引越社は組合に加入した従業員に不当労働行為をしたと認定された。ところが・・・(写真左:梅谷秀司、右:今井康一)

「アリさんマーク」で知られる引っ越し専業大手の引越社。8月23日、東京都労働委員会(都労委)は同社に対し、社外の労働組合に加入して交渉を求めた男性社員に対する不当労働行為を認定し、救済措置を取るよう命じた。

ところが、同社はこの命令を不服とし、不服申し立て期限の9月7日までに中央労働委員会に不服を申し立てたことが東洋経済の取材で判明した。なぜ矛を収めようとしないのだろうか。

まずは都労委の命令書に基づいて、同社でどのような行為が繰り返されていたのかを振り返っていこう。

従業員の組合加入がきっかけ

引越社は愛知県名古屋市に本社を構えるが、東京と大阪に地域会社(引越社関東、引越社関西)を持つ。グループ全体の従業員数は約4000人。もともと社内に組合はない。事の発端は2015年3月中旬、従業員19人が個人加入できる組合「プレカリアートユニオン」に加盟したことだった。

従業員たちは、過去に起こした車両事故の弁償金返還を求めて団体交渉を申し入れた。団交は同年4月下旬に開催されたが、この間、実に13人が組合を脱退した。

会社側は脱退工作の事実を認めていない。しかし、都労委は今回の命令で「金銭を支払って(弁償金について組合員と)和解することと引き換えに組合を脱退するように、元従業員を使って働きかけたものと見ざるをえない」とした。

また、引越社関東では団交後、組合員で唯一の正社員である有村有さん(仮名、35歳男性)に対し、短期間のうちに外回り主体の営業専門職から内勤のアポイント部、さらにはシュレッダー係へ配置転換を命じた。そして2015年8月中旬には懲戒解雇とした。

「会社にたてついたら一生を棒に振る」


社内に掲示された「罪状」ペーパー。会社側のこうした行為は、都労委による異例の措置を招くことになった(写真:プレカリアートユニオン提供)

懲戒解雇理由を書いた、「罪状」などと記した紙を社内に掲示するとともに、「会社にたてついたら一生を棒に振りますよ」などのメッセージを社内報に掲載し、全従業員の自宅に送付した(その後2カ月以内に有村さんの懲戒解雇は取り消されたが、職場復帰後もシュレッダー係のままだった)。

都労委の審査で会社側は、「シュレッダー係への配転は賃金や労働時間を含めた勤務条件に変更がないので不利益な取り扱いではない」「配転理由は遅刻が多いから」と主張してきた。

しかし、引越社関東では業績評価において遅刻などの勤務実態があまり重視されていないこと、遅刻を理由にシュレッダー係に配転された過去の事例が示されなかったことから、都労委は「シュレッダー係への配転は組合加入を理由とした不利益な取り扱い」と結論づけた。

また、有村さんと会社側管理職との面談で「組合、組合と言ったら何でも通ると思ったら大間違いだ」といった発言や、懲戒解雇翌日に有村さんの父親に宛てた手紙から、都労委は「労組に対する嫌悪感を持っていたことが認められる」と指摘。

そして「総合的に判断すると、従業員から処遇改善を初めて求められた引越社関東が、組合の影響力が強まることを懸念し、これを抑制することを狙って、有村さんに不利益な取り扱いをすることにより、組織拡大を抑止することにあったと見ざるをえない」と結論づけた。

そのうえ都労委は、引越社に対し、不当労働行為をやめるように命令するとともに、「都労委から不当労働行為と認定されたと社内報に記し、その社内報を全従業員の自宅に送付するように」という異例の措置を命じた。

全従業員に対し見せしめ的なメッセージを送った引越社は結局、全員に自らの不当行為を認める通知をしなければならなくなったわけだ。

都労委の判断が不服なら、命令から15日以内に中央労働委員会に申し立てることができる。引越社は期限の9月7日までに、同委員会へ不服を申し立てた。

東洋経済の取材申し込みに対して9月13日までに回答がなかった。そのため、同社がどの命令を不服としているかは不明だ。ただ、これで闘いの舞台を都庁から厚生労働省へ一部移すことになった。

実は都労委では他の審議も続いている。先日の命令は比較的早く判断が出せそうな件のみを優先しただけで、ほかにも審議を継続している案件がいくつもある。


シュレッダー係をしていた当時の有村さん。現在は以前の営業専門職に戻っている(写真:プレカリアートユニオン提供)

「会社が業界紙に組合員の自宅住所などの個人情報を漏洩したのではないか」「会社は組合を通さずに組合員と個別に和解したのではないか」「有村さんがシュレッダー係になる前にアポイント部に配属された時点で賃金が減額されたのではないか」。そして、有村さんの懲戒解雇そのものなどだ。

シュレッダー係への配転については、今年5月に和解が成立しており、有村さんは6月から労組加入前に従事していた営業専任職に復帰している。だが、有村さんを含めた組合員らによる弁償金返還や、残業代請求の訴訟(原告40人で請求金額2億円超)は今でも続いている。

「訴訟のおかげで会社はよくなった」

引越社の他の社員は、今回の件をどうとらえているのか。

40代のある社員は、「急成長した結果、会社には粗削りの部分がある。有村君が(訴訟などを)やってくれたおかげで、会社がよくなっている部分もだいぶある」と語る。

以前は残業が多く、日付が変わった後に自宅に帰ることも珍しくなかったという。しかし「今はそんなことはなくなった。週1回取れればよかった休日も、今では月10日は休むように会社に言われている」と語る。この社員によれば、個々の引越作業に達成感を強く感じ、引越作業に精通したプロ意識の高い社員が、会社を支えているのだという。

こうした社員がいる間に引越社は労働紛争に決着をつけ、労使関係の構築を図るべきだろう。そのためにはまず都労委が指摘した「労組への嫌悪」がどこに由来するのかを分析し、その嫌悪を捨てる必要がありそうだ。