by U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters

南太平洋・ピトケアン諸島のヘンダーソン島は「絶海の孤島」のような無人島であるという環境のおかげで自然が保たれ、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されているのですが、いま、その美しさが漂流したプラスチックごみに覆い隠されるような状況に陥っています。なお、上記写真はハワイ諸島・レイサン島のもので、多くの海岸線で同じような問題が起きていることがわかります。

Exceptional and rapid accumulation of anthropogenic debris on one of the world’s most remote and pristine islands

http://www.pnas.org/content/early/2017/05/09/1619818114

Remote South Pacific island has highest levels of plastic rubbish in the world - Science News - ABC News

http://www.abc.net.au/news/science/2017-05-16/plastic-pollution-on-henderson-island-in-south-pacific/8527370

ヘンダーソン島の場所はGoogleマップで見るとここ。「ここ」といっても、かなりズームアウトしないと場所がどのあたりか分かりづらいのですが、だいたい「ニュージーランドとペルーを結んだ線の中間あたり」に位置しています。

ヘンダーソン島はピトケアン諸島を構成する島の1つで、ピトケアン島との距離は193km、最も近い大陸とは5000km以上離れているという「絶海の孤島」です。

現在は無人島ですが、調査によると、12世紀から15世紀にかけてポリネシア人の居留地があった時期があるとのこと。島は1606年にポルトガル人の船乗りであるペドロ・フェルナンデス・デ・ケリオスによって「発見」され「サン・フアン・バウティスタ(San Juan Bautista)」と名付けられました。この名前は「洗礼者・聖ヨハネ」という意味で、伊達政宗が送り出した慶長遣欧使節の使用した船の名前も同名がつけられていました。

サン・フアン・バウティスタ島にはこのとき誰も住まなかったようで、1819年になってイギリス東インド会社の船が島を再発見。船長の名前がヘンダーソンだったことから「ヘンダーソン島」と名付けられました。

1820年11月にはこの近海でクジラ漁をしていたエセックスという船がマッコウクジラによって沈められ、生き残った乗組員が3隻の小舟に分乗して12月20日にヘンダーソン島へと漂着しました。彼らは1週間後の12月27日に、3人を除いて、南アメリカへ向けて船をこぎ出していきました。島に残ることを選んだ3人は翌年の4月9日に救助されました。このことは生き残ったトーマス・チャペル氏が手記を残しており、のちにハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」の着想につながっています。

このあとも、あまり歴史上に名前が出てくる島ではないのですが、1980年代になるとアメリカ人ビジネスマンのアーサー・ラトリフ氏が別荘や空港の建設を計画。ピトケアン島評議会も計画を承認しましたが、環境保護団体がロビー活動を行った結果、イギリスの外務・英連邦省によって開発の中止が決定されました。こうして、手つかずの自然環境が残されることとなり、1988年に世界遺産(自然遺産)に登録されるに至りました。

歴史を振り返っても、人の手によって汚されるような島ではないように思えるのですが、タスマニア大学や王立鳥類保護協会の共同研究によると、ここ数十年増加し続けるプラスチックごみの影響はヘンダーソン島にも及んでいて、海岸には3770万個、合わせて17.6トンものゴミが堆積している状態だとのこと。1平方メートルあたりのゴミの量でいうと671.6個で、そのゴミのおよそ68%は海岸に10cmにもわたって積み上がっているような状況であり、密度は世界でも最高クラスだそうです。今でも島には1日で海岸線1mに対して1.7個から26.8個のゴミが流れ着くという状況だとのことです。