角居勝彦調教師が「斤量」の秘密を語る

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 今週末の菊花賞で3歳戦はすべて終了する。実績や性齢で異なる斤量差をどうとらえればいいのだろうか。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、重い馬を巧みに走らせる「慣性の法則状態」についてお届けする。

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 前回、斤量について、「負担重量というくらいだから、軽いに越したことはない」と書きました。しかしむしろ重い斤量が吉と出る可能性もある。「慣性の法則」を味方にできれば、です。

 難しい定義は省きますが、たとえば摩擦のない氷上を滑る物体は止まらない、といった物理法則です。実際は摩擦力はゼロではないし、物体には重さがあるのでやがては止まりますが、重力の働く方向は鉛直方向で、水平方向(前進方向)にはその重力はあまり働かないということです。

 競馬に置き換えると、ラストの直線で氷上のような「慣性の法則状態」に持っていければいい。スピードに乗った馬は、おそらく3キロ4キロの斤量差で不利を被ることはあまりないはずです。

 いくつか条件があります。脚元が重要。芝の良馬場、ダートの重馬場など、いわゆる脚抜きの良い状態はいい。「冬場のダートは500キロ超えを狙え」などというのは、馬の重量が不利にならないということ。その論拠は実は「慣性の法則」だったわけです。

 そして短距離よりも長距離。トップスピードに入ってからゴールを切るまでの距離が長ければ長いほど、重さはマイナスにはならない。東京や新潟のようにラストの直線が長いコースですね。

 鞍上の力も必須です。脚抜きが良くてラストの直線でスピードに乗ることができればいいのですが、そうじゃない場合だって数多い。そんな時、重い馬を巧みに走らせてくれる。いわば「慣性の法則状態」に持っていけるジョッキーがいい。

 馬が走るときの重心に、ジョッキーが自分の体重(つまり斤量)を巧みに合わせる。振り子のように前に振る。本来ならエネルギーがなくなって着地していたはずが、もう半歩だけ延びる。宙を飛んでいるような状態です。

 そういう騎乗技術が、トップジョッキーの体には染みついているわけです。

 馬券検討の時、目当ての馬の斤量が大きい場合、距離と馬場状態、そして鞍上に注目すべきでしょう。

 これは負担重量とは別の話ですが、スタート時にも「慣性の法則」が働きます。電車が動き出す時、乗客の体が進行方向とは逆に引っ張られますね。「止まっている物体はそのまま止まり続けようとする」です。馬が急発進すると、鞍上は取り残されるようになる。体が後方に仰け反るようではいけません。しかし、どのジョッキーもそのことをわかっていて、急発進ではなく滑らかに出ようとします。しかし、スタートでタイミングが合わず、ゲートを出てからダッシュがきかないと、ジョッキーが後方に仰け反るように見えることがあります。

 ただスタートが巧くいくかどうかは、ジョッキーだけの責任ではなく、馬を管理する側にとっても永遠の課題です。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。今年は13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。『競馬感性の法則』(小学館新書)が好評発売中。

※週刊ポスト2017年10月27日号