアがすぐには浮かびませんでした。少し時間をいただき、ずっと考え続けました。そして、あるときにたまたま再読した『ビジョナリーカンパニー2』(J.C.コリンズ著、日経BP社)の冒頭の文章が目に留まったのです。

「良好(グッド)は偉大(グレート)の敵である」

この有名なフレーズを改めて読んだ瞬間、この会社の収益向上策がふっと思い浮かびました。グッドで甘んじている社風を「切磋琢磨」する社風に変えることが一番の解決策だと思ったのです。ふだんから頭の中で「売上高3倍、利益5倍にするためには?」と考え続け、煮詰めたことが、このビジネス書との再会につながったと思っています。

「必要は発明の母」ではありませんが、アイデアでもなんでもそれを求めているということが大切。切実にそれを考えていることが必要なのかもしれません。

『ビジョナリーカンパニー2』は以前にも読んでいた本でしたが、やはり、切羽詰まって必要に迫られる状況に追い込まれたことで、自分の中の何かを引き出し、求めていたものを引き寄せることができたのです。

上記はあくまでも私自身のケースです。皆さんもご自身でアイデアの浮かぶ状況、アウトプットのできる時間空間がどんなものなのか考えてみてください。

(小宮コンサルタンツ代表、経営コンサルタント 小宮 一慶)