ビンボーでも幸せな人は、なぜ幸せなのか

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日本で最も幸福な都道府県は、ダントツで沖縄県だという。沖縄の平均年収は全国最低で、失業率は全国最悪だ。どうすればお金がなくても幸せになれるのか。幸せをつかむ近道を、「幸福学」が解き明かす──。

■「幸せですか」だけで幸福度は測れない

私は、幸せになるための仕組みを学術的根拠に基づいて体系化する「幸福学」の研究者です。その目的は誰でも幸福になれるようにすることです。

厄介なのは「幸福」の定義が曖昧なことです。個人差は大きく、言語が違えば意味も変わります。たとえば英語の「happy」と日本語の「幸せ」は同じではありません。「happy」は「幸せ」よりも「嬉しい、楽しい」という意味が強い。また「幸せ」は持続的な心の状態ですが、「嬉しい」「楽しい」はその場の気分や感情をあらわすものです。そのため心理学では「well-being(幸福、福利、健康)」という言葉で、幸福の研究が行われてきました。また、文化的背景や国民性によっても、幸せの感じ方には差があります。たとえば国別に幸福度調査をすると、日本より西洋諸国のほうが「自分は幸福だ」と感じる人の割合が高い傾向があります。10段階で幸福度を聞くと、西洋のピークは8だけですが、日本では5と8の2カ所に山ができます。

こうした調査は一定の手法に基づいて行わなければ定量的な比較ができません。心理学の世界で最も広く使われているのは、「ディーナーの人生満足尺度」です。考案したエド・ディーナーは2008年まで34年間、米国イリノイ大学の教授を務めていました。彼は「幸福学の父」と呼ばれています。

「ディーナーの人生満足尺度」のポイントは、「あなたは幸せですか」といった単純な質問ではなく、5つの質問に7段階で回答してもらうことで、「幸福」という言葉の曖昧さや、直近の気分の影響を受けにくくしているところです(図1)。この調査では自分が今どれくらい幸福と感じているかという「主観的幸福度」がわかります。たとえば各種調査によれば、中国の大学生より日本の大学生が、日本の大学生よりアメリカの大学生のほうが「主観的幸福度」は高いようです(図2)。

■なぜ収入が上がっても幸せになれないのか

では、そもそも人が「主観的幸福」を感じる要因とは何でしょうか? 真っ先に思いつくのはお金、すなわち収入です。たしかに収入が高ければ高いほど、住居や食事、衣服や嗜好品にたくさんのお金をかけて贅沢ができます。

ところが、プリンストン大学名誉教授でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは、10年に驚くべき研究結果を発表しました。それは、「感情的幸福は、年収7万5000ドルまでは収入に比例して増大するのに対し、7万5000ドルを超えると比例しなくなる」というもの。米世論調査会社のギャロップが08年から09年にかけて調査したデータを分析し、得られた結論です。

1ドル100円で換算すると、7万5000ドルは日本円で750万円。ただ、アメリカ人は日本を含むアジア諸国の人よりも金銭欲が高い傾向にあるのかもしれません。よって、日本では年収500万〜600万円程度でしょうか。これは日本人男性の平均所得511万円(14年)とほぼ同じ水準です。

なぜ「収入が高いほど幸せ」とはならないのか。その理由は、お金によって満たされるのは、あくまでも「生活満足度」だけで、「幸福度」ではないからです。「生活満足度」は、「幸福」をつくる要素のひとつにすぎません。

「生活満足」は持続時間の短い感情的満足です。家やクルマ、外食などの消費で得ることができますが、次第に飽きてしまうものです。一方、「幸福」とは、「生活満足」だけでなく、長期かつ安定的に心を満たしてくれるものです。友人とのつながり、築き上げた家族、今まで歩んできた人生の歴史に抱く充実感。これらは「お金では買えないもの」だと言えます。

「生活満足度」は他人と比べられるもの、「幸福度」は他人と比べられないもの、という言い方もできるでしょう。人間の金銭欲、他人との比較欲は際限がありませんから、どんなに豪華な家やクルマを所有していても、それを超える豪華なものが目に入れば、満足度は下がります。しかし、人とのつながりや人生の充実は、他人との比較で簡単に価値が揺らぐものではありません。

平均以下の低収入では、衣食住に問題を抱え、幸福度は低くなってしまうでしょう。しかしある程度の収入――ひとつの目安として7万5000ドル――に達すると、基本的な生活には支障がなくなります。つまり、それ以上の収入は「生活満足度」を引き上げることはあっても、「幸福度」にはあまり寄与しないというわけです。

年収が高ければ「快適」であり「便利」にはなりますが、それは必ずしも「幸せ」とは関係ないようなのです。

■幸せになる近道は「非地位財」の追求

幸福について「持続性」という観点からもう少し考えてみましょう。

経済学者のロバート・フランクは周囲との比較で満足を得るものを「地位財」、他人との相対比較とは関係なく幸せが得られるものを「非地位財」と整理しました。「地位財」の具体例は、所得や貯蓄、役職などの社会的地位、家やクルマなどの物的財。一方の「非地位財」は、健康、自由、愛情などです。この2つの違いについて、心理学者のダニエル・ネトルは著書『目からウロコの幸福学』で、「幸福の持続性が異なる」と論じています(図4)。

図では「結婚」が両者の間にあります。これは「結婚」が、「他人に自慢できる配偶者」「家庭を持っているという社会的ステータス」という意味では地位財であり、「パートナーとの絆」「家族への無償の愛、つながり」という意味では非地位財だからです。

重要なのは、地位財による幸福は長続きしないのに対し、非地位財による幸福は長続きする、という点です。「少しでも年収を上げたい」は地位財の獲得を目指す志向ですが、それでは幸福が持続しません。

それなのに、なぜ人はついつい地位財の獲得に走ってしまう――目の前にぶらさがった具体的な餌に飛びついてしまう――のでしょうか。フランクは、人間は自然淘汰に勝ち残って進化してきた生物だから、と説明しました。子孫を残すために重要なのは「競争に打ち勝つこと」。だから人間は、競争に勝つと嬉しくなるようにできている。そのため、他人との比較優位に立てる「地位財の獲得」を目指してしまう。

しかし現代社会では、生存競争にそこまで躍起になる必要はありません。平均年収を超える程度までは「地位財」を目指し、それ以降は幸福の持続性が高い「非地位財」を追求するのが、幸福をつかむ近道かもしれません。

■87個の質問を「寄与度」で並べ替え

「地位財」「非地位財」の分類を踏まえたうえで、幸せになるためにはどんな要素が重要なのでしょうか。そのヒントとなりそうなのが、私が研究している「幸せの因子分析」です。

因子分析とは、たくさんのデータの間の関係を解析する「多変量解析」のひとつです。物事の要因をいくつか求め、そうした複数の要因がその物事にそれぞれどれくらい寄与しているかを数値化します。私の研究ではインターネットを通じて集めた1500人に、29項目・87個の質問に答えてもらうことで、自分が幸せだと感じるのに大きく寄与している心的要因をリストアップし、大きく4つに分類しました(図5)。当然、これらの大半が「非地位財」に関連しています。

第1因子は「やってみよう!」因子。自己実現と成長の因子です。自分の強みがあるかどうか、そして強みを社会で活かしているかどうか、そんな自分は「なりたかった自分」であるかどうか、そして、よりよい自分になるために努力してきたかどうか、といったような項目が並んでいます。大きな目標を持っていること、大きな目標と目前の目標が一致していること、そして、そのために学習・成長しようとしていることが幸せに寄与しているのです。

第2因子は「ありがとう!」因子。つながりと感謝の因子です。第1因子が自己実現や成長など自分に向かう幸せだったのに対し、第2因子は他人に向かう幸せだといえます。

また第2因子については、興味深い発見がありました。実は「友達(親密な他者)の人数が多いかどうか」自体は、幸福にあまり関係しません。関係が深いのは「多様な友達がいること」だったのです。多数ではなく多様。つまり、いろいろな職業、年齢、性格、国籍の友達がいる人のほうが、そうでない人よりも幸せを感じられるのです。毎日を職場と家庭の往復に終わらせている人は、幸せになりづらいのです。

第3因子は「なんとかなる!」因子。前向きと楽観の因子です。「楽観性」や「気持ちの切り替え」は先天的な気質だと思われるかもしれませんが、私の経験からは、そうとも言い切れません。私は子どもの頃は内向的・悲観的・神経質でしたが、今ではむしろ真逆の気質です。これは上京をきっかけに、もっと明るく、ポジティブで、積極的な人間になろうと決意し、サークルや部活動、バンドなどに精力的に参加したからだと思います。最初は疲れましたが、確実に性格が変わりました。

米国で盛んな「ポジティブ心理学」によれば、物事を前向きに解釈する人、外交的な人ほど幸福を感じやすく、反対にネガティブな態度を取り続けている人は幸福を感じづらくなることがわかっています。主観的に幸福な人は、そうでない人に比べて、病気になりにくく、寿命が長く、収入が多いというのです。気質や性格は、行動で変えられます。悲観するのは端的に損です。

第4因子は「あなたらしく!」因子。独立とマイペースの因子です。これは「地位財」に目がいくのを抑えるという点で重要です。たとえば「自己実現と成長」を目指すとき、「あいつより出世する」というのは間違い。人の目を気にせず、自分のペースで努力することが幸せを長続きさせるコツです。

■日本の「幸福度」は世界順位で53番目

あらためて「幸せの4つの因子」を見渡すと、いかに幸福にとって「お金」が一部の要素にすぎないかがわかると思います。「収入が増えれば、幸せになれるはずだ」と仕事ばかりに目を血走らせるのは、遠回りの愚行です。4つの因子を念頭において行動すれば、より効率的に幸せになれるはずです。

経済的な繁栄が幸福と連動しないことは、国連が今年3月に発表した「世界幸福度報告書」でも証明されています。日本は世界の実質GDP(国内総生産)ランキングでは、アメリカ、中国に次ぐ第3位ですが、幸福度ランキングでは53位でした。

幸福度ランキングの第1位はデンマーク、2位はスイス、3位はアイスランドで、アメリカは13位、イギリスは23位、フランスは32位、イタリアは50位で、日本はその下でした。

また内閣府の「幸福度に関する研究会」の報告によると、日本人の1人当たり実質GDPは1960年代から増え続け、この50年で六倍になりましたが、「生活満足度」はほとんど変わっていないのです(図6)。内閣府が調査している「生活満足度」は、幸福度そのものではありませんが、ひとつの指標として大いに参考となる結果です。

■日本のワースト3は群馬、福島、新潟

年齢や地域、家族構成や性別などの属性によっても幸福の感じ方は違います。たとえば年齢。実は人間は年を取れば取るほど、自然に幸せを感じやすくなるようにできています。

図7を見てください。これは、ディーナーがまとめた「感情」と「人生の満足度」に関する世代別の結果ですが、年を取れば取るほどネガティブな感情は減退し、満足度は上がっています。また、図8を見ると、多忙で子どもの出費などに苦しむ40代では人生の満足度が一旦下がるものの、60代以降は概ねどのような状況の人でも満足度が上がることがわかっています。「年寄りは卑屈で不機嫌」というイメージは、大きな誤解だといえます。

これは加齢によって脳の働きが変化し、細かいことを考えるための脳の神経回路が衰えて、全体的なことしか考えなくなるからだとみられています。これはネガティブなことではなく、むしろ「脳の全体関係化」「第3因子(前向きと楽観の因子)の獲得」とでもいうべきことだと思います。

加齢による「人生の下り坂」はネガティブイメージですが、むしろ上りのような苦しさはなく、ゆっくりと見晴らしを楽しみながら歩いていけます。人は、年を取るほどに幸福度が上がっていく存在なのです。

住んでいる地域によっても幸福度には差が出ます。2014年、私は博報堂と共同で、日本国内の地域別の幸福度を測定する「地域しあわせ風土調査」を行いました(図9)。その結果は驚くべきものでした。ベスト3は沖縄、鹿児島、熊本。九州・沖縄地方の幸福度が高く、全体的には「西高東低」となりました。沖縄県の平均年収は全国の都道府県でも最下位。失業率も5%近くと全国最悪です。所得と主観的幸福度が比例しないことがわかります。

一方、ワースト3は群馬、福島、新潟でした。関東近郊の群馬と福島は、東京と物質的な面で比較してしまう人が多いのかもしれません。

次に、男女の幸福度の差です。一般的に世界中多くの国では、男性より女性のほうが、主観的幸福度が高い傾向にありますが、日本はそれが特に顕著。日本は女性が男性よりずっと幸せな国なのです。なお女性が感じる幸福度は、「未婚」より「既婚」、「子どもなし」より「子どもあり」、ありの場合は「3人」が最も幸せという結果でした。

■「貧乏子沢山」はなぜ幸せなのか

こうした結果は、これまで見てきた「地位財」と「非地位財」、「幸せの4つの因子」という考察と整合性があります。つまり、「結婚や子どもの存在は主観的幸福度に比例する」と考えられます。「家族をつくる」は前述した、多様な人とつながりを持つ幸せに含まれるアクションのひとつです。

がむしゃらに働いて、出世を目指す、そういう生き方は「地位財」を増やすだけで、その幸福は持続しません。仕事はそこそこでも、家族や友人との時間をしっかり持てているほうが、「非地位財」を増やせるはずです。極論すれば、「可処分所得の多いお一人様」よりも、「貧乏子沢山」のほうが、幸せになりやすい。そのことは数々のデータが示している通りです。

もちろん、配偶者や子どもは「愛情を注げる他者とのつながり」を担保する存在のひとつにすぎません。独身であっても、支え合う仲間や信頼できる友人が相当数いれば、幸せな人生を過ごすことは十分に可能なはずです。

誤解してほしくないのですが、私は「結婚して子どもをつくらなければ幸せになれない」とか「沖縄の人のように暮らすのが一番だ」と主張したいわけではありません。大切なのは、幸福のメカニズムを知り、今の暮らしを振り返ることです。なぜ既婚者や沖縄の人の主観的幸福度が高いのか。その理由を考えることが重要だと思います。

これまで日本は、欧米型の資本主義を手本にしてきました。そのひとつの到達点は「カネで買えないものはない」というライフスタイルです。しかし、それで高められるのは「生活満足度」であって、「幸福度」ではありませんでした。いま地方への「Uターン」に注目が集まっているのも、そうした価値観からの揺り戻しでしょう。だからこそ、世界中で「幸福学」が流行しつつあるのです。私の研究が、みなさんの働き方や暮らし方を見直すきっかけになれば嬉しく思います。

 

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前野隆司
慶應義塾大学大学院 教授。1962年生まれ。86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、キヤノン入社。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。11年よりSDM 研究科委員長。博士(工学)。『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』など著書多数。

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(慶應義塾大学大学院 教授 前野 隆司 構成=稲田豊史)