下を向いていた少年が、昆虫博士として数百億匹のバッタに挑む『バッタを倒しにアフリカへ』

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アフリカの半砂漠地帯には、ときおりバッタが大発生する。
東京都を丸ごと覆うほどの群れが作物を食い荒らし、年間被害額400億円以上。
飢きんの原因になるバッタを、先進国は放置したままだ。

サハラ砂漠の民は、永遠にバッタに怯える運命なのか。
彼らは研究者を待っている。過酷な砂漠で、いつ来るかわからないバッタの群れを迎え撃ち、ともに戦ってくれる、サムライのような昆虫博士はいないのか?

いました。

『バッタを倒しにアフリカへ』は、昆虫学者が数百億匹のバッタに対話を挑む、命がけの観察日記だ。


ファーブル先生、日本人少年の運命を決める


子供のころの作者は肥満児だった。
おにごっこをやると「ずっと鬼」。友達と遊んでも、すぐ息が切れる自分がまじることで、ゲームが成立しなくなる。
なさけなくて座り込むと、視線の先には虫たちがいた。

なんで彼らは、こんなに個性的な形をしているんだろう。
「ファーブル昆虫記」を読んだ。虫を捕まえて観察し、次々と新発見をする姿に憧れた。

大きくなったらファーブルになる!
下を向いていた少年は、ファーブルに導かれて空を見た。
チョウチョやトンボを追って、息を切らしても走った。

思いは変わらないまま、昆虫の研究者になった作者は、人生の分岐点に立つ。
虫の中でも特に好きなバッタが、アフリカで大暴れしているという。

観察して群れの行動パターンがわかれば、多くの人々を救える。
ただし、何も成果を出せなければ、研究者としての地位が危うくなる。

長年バッタをさわったせいで発症した「バッタアレルギー」も悩みだった。
バッタにふれると、じんましんが出る。
もし百億匹が集合してきたら、嬉しいけどショックで「バッタ死」しかねない。

日本に残るか、アフリカへ飛ぶか。
ファーブルは外で観察をしていた。外へ出よう。

虫捕り網を持ったサムライ、砂漠に立つ


アフリカ・モーリタニアのバッタ研究所で待っていたのは、ババ所長。
子供のころ砂漠で遭難した経験から、残りの人生を自然保護活動に費やすと決めた男だ。

所長は、バッタ被害を観察しにきた日本人に、こんな質問をした。

「電線に鳥が5羽止まっています。銃には弾が3発。何羽仕留められますか?」
「もちろん3羽!」
「ノン! 正解は1羽です。他の鳥は銃声を聞いたら逃げるだろ? いいかコータロー、それが自然だ」

自然には、計算ではわからないことがたくさんある。
なのに先進国の研究者は自然を見ないで、研究室で論文ばかり書いている。
バッタの神経がどうとか、題名だけでうんざりだ! サムライの国の研究者よ、お前は若いのに物事がよく見えている。「コータロー・ウルド・マエノ」を名乗るがよい!

バッタ軍団、サムライに恐れをなして姿を消す


「ウルド」はモーリタニアで最高の名誉を持つ名前。
前野ウルド浩太郎の砂漠生活が始まる。

ハリネズミのかわいさに大喜びして、簡単に手なずける。
枝で歯磨きができる「歯磨木」の効能に驚く。
手づかみの食事のあと、大人たちが指をなめる回数が多いことに気付く。砂漠地帯で脂っこい食事だから、手洗いの水を節約するためだ。

さりげない行動にも、必ず意味がある。
昆虫博士の目で物事を見ることで、旅日記はより濃い内容になる。
だが、肝心のバッタが現れない。サムライに弱点を見抜かれることを恐れたか、まれに見る干ばつのせいか。

研究を続けるため貯金を切り崩し、ブログを通じてPRした。日本では「ニコニコ超会議」で研究発表もした。コスプレもした。
「アフリカの緑を守ろう」と訴えても、人は素通りしていく。
ならば笑われてもいい、まず見てもらおう。

パンダ扱いされて中傷もされた。
パンダではない。パンダに擬態したバッタ博士だ。

緑を守り、夢をかなえるため、バッタ博士の戦いは今も続いている。
「第二のファーブル誕生」あるいは「邦人、砂漠でバッタ死」のニュースが届く日も遠くなさそうだ。

(南 光裕)