「パトリオット・デイ」ボストンマラソン爆弾テロ犯逮捕までの102時間、どうやって日常を取り戻すのか

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2013年4月15日に発生した、ボストンマラソン爆弾テロ事件。映画『パトリオット・デイ』はこのテロ事件が発生してから犯人たちが逮捕されるまでの流れを緻密に追った群像劇である。


爆弾テロ犯逮捕までの102時間を丹念に追う


監督ピーター・バーグ、主演マーク・ウォールバーグという、あんたらその組み合わせ何回めだよ、な実録コンビによる一作。ちょっと前に公開された『バーニング・オーシャン』もこの二人による映画で、こっちもアメリカでは2016年に公開されている。しかしピーター・バーグ、多作である。

殺人課の刑事トミーは、4月15日の朝から本来の業務とは無関係なはずのボストンマラソンの警備に駆り出されていた。毎年祝日である「パトリオット・デイ(愛国者の日)に開催されるこのマラソンは今年で117回目。50万人の観衆を集めるビッグイベントだ。トミーの担当はゴール地点付近。レース開始から4時間あまりが経過し、次々にランナーたちがゴールしてくる。

その最中、トミーの背後でいきなり大爆発が発生! 周囲は戦場のような大混乱に陥る。続出する負傷者。逃げ惑う人々に、爆発を知らずゴール地点に突っ込んでくるランナーたち。パニックとなる現場を走り回り必死で無線連絡を入れるトミー。

間も無く到着したFBIのリックら捜査班は、現場に散らばった対人殺傷用の金属片を発見し、「これはテロだ」と確信。現場はFBIが管轄することに。犯人逮捕に燃えるボストン市警と強権的なFBIとの確執の中、トミーは負傷者たちへの聞き込みを開始。やがて捜査線上に不審な「黒い帽子の男」と「白い帽子の男」が浮上するが……。

と、あらすじを書いてみたものの、なんせこの映画は実際の事件そのままなので、ウィキペディアの「ボストンマラソン爆破テロ事件」の項目を見れば大体最後までネタバレしている。ただ、やっぱり編集された映像の形で見せられると圧倒的にわかりやすい。一瞬にして平和なマラソン会場が地獄絵図になるくだりは誰がどう見てもひどいし、中盤の銃撃戦ではやたらと重い発砲音(この映画、銃声がすごくかっこいいんですよ……)が緊張感を盛り上げる。

実話っぽくていいなと思ったのは、一応主人公であるトミーが決定的な現場にあんまり居合わせないことだ。最初の爆弾テロでは爆発現場に居合わせたものの、その後のトミーはほとんど聞き込みをしているか車を運転しているだけ。銃撃戦には巻き込まれないし、犯人逮捕の際に決定的な役割を果たすのはFBIの人質救出チームだ。物語上、トミーの役割はほとんど狂言回しに近い。では誰がこの物語の主人公なのかというと、ボストン市民なのである。

普通の人々による、「普通の日常」を取り戻す戦い


この映画は始まってからしばらく、一見するとなんの関係もない人々の生活を細かく描写する。奥さんが看護師をやっている若い夫婦。スマートフォン用のアプリケーション開発を行う中国系留学生。マサチューセッツ工科大学の警備を担当する警官と、彼にデートに誘われた学生。近所に住んでいる親子。そういった"生活"のディテールを、映画の冒頭からひたすら丹念に追う。

これらなんの関係もない人々が、2発の爆弾によって大小の影響を受けることになる。ある人は脚を失い、ある人は逃走中の犯人に脅迫され、ある人は命を失う。前半で生活のディテールがしっかりと描かれ、一人一人の人物像が掘り下げられたところで彼らを襲う悲劇は、観客にとってもけっこうなダメージとなる。

この映画には警察など司法関係者にも明確な主人公が存在しない。銃撃戦に巻き込まれるのは「たまたまその場に居合わせた警官たち」であり、にも関わらず彼らは全力を尽くす。それを言うならテロの被害者たちも「たまたまあの日マラソン会場に居合わせた人たち」でしかないが、また彼らも事件を受け止め、これまでに築き上げた生活を取り戻すべく奮起する。そして映画の結末では、テロを乗り越えて以前の日常を取り戻すボストンの姿が立ち現れるのだ。

つまるところ、主人公がボストン市民というのは以上の点に尽きる。彼らは脅威を乗り越え、ボストンにありきたりな日常と生活を取り戻す。その主体となったのは名も無い警官であり、消防士やFBIの捜査官たちであり、そして普通の生活を営む普通の人々なのだ。だからこそ、彼らは映画の最後に「Let's go! Boston!」と歓声をあげる。これが泣かずにいられようか。『パトリオット・デイ』は真面目一徹の職人監督ピーター・バーグの実直な手腕が光る実録映画であり、そして本作には紛れもなく群像劇の豊かさが詰まっているのだ。
(しげる)