厳しい経営環境の中で社長に指名された宮内正喜氏。就任について「夢にも思っていなかった」と笑う(撮影:風間仁一郎)

73歳の新社長が率いる新体制でフジテレビジョンは復活できるのか。今年6月、BSフジ社長だった宮内正喜氏がフジテレビとフジ・メディア・ホールディングス(HD)の社長に就任した。フジは2013年、「踊る大捜査線」シリーズなど数々のヒット作を手掛けた亀山千広氏が社長に就任したが、視聴率下落に歯止めをかけられず業績も低迷。今回の交代となった(亀山氏はBSフジの社長に就任)。
また、フジの代表取締役を29年間務め、長年経営を指揮した日枝久会長も取締役相談役に退くなど、グループは大きな節目を迎えつつある。どのように視聴率を上げ、業績回復につなげるのか。宮内社長に戦略を聞いた。

――フジテレビとホールディングスの社長に就任することになった詳しい経緯を教えてほしい。

就任前はBSフジの社長を2年、その前は系列局の岡山放送の社長を8年間務めていた。ただし、その前は40年間もフジテレビで働いていたわけだから、ここまで視聴率が落ち、営業的な業績が下がっていることはもう看過できない。いたたまれないと感じていた。

BSフジや岡山放送時代も日枝さんと会う機会があり、「どうすればいいと思う?」とフジテレビはいつも一番の話題だった。よりによって私が社長になるなんて夢にも思っていなかったから、勝手なことを申し上げていた(笑)。

フジテレビを外から見ると、以前に比べて会社の一体感みたいなものがないと感じる。昔は何か1つのことをグループでやるとなると、本当に一体化してやっていたものだから。それは忌憚なく申し上げた記憶がある。

日枝さんは「じゃあそういう形に戻して、リーダーシップをとる人間が必要だな」と話していたが、内示までに具体的な名前が出たことはなかった。私が候補になったとか「考えておけよ」と言われたこともない。

「どう変えてもいいから、結果を出してくれ」

――内示のときは日枝氏とどんなことを話したのか。

「ホールディングスとフジテレビの代表取締役社長をやってくれ。ミッションは業績回復しかないんだ。視聴率を上げて業績を回復させる。とにかくどう変えてもいいから、結果を出してくれ」とシンプルな言葉だった。本当に厳しいタイミングに指名されたとは思うが、受けざるをえない、受けるしかないという気持ちになった。

――交代にあたり、亀山氏とはどんな話をしたのか。


前社長の亀山千広氏は「まずはドラマで話題を呼び、バラエティで視聴習慣を根付かせ、報道番組で信頼を得る」と語っていた(撮影:吉野純治)

彼とは編成時代から局長と部長とか、役員と編成局長といったコンビでもやってきたので、得意技も不得意技もよく知っている(笑)。

BS、CS、地上波、ネット、これを連携してより大きな動きにしようという考えがあったが、私がBSフジにいた2年間は実を結んでいなかった。そこで、連携をがっちりやろうという話をした。

具体的には、全米プロゴルフ選手権の予選をBSで、決勝は地上波で放送したが、番組の宣伝などもうまくいった。時期を見てレギュラー番組の連動などもやっていけば理想的な連携になるだろう。

――宮内社長がイニシアティブを持って経営に取り組める体制は確保されているのか。また、日枝氏にどのような役割を期待しているのか。

私もいざ始める前はどうなるかと思っていたが、実際に役員と幹部社員、社員の人事異動を私の考えで行った。もちろん日枝さんに相談したこともないし、NGも出なかった。託されているんだなと感じており、現時点でやりにくいとかはいっさいない。


日枝久相談役はフジテレビの代表取締役を29年務めた。現場における実績も抜群で、まさにグループを代表する人物だ(撮影:尾形文繁 2005年)

ただ、日枝さんは30年近くトップを務めた経験があり、編成局長としても1982年に視聴率三冠王(6時〜24時の全日帯、19時〜22時のゴールデン帯、19時〜23時のプライム帯の時間帯でトップ)を取り、それが12年続いた。実績がある方なので、折に触れて相談したい。

――社長の任期はどれくらいになると考えているのか。若返りではなかったので、ワンポイントリリーフになるとの声もあるが。

すごい質問をしますね(笑)。本人としては業績改善を成し遂げるまでやる気満々ですよ。

――フジテレビは編成局長の石原隆取締役に権限を集中させる組織改革を実行している。狙いは何か?

テレビ局はコンテンツ、番組がいちばん大事だ。そこにかかわる予算執行の権限や人事権を集中させて、いい企画ができる体制を作りたいと考えた。だが、担当役員や局長、担当局長、局次長がいて…という従来の考え方だと、どうしても意思決定や権限があいまいになる。

私は、自分のやりたいことが下まで通り、会社を巻き込んで決めることができる組織がベストだと思う。手始めに編成局をトップにして、その下に番組制作、映画制作、広報などを集中させた。考えて決める人間を1人にして、それを全社でバックアップする体制でスタートしたわけだ。

以前だと、たとえば番組改編の時期に「タイムテーブルをこういう風にしたい」という編成の考えがあっても、ほかの局が反対することもあった。それでは思い切った変革ができない。私は20年ほど編成周りの仕事をやっていたので非常に苦労した。そうした障害を取り除きたかった。

フジテレビは、他局がやらないことを一番にやる

――フジテレビのどんな点が視聴率苦戦の要因だと考えているか。どのような改善策が必要なのか?

その質問に答えられれば苦労はしないのだが…。視聴率を取れる企画が出てこないのは、番組の作り手と視聴者の間で、何というのかな。「心のキャッチボール」みたいなことができていないんじゃないか。感動というか、言葉にしにくいが、そういう部分が欠けているのでないかと。

心に触れるというか、視聴者との心のキャッチボールができ、双方向で手応えのある企画が生まれれば、それを膨らませ、数を増やす。そういうことで視聴率アップが望めるのではないかとぼんやり思っている。


宮内社長が自身の就任と同時に行ったのは、編成局長を務める石原隆取締役(写真)に権限を集中させる組織改革だった(撮影:大澤誠)

――今後はどんな番組やコンテンツが必要だと考えているのか。

フジテレビは他局がやらないことを一番にやってきた。そうした姿勢が出てくると、視聴者の方も目を向けてくれる。今は動画を視聴する端末も多くなったので、地上波以外も巻き込んでいきたい。

また、技術革新もかなり進んでいる。BSは来年の12月から4K放送が始まる。今はテレビと直結しないが、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの技術もある。今後はテレビ受像器も変化、進化していくだろう。

受像器が変われば、企画も変える必要がある。情報番組やニュース番組は地味だといわれたこともあったが、技術が進化すれば、まったく時差のない中継や、ものすごく臨場感のある映像を届けられるかもしれない。コンテンツの開発は絶対に遅れてはいけないし、フジテレビが他局よりも先にやるという気概を持たなくちゃだめだ。

――テレビ局は過度にネットで批判されることも多い。本来のテレビの面白さをそがれるところもあるのでは。

悪口を書かれるとか、足を引っ張られるとか、そうした部分も確かにあるが、プラスの面もある。TBSの逃げ恥の「恋ダンス」はテレビだけでなくネットでも見られたので、歌と振り付けが大人から子どもにまで広がった。これは昔はできなかったこと。ネットのプラスの使い方をもっと広げていけば、ブームを作ることもできる。

――テレビは視聴者が高齢化しており、若い層をターゲットにすると視聴率が取れないという構造的な課題がある。

番組企画をするときにターゲットの問題は必ず出てくる。フジテレビが強かった時代は、若い女性を核として高視聴率を取っていたし、話題も作った。今は人口構成自体が変わり、高齢化している。若者に特化して企画を作るのは得策ではないと思う。

企画や時間帯、曜日、ジャンルによってターゲットは考えたほうがいい。報道・情報番組とバラエティとドラマでも違う。私はあまりターゲットを前提にして番組企画、編成を決めてしまうのは賛成しませんね。臨機応変にやったほうがいい。

局の「一体感」をどう復活させる?

――今後は若者に強いフジテレビというイメージが変わる可能性もある?

可能性はある。もちろんスポンサーのニーズもあるので、どういうターゲットに訴えたくてCMを使うのか、ということも聞きながら番組企画や編成も作っていきたい。


宮内社長は、若者に強いというフジテレビのイメージすら変わる可能性があると指摘する。今後数年の大変革を視野に入れているようだ(撮影:風間仁一郎)

――そうした部分には宮内社長もかかわっていく考えか。

広告代理店だけでなく、クライアントにもこれから幅広く聞いていく。社長対社長で酒を飲むだけじゃなくて、商品開発や広告宣伝、企業広報とか、その辺の情報も聞きながら番組企画とかイベント企画を考えていくべきだ。視野を広げて仕事を進めていかないといけない。

――会社の「一体感」をどのように復活させるのか。

岡山放送などの地方局では、観光名所の桜や紅葉が見頃だ、といった四季折々の話題がある。それを全国情報として出してもらいたいと考えるが、フジテレビに頼んでも返事がなく、コミュニケーションできないことも多かった。

どうすれば情報を出せるかなど、地方局としっかりコミュニケーションする必要がある。そのうえで社内の横串的なコミュニケーションがあれば、「岡山の桃が話題らしいぞ」とか、編成や営業会議で話題に出るかもしれない。地方の話題が取り上げられれば、系列局の一体感も出てくる。

また営業の場合、クライアントの要望が難しいものだったとしても、しっかりと検討して「こういうやり方があるので、再構築してみてはどうか」などとコミュニケーションする必要がある。

会社の全体会議でも話をしたが、こうした習慣を続けると、系列局やクライアントとのフジテレビの関係も親密になるし、社内の横のコミュニケーションもよくなっていく。一体感はそういう積み重ねじゃないかな。

――これまで印象深かった仕事のエピソードを教えてほしい。

まずは社会人1年目で大阪支社に転勤し5年間営業をしたこと。本当に苦しんだ。当時は視聴率が悪く、スポンサーに会ってすらもらえなかった。毎日通い詰めて名前を覚えてもらって、ようやく係の男性に会えるようになって、そういうのが1年半ぐらい続いた。最後は宣伝部長に会ってもらって出稿してもらえたが。あのつらさは今でも忘れない。


宮内正喜(みやうち まさき)/1967年慶応義塾大学法学部卒業、フジテレビ入社。常務取締役では編成や制作、広報、総務、人事、情報システムなどを担当。経営戦略を統括する専務取締役に就任。2007年に岡山放送社長、2015年にBSフジ社長に就任し、2017年6月から現職。「FNS歌謡祭」など歌番組に愛着を持つ(撮影:風間仁一郎)

秘書室長時代の7年間(1992年から)も厳しかった。テレビ局に入るのは番組を作りたいとか報道記者になりたいとか、イベントにかかわりたいとかでしょ。なぜ秘書室に入らなくてはならないのかと思っていた。つらいときのことは細かいことまでよく覚えている。

やはり、いちばん苦しい仕事をした職場が自分のためになったと思う。新人研修などで「嫌なところに配属になっても一生懸命やろう。10年後くらいにあそこで仕事をしてよかったと必ず思えるから」と言っている。

――ネット配信は自社の「FOD」が中心。競合も増えているが、今後の戦略は?

ネット配信はテレビよりも嗜好が多様化した視聴者がいるので、外部のクリエイター集団なども巻き込んで制作できるようにする。これまで他局になかったものをやっていく。ただ、全体の利益を圧迫しては困るので、プラスになるようなビジネスに早くしていきたい。

FODも現在のように地道に続けていくのがいいのか。どこかで規模を広げることも考えられるし、いろいろな仕掛けがあると思う。ネット配信が見逃し番組だけで、テレビの二番煎じだと思われてしまうと発展が遅れる可能性がある。どんどん新しいものを打ち出していく。

社長が代わったから、ネット展開を加速させる

――ネットを軽視している社員も多いと聞くが。

若い社員では意識の高い人も多い。やはり技術革新に背を向けたら負け。これは経営トップがやってはいけないことだ。苦しいけれど新しいコンテンツを供給し、ビジネスをいち早く作り出すことのほうが大事だ。「発展するかわからないし、儲けになるかわからない」というのはダメ。私はそういう姿勢は取らない。社長が代わったから加速させますよ。

――総務省で地上波の放送をネットで同時配信する議論が進んでいる。NHK(日本放送協会)が2019年に開始したいとの方針を打ち出しているが、どう考えているか。また、民放側にはどんな課題があるのか。

民放各局としては進めていくべきだろう。ただ、日本の放送業界は(公共放送の)NHKと(商業放送の)民放の「二元体制」で発展してきた。NHKがやろうとしているのは、それを根底から崩すような形だ。日本民間放送連盟(民放連)として足並みをそろえて反対している。

地方局については難しい問題だ。現状を考えると、ネット配信は非常に厳しいライバルになる。ただでさえ、圧倒的にケーブルテレビのシェアが高い県もあり厳しい。国の政策として保護のための対策を考えてもらいたい。

――サンケイビルを中心とする都市開発事業が利益の過半を占めている。同事業についてはどんな成長戦略があるのか。ほかの事業も含め、グループの利益の全体像をどう考えていくのか。

今回、フジテレビとホールディングスの社長、会長(嘉納修治氏)をそれぞれ兼務としたのは、テレビだけでなく、ほかの事業も含めたポートフォリオ戦略をスピーディに経営判断できる体制にしたからだ。ホールディングスとしてはトータルで売上高、営業利益を上げることが大事で、フジテレビが苦しいときに都市開発事業が稼いでくれるのはありがたい。

時代によってセグメントの浮き沈みはある。あるときは通販のディノス・セシールが伸ばすかもわからないし、音楽のポニーキャニオンが大ヒットで「たいやきビル」(「およげ!たいやきくん」のヒット後に竣工した新社屋)を作った時代もあった。このセグメントを伸ばすとか、抑えるといった考え方を取らないほうがいいと思う。

今は本当に都市開発がいいし、しかもそのノウハウはテレビ局だけでは持ちにくい。東京五輪や統合型リゾート(IR)構想に対してノウハウを生かし、2段階、3段階ぐらいグループが発展する起爆剤にしたい。