ぺんてるのシャープペンシル「orenznero」(オレンズネロ)

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「1本3000円」というシャープペンシルが売れすぎている。業界関係者も驚く「超」高価格にもかかわらず、品薄のためオークションサイトなどでは2倍以上のプレミア価格となっているほどだ。人気の秘密はどこにあるのか。ぺんてるの開発者らに話を聞いた――。【最終ページに企画書を掲載】

書き始める時には2回ほどノックをしてある程度芯を出す。書き続けるうちに芯が減ってゆく。そのたびにノックをして芯を出し、また書く……。私たちが長らく親しんでいるシャープペンシルとは、こうして使うものだった。そんな常識を覆す商品が2017年2月、ぺんてるより発売された。「orenznero」(以下、オレンズネロ)は最初の1ノックだけで、芯がなくなるまで書き続けることができるのである。

発売以来、店頭では品薄状態が続いている。定価は3000円だが、5000〜6000円台で販売しているECサイトも多く、8000円以上の値段を付けているのも見かけたほどだ(9月末現在)。

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▼「orenznero」(オレンズネロ)の気になるポイント
・1ノックでずっと書き続けられる「自動芯出し機能」の仕組み
・細い芯なのに折れない「オレンズシステム」
・先行商品の「オレンズ」とどこが違うのか
・定価3000円(税別)と超高価格なのに売れている理由

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■定価3000円と高価格なシャープペンシル

オレンズネロの発売からさかのぼること3年、同社は2014年2月に「オレンズ」を世に出した。これは0.2mmと0.3mmという“細い芯”専用でありながらも、芯が折れないというシャープペンシルである。折れない秘密は先端のパイプにある。筆記を続けて芯が減っていくのに合わせ、先端パイプ(ステンパイプ)がスライドしていくため、書いている時は常に芯がパイプに守られて折れないという仕組みだ。

オレンズネロはこの「オレンズシステム」に加え、最初の1ノックで芯を使い終わるまで書き続けられる「自動芯出し機能」を搭載した、芯径0.2mm、0.3mmのシャープペンシルである。

価格はともに3000円(税別)。国内産シャープペンシルの中心価格帯が500円前後であることを考えると、いかに強気な値付けであるかが分かるだろう。それにもかかわらず店頭で品薄状態が続いている。

値段が高いのには理由がある。ぺんてるでは安価な(100円帯)シャープペンシルの部品数は11だが、オレンズネロは28と、その倍以上。組み立ても手作業になるため、どうしても製造コストが高くなってしまう。

手作業のため、出荷できる本数も限られてしまう。発売当初、0.2mm、0.3mmそれぞれの出荷数は月に約3000本。その後、加工機を1台増やして月産数を倍増させたが、いまだ需要に追いついていない。

売れ行きは当初の想定を大幅に上回っている。2016年7月の「新製品発表会」で3000円という価格を告げた際、業界関係者が一様に驚いたため、社内では「やっぱりそんなに売れそうにないね」と話していたという。予想外のヒットの秘密はどこにあるのか。オレンズネロ開発の中心人物であるシャープ企画開発部・丸山茂樹部長と同部の杉山房光シャープ企画課長、それに広報課の田島宏課長に話を聞いた。

■取扱説明書兼保証書が付くシャープペンシル

シャープペンシルは学校や塾でノートを頻繁に取る中高生が主なターゲットであり、価格帯は100〜500円程度が主流。高機能とはいえども3000円の製品となると、購入する層は限られてくるだろう、と同社は考えていた。

「高すぎる値付けは避けたかったんです。ただこの部品点数では、どうしても3000円にならざるを得なくなってきた。そうなるとターゲットはある程度絞られてくるだろうと考えました。最初は30〜50代の文房具好きや、マニアックな男性にターゲットを特定し、そういう人たちが好みそうな、メカニックで重厚なデザインにしたんです」(杉山氏)

イタリア語で黒を意味する『nero』のネーミングに合わせ、本体は同社が1985年に販売した「PG1000」(グラフ1000)と同じ、マットな黒いボディー。軸は1970年発のロングセラー「P325」や1982年発の製図用0.2mmシャープペンシル「PG2」(グラフシャープPG2)と同じ12角軸を採用。完全な円形軸でもなく、鉛筆と同じ六角でもない、同社の製図用シャープペンシルにみられる特徴的なデザインだ。箱も本体に合わせた黒を基調としており、取扱説明書兼保証書(1年間)が同梱されている。

親切さもあえて排除。2014年に発売された「オレンズ」の軸には「芯を出さないで書いてください」と大きく赤字で書かれたシールが貼られていたが、「オレンズネロ」ではこのシールを貼らず、取扱説明書へ記載するのみにとどめた。このように「分かる人だけが買ってくれればいい」(田島氏)という思いを込め、想定していたターゲットに響かせるための仕掛けをちりばめた。確かに、モノにこだわるビジネスマンや、古くから同社の製品に親しんできた者たちの心をつかみそうだ。

ところが販売してみると実際には、当初予定していたターゲット層だけでなく、本来のシャープペンシルのメインユーザー層である中学生、高校生にも受け入れられたのである。

「最初は大人から攻めていって、だんだん年齢層が下がっていけばいいなあと思っていたんですが、最初から学生さんにも買っていただけて、結局他のシャープペンシルと購買層はさほど変わらなかった。高価格だから憧れるという面もあるようです。親御さんがお子さんのために購入するというパターンが多い気がしています」(同)

こだわりの戦略が逆に、世代を問わず文房具好きの心をくすぐる結果となった。加えて予想外のヒットの陰には「ここ7〜8年の間に学生さん、特に女子たちの間で“細い文字できれいに書きたい”という風潮になってきているんです」(同)というニーズの高まりも影響しているようだ。

■高機能シャープペンシルの歴史

実は、ぺんてるはノック式シャープペンシルの祖である(1960年)。しかし、こうした“細い文字できれいに書きたい”という学生のニーズにいち早く応え、ヒットを飛ばしたのは他社だった。2008年に三菱鉛筆が0.5mm芯シャープペンシル「クルトガ」(定価500円)を発売して大ヒットしたのである。これは書くたびに芯が回転し常に芯のとがった箇所が紙に当たる、という機能を備えていた。クルトガのヒットに、ぺんてるは奮起する。

「もともと『シャープペンシルといえばぺんてる』という自負がありました。ですので『クルトガ』が市場を席巻している時は、うちとしてはショックだった。この『クルトガ』への対抗として、極細芯専用の『オレンズ』の開発が始まりました。うちは極細芯を作るのが得意です。0.2mmの芯でシャープペンシルが作れるなら、そもそもとがらせる必要がないだろう、と」(田島氏)

0.2mm芯を生産しているのは国内ではぺんてるだけ。また極細芯用シャープペンシル開発の実績もあった。世界初の0.2mmシャープペンシルとして1973年に発売された「PS1042」(スライド0.2)がそれだ。0.3mm用シャープペンシルとしても、さらに5年前の1968年に「MEC」(ぺんてるメカニカ)を発売していた。こうして同社の古くからの強みを盛り込んだ高機能シャープペンシル「オレンズ」が2014年に発売された。

そこから続けて「オレンズネロ」の開発へとつながっていったのは、芯の開発部隊とシャープペンシルの開発部隊、それぞれの技術を高め合った結果ともいえる。その勝負の場は、毎年7月に業界関係者向けに行われる「新製品発表会」だった。

■技術先行で生まれたオレンズネロ

「2013年の新製品発表会に、芯の技術部隊が0.2mmよりもっと細いものを、と究極に細い0.1mmの芯を作って展示したんです。ですが、芯だけ出てきたのを見たら、当然『シャープペンシルも作ってよ』という話になりますよね。そこからシャープ本体の開発部隊の連中が『この芯で書けるものを作ろう』と言い始め、0.1mm芯で書けるシャープペンシルを開発し、翌年の新製品発表会に出しました」(丸山氏)

だが、このときの0.1mm芯用の展示品は普通の構造のシャープペンシルであったため、来場者が試し書きをするたびに芯が折れてしまい、開発部隊はブースの裏で部品を取り換える対応に追われた。

「こんなに折れてたら書けません(笑)。次はもっとまともなものを出そう、技術的にも進化させたい、ということで、翌2015年の発表会に展示したのが、0.1mmでも折れずに書けるシャープペンシルです。このときに実は『自動芯出し機能』をこっそり入れていました。0.1mmでこういったものが作れるので、0.2mmなら量産レベルで問題ないです、ということをアピールしたかった。結果としてそれが『オレンズネロ』の開発へとつながりました」(同)

一方ですでに生産されていた極細芯専用の「オレンズ」は、芯が細いゆえに減りが早く、ノックする回数が多くなってしまうことについて、開発陣は不満を抱えていた。この「オレンズ」に「自動芯出し機能」を組み合わせれば、極細芯でもノックの回数を少なくできる。

■製図用シャープペンシルのノウハウを復活させる

実は同社は過去に「自動芯出し機能」が搭載された製品を販売していたことがあった。どちらも自動製図機用のシャープペンシルで、1985年発売の「PP103/105」(0.3mm、0.5mm芯用)、1988年発売の「PP102/104」(0.2mm、0.4mm芯用)だ。

「オレンズネロ」最大のウリである「自動芯出し機能」の秘密は、本体内部にある「ボールチャック」とよばれる2つの球体にある。筆圧がかかった状態ではボールチャックが芯をつかみ、芯が保持される。筆記により芯が摩耗すると、先端パイプも後退する。紙面から本体を離すと、ボールチャックも芯を離す。そのため先端パイプがスプリングによって前進し元の位置に戻ると同時に、芯も一緒に引き出されるという仕組みだ。かつて生産していた自動製図機用シャープペンシルにも、この「ボールチャック」機構が使われていた。これを応用すればよいのだが、2つの課題があった。

1つは、製品加工のノウハウを再び集約させること。製品を組み上げるための図面は社内に残っていたが、加工にはコツがいる。当時、加工を担当していた社員は定年間際。あわてて訪ねて教えを請い、協力会社に渡っていた加工機を再び社内に戻した。こうして「ボールチャック」機構そのものを再現させることができた。2つ目の問題は、製図用と人間用とで筆圧が異なることだった。

「やっぱり、機械が書くものと人が書くものは全然違うんです。機械は、垂直に書いていくので、力もどんどん入れて書けるんですけど、人間はシャープペンシルを斜めに持ちますし、筆圧も機械ほど高くないので、実際にこれで組んでみて書いたら書けないんです。文字が薄くなってしまうんですね。それを人の力で書いても普通に書けるようにするために、非常に細かい努力をしました」(同)

こうして人間用にカスタマイズされた「自動芯出し機能」が完成し、2017年2月に「オレンズネロ」は発売された。筆者は取材に先立ち「オレンズ」と「オレンズネロ」をしばらく使用していた。確かに細い芯はきれいにノートが取れる。だがどうしても急いで書くと、筆圧が弱まり、文字が薄くなってしまうのである。これについて丸山氏に聞いたところ「Bや2Bなどの濃い芯で書くと良いですよ」というアドバイスをもらった。取材後、さっそく芯をBに替えてみたところ……確かに“書いている”感が高まった。2Bでもいいぐらいである。折れないシャープペンシルとはいえど、やはり極細芯は筆圧が弱くなりがちだ。もし極細芯に慣れていない人は、ぜひ濃い芯を試してみてほしい。書いているときにバネの伸び縮みを感じるようになったら、それは芯の交換のサインだという。

ぺんてるは常に「新しいことをやりたい」という姿勢に満ちている。次なる新製品発表会でどんな驚きの新機能を盛り込んで来るのか、そしてそれがいつ新製品として世に出て来るのか、楽しみだ。

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■次のページでは、ぺんてる「オレンズネロ」の企画書を掲載します。

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■ぺんてる「オレンズネロ」の企画書

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■ぺんてる「オレンズネロ」http://pentel-orenznero.jp/

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(高橋 ユキ)