埼玉の高麗神社に足を運ばれた天皇皇后両陛下

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 4年前に始まった両陛下の私的旅行は8回目を数えた。ある時には魚市場をご覧になり、時に紅葉を楽しまれ、時にサクランボを収穫された。しかし、そんなプライベートタイムでも「象徴の重責」から解放されることはない。今回もまた、両陛下はある思いを胸に秘めて旅路へとつかれていた。

「三国時代」と聞けば、誰もが思い浮かべるのは3世紀頃の中国で魏、呉、蜀が覇権を争った、いわゆる三国志の時代のことだろう。

 実は、4世紀から7世紀にかけての朝鮮半島でも3つの国がにらみ合う時代があった。「百済」、「新羅」と並び、朝鮮半島の北半分と中国南西部を支配したのが「高句麗」だった。一時は三国の中で最大規模の領土を誇ったが、668年、新羅と唐(中国)の連合軍に破れ滅亡。祖国を失った人の中には、海を越え日本にまで逃れた人々がいた。

 彼らが多く移住したのが、現在の埼玉県日高市と飯能市にまたがる地域。高句麗にちなみ、明治時代まで高麗郡と呼ばれたその地には、当時の指導者を祀った「高麗神社」が厳然とたたずんでいる。

 9月20日、天皇皇后両陛下は同神社に足を運ばれた。

「20日には高麗神社のほか、約500万本の真っ赤なマンジュシャゲ(ヒガンバナ)が咲き誇る巾着田曼珠沙華公園を訪問。1泊されて21日には、第一国立銀行(現・みずほ銀行)や東京証券取引所、東京ガスといった数々の企業の設立に寄与した事業家・渋沢栄一の生誕の地や記念館をご覧になりました」(皇室記者)

 私的な行事でありながら、今回のお出ましは遠く韓国でも大きく報じられた。

《参拝は歴代日王(天皇)で初めて》

 主要各紙にはそんな見出しが躍り、参拝時の両陛下の様子が詳報された。その理由は、同神社が朝鮮半島からの渡来人に縁深い地だからに他ならない。

「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」

 2001年の誕生日会見で、陛下はそう述べられていた。また、2005年のサイパン、2015年のパラオと先の大戦の「祈りの旅」を続けられてきた両陛下にとって、韓国は“最後の地”ともいわれている。それだけに、両陛下の胸にもさまざまな思いが去来したことだろう。

「高句麗は何年に滅んだのですか」
「高句麗人と百済人は、どのような違いがあるのですか」

 両陛下は、同神社を案内した宮司にそう質問を投げかけられた。訪問にあたっては事前に資料をご覧になったほか、御所で専門家からの説明も受けられたという。だが、その熱心な姿勢の陰には、単なる「ゆかり」以上の理由があった。皇室ジャーナリストの神田秀一氏が明かす。

「1980年頃、まだ昭和天皇がご存命だったときに、私は高麗神社の関係者から“陛下に足をお運びいただくことはできないものでしょうか?”と相談を受けたことがあったんです。当時、テレビ局で宮内庁担当記者をしていた私は、その希望を宮内庁側に伝えました。ですが、返ってきた答えは“NO”。さまざまな事情を考慮しての結果だったようですが、結局、昭和天皇が同神社を参拝されることはありませんでした」

 それからおよそ40年。今回の訪問は陛下、そして美智子さまにとって、昭和天皇が遺した悲願を叶える旅だったのかもしれない。

◆訪問先は一般人立ち入り禁止

 元共同通信記者で、陛下のご学友としてさまざまなメディアに登場した故・橋本明氏は生前、本誌・女性セブンの取材に次のように話していた。

「皇太子時代の1986年、両陛下の韓国訪問が予定されていました。ところが、美智子さまが子宮筋腫の手術のため入院を余儀なくされ、取りやめに。それからというもの、両陛下は韓国訪問への思いを日増しに強くお持ちでした」

 だが、韓国内での反日感情の高まりや、燻り続ける「慰安婦問題」などのトンネルの出口は見えず、日本と韓国の間には緊張状態が続いている。それだけに、今回の私的旅行でも異例の光景が広がっていた。

「お出かけの際、両陛下は一般のかたとの触れあいを大事にされています。もちろん周囲に警護の人間はいますが、偶然居合わせた人に声をかけたり、写真撮影に応じられたりととても和やかな雰囲気に包まれています。ですが今回、例えば巾着田曼珠沙華公園は朝8時から一般人立ち入り禁止。両陛下が到着されたのは午後3時でしたから、徹底した『人払い』が行われたわけです。両陛下のお出ましを知らなかったため、公園に入れずやむなく帰っていく観光客も多くいました」(前出・皇室記者)

 異例の厳戒態勢の理由は、やはり今回の旅行に、高麗神社参拝というデリケートな予定が組み込まれていたからだろう。だからこそ、両陛下も本来の「距離感」を諦められた。それでも、高麗神社に足を運ばないという選択肢には至らなかった。

「その理由は、現在の日本と韓国との関係性に加え、ミサイル発射や核実験を繰り返す北朝鮮とアメリカの間で空気が張り詰めていることにあったのでしょう。もとはといえば、高句麗の支配地域は現在の北朝鮮の領土です。韓国と北朝鮮も38度線を挟んでにらみ合いを続けているわけですから、いざ戦争にまで発展すれば、朝鮮半島すべてが“戦地”となってしまってもおかしくはありません。だからこそ両陛下は、高麗神社を参拝することで“平和を願っている”ことを無言のうちに伝えようとされたのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)

 旅行を終え東京駅に降り立たれた美智子さまは、薄い茶色のサングラスをかけられていた。

「相手に表情がよく伝わるように」

 そんなお気持ちから、美智子さまは小ぶりな帽子を愛用されている。サングラス姿を見慣れないのも、同様の理由からだろう。9月下旬を迎えても依然強い日差しが、もし美智子さまにとって堪える部分があったかと思うと、心配が募る。

 それでも、美智子さまの目に映っていたのは「平和への祈り」だけだったのだろう。

撮影/雑誌協会代表取材

※女性セブン2017年10月12日号