起こりうる異常事態。飛行機でそれが発生した場合、どうしたらよいのでしょうか。「すべり台」の滑り方、救命胴衣を膨らませる場所など、知っておくと万が一のとき、役に立つでしょう。

これをクリアして、初めて着られる制服

 羽田空港付近に立地する、あるJAL(日本航空)の建物内部には、“プール”と飛行機の実物大模型が設置されています。海上に不時着した場合など、万が一を想定した救難訓練を行うための施設です。


羽田空港付近の建物内にあるJALの救難訓練施設。プールや実物大の飛行機模型などを備える(恵 知仁撮影)。

 JALでは、新人CA(客室乗務員)の訓練にあたってまず救難訓練を実施しているとのこと。「CAは保安要員」であることを自覚するためといい、救難訓練の筆記審査、実技審査を通らないと制服を着られないそうです。

 また機材によってやり方が異なるため、機材ごとのそれを学ぶ「型式訓練」もここで実施されており、試験を経たのち、その機材へ乗れるようになります。JALの「新人訓練」ではボーイング777、767、737を学び、国際線へ行くときに787を学ぶといいます。

 この施設では新人のほか、さまざまな人を対象にした訓練が行われており、特徴的なもののひとつが「復帰訓練」です。半年以上休業した場合、資格が失効するため再試験が必要なほか、長く休んだ場合は5日間の訓練と試験を受けねばなりません。女性が多いCAという仕事、産休などで長く休んだ場合、ここで再び学び、空へ戻っていくわけです。

 CAが年に1回、必ず行うよう決まっている定期救難訓練もここで実施されるほか、JALでは現在、地上スタッフもここで研修を行っているそうです。対象はJALグループ全社員およそ2万人。JALグループの人間として飛行機に乗ったとき、「援助者」として適切に行動できるようにするためといいます。

飛行機からすべり台で脱出 手荷物がNGなワケは?

 機内からの緊急脱出訓練を、この施設で実演してもらいました。陸上で行う場合は、非常口など展開する“すべり台”のような「緊急脱出スライド」を使います。


非常口から展開したすべり台のような「緊急脱出スライド」(恵 知仁撮影)。

 このとき行われた陸上への脱出訓練は、離陸滑走中に大きな衝撃を受け、緊急脱出するというもの。衝撃を受けた(という設定の)瞬間、機内にCAの「頭を下げて! Heads down!」という声が、非常に大きく響き渡ります。


機内に充満する模擬的な煙。

ドアの窓から外を確認したのち、脱出を開始。

フラッシュライトやメガホンで暗い機内を誘導する。

 そして停止したところで、まずCAが外を確認。陸上だと分かり、「陸上脱出」が始まります。この施設では、機内に模擬的な煙を発生させることが可能。CAはできるだけ頭を低くするよう、乗客へ伝えます。床から高さ30cmの部分に、比較的新鮮な空気があるからです。


まず軽くジャンプするようにスライドへ。


空中で正しい前傾姿勢をとって……。


そのままお尻から着地、スライドで滑り降りる。

 地上へ脱出するスライドの準備がととのい、脱出する際、すべり台のように座ってから下へ降りるのは正しくありません。軽くジャンプするように機内から出て、お尻からスライドへ着地。そのまま滑り降りるのが正しいスライドの滑り方だそうです。

 スライドを降りる際は前傾姿勢をとります。仰向けに近い状態になると、スピードが出てしまうからです。また、スライドに手を付けてはいけません。摩擦で熱くなってしまいます。


実際はスライドの滑り終わりに補助してくれる人がいる。

スライドの上から陸を見る。一般的なすべり台より急と思われる。

施設で救難訓練の研修を受けるJALグループの社員。

 こうした緊急脱出の際、手荷物は置いていく必要があります。実際にそうした事態へ遭遇したとき、一緒に持っていきたいものもあるでしょう。しかし手荷物をおなかに乗せてスライドを滑ると、正しい前傾姿勢がとれずスピードが出てしまうなどして、ケガをする可能性があります。

 先述したCAではない、JALグループ社員を対象とする救難訓練研修は、こうした脱出のとき、「手荷物を持たないで」と乗客に徹底させ、パニックコントロール、声かけなどでCAをサポートできるようにする、という目的があるそうです。

脱出場所が海上だったら? 座席で救命胴衣を膨らませるのがNGなワケ

 海上で緊急脱出する場合は、救命胴衣やボート(救命ラフト)を使います。


実際に水が張られているプールへ、機内から脱出する。

さまざまな状況を設定できる訓練模型。

救命胴衣の使用方法を説明する。

 ただ注意が必要なのは、救命胴衣を膨らませる場所です。膨らむと圧迫され、下も見えなくなるため、座席でやってしまうと脱出に時間を要してしまいます。そのため救命胴衣はボートに乗る直前、もしくは翼の上に出てから膨らませるとのこと。ちなみに、近年の「シングルチャンバータイプ」という救命胴衣は軽く、着用しやすくなっているそうです。


救命胴衣。膨らみが足りない場合は赤い管から口で吹き込む。

外の状況を確認し、ドアをあける。

 スライドやラフトは非常口などのドア下部に収納されており、それを展開して脱出します。またスライドにはラフトにもなるものと、スライドの機能だけのものがあり、後者は海上では使いません。


ラフトへ移動する直前に救命胴衣を膨らませる。

水に浮かぶラフトへ乗り込む。

移乗が完了したら、ラフトを機体から切り離す。

 脱出が完了したのち、ラフトには雨でも晴れでもオレンジ色のテントを張ったうえ、ほかのラフトと連結します。捜索隊から見つけやすいように、海上でオレンジの色を大きく、目立つようにするといった目的があるそうです。


オレンジ色のテントをラフトに張る。

ラフトに用意されているサバイバルキット。

 なおラフトには「サバイバルキット」が用意されており、魚の種類、星の読み方などが書かれたサバイバルのマニュアル、雨水を飲料水にする錠剤、鏡などが備えられています。鏡は光の反射で見つけてもらうためといいます。


いざというときの非常食。

必要なとき、上から飛び出てくる酸素マスク。

 異常事態に備え、飛行機には非常食も用意されています。ビスケットバーが240kcal、ゼリーが59kcalと、サイズの割に高カロリーなのが特徴です。そのビスケットバーを食べてみましたが、非常食なので違って当然ですけれども、ビスケットというより和三盆のような食感、味でした。