税務調査官が「トイレ」チェックする理由

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2015年から相続税増税の影響で、これまで相続税と無縁だった人が課税対象者になった。国税庁によると2015年の相続税申告件数は10万件を超えた。さらにその10%以上で実地調査が行われるなど税務調査が身近になってきた。税務調査官による実地調査での注意点とは。

■ますます身近になる税務調査

税務調査とは、税金の申告後に、国税局や税務署など国税当局が、納税者の帳簿、取引状況、資産状況などを確認し、内容に誤りがあれば是正を求める一連の調査手続きのことである。国税庁によれば、2015年に発生した相続の相続税申告件数(※)は10万3043件、実地調査件数は1万1935件で、その割合は11.58%。そのうち申告漏れ等が見つかったのは9761件で、申告漏れ課税価格は3004億円に上る。

フジ総合グループが相続に関心のある20代から80代までの男女277人を対象に、2016年12月に行ったアンケートによれば、実際に「税務調査を受けたことがあるか?」との問いに対し、28%の人が「ある」と回答。「税務調査に対して不安はあるか?」との質問では、「ある」「ややある」と回答した人が約6割に上った。

税務調査を理由なく拒否すると、1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金が科される。2015年の相続税増税によって、申告対象者が改正前に比べ倍増している状況において、税務調査もより多くの人に起こりえる事態となっている。今回は、税務調査が身に降りかかった場合にどう対応するか、そのノウハウを紹介したい。

(※)「相続税の申告書の提出に係る被相続人数」を申告件数とする

■マイナンバーで銀行口座が丸見え?

税務調査にまつわる話題としてまず挙げたいのが、「預金付番」である。2015年10月からマイナンバー制度が開始されたが、預金付番とは、金融機関の預貯金口座にマイナンバーが付される制度だ。2018年から実施が予定されており、2021年からは義務化の可能性も出てきている。これが始まると、複数に分散している故人の預金資産などを、国税当局が容易に把握できるようになる。一般に、被相続人の預金の全容を把握している相続人は少なく、不明のまま申告せざるをえないこともある。預金付番によって当局と納税者の間に情報格差が生じることになるため、納税者にとっては不利である。

当グループの調査によれば、税務調査が特に起こりやすいのは、申告から約2年後である。最初に税務調査の流れを追ってみよう。

「調査先の選定」には、「国税総合管理(KSK)システム」が駆使される。これは、全国に12ある国税局と、524ある税務署内の情報を一元的に管理するネットワークシステムであり、確定申告や源泉徴収票、納税者の出身校や勤務先、所得といった情報が蓄積され、それによって納税者の預貯金額を概算できるようになっている。

相続税の申告書が提出されると、銀行や証券会社から国税当局に故人の生前の入出金情報が取り寄せられる。KSKシステムによる概算額と申告書の金額、金融機関からの情報を照合して差異がある場合、「隠し口座があるのではないか」と疑われ、調査対象になってしまう。

「事前通知」は、基本的に電話など口頭で行われる。税理士が代理申告している場合はその税理士に連絡がいく。事前通知の内容で最も大切なのは、「担当調査官の氏名と所属」である。例えば、調査官の肩書が国際税務専門官ならば、国外財産の調査ということがわかる。

また、「統括官」「特別調査官」といった肩書にも注意が必要である。調査官によっては、「マルサ」と呼ばれる、「国税局の査察部」、もしくは「コメ」「リョウチョウ」と呼ばれる、「国税局の資料調査課」出身者であることがわかることもある。この場合には特に注意が必要である。反対に「元税務署長」「元税務副署長」といった肩書であれば、運がいいといえるかもしれない。「厚紙(あつがみ)」と呼ばれる彼らは、税務調査を必ずしも得意としておらず、マルサやコメ出身者ほどには対策を必要としないためである。

■実地調査で注意することは

実地調査の流れはこうだ。午前10時ピッタリにインターホンが鳴る。ドアを開けると、来る税務職員はほとんどの場合、2人である。詐欺ではないことを証明するため、最初に身分証が提示される。家に調査官を通すと、世間話から始まって、午前中はさまざまな質問を受ける。正午に休憩の後、午後1時からは、印鑑、通帳、権利証といったものの保管場所の案内を求められ、終了時に、事前調査でつかんだ内容をもとに浮かんだ疑問点が、質問として納税者に投げかけられる。

「実地調査」で必ずなされる質問のひとつに、「親族全員の所得状況」がある。全員の勤務先や住所地なども確認され、無職であるのに多額の預金口座を保有している親族が見つかった場合、「この預金は、名義が親族というだけで、実質、被相続人の預金(名義預金)なのではないか」という疑いがかけられる。そして、総合的に判断されて、被相続人の名義預金であるとされれば、追徴されてしまう。

また、「被相続人の入院日付と場所」「被相続人の認知症の有無」なども確認される。それによって、入院中、もしくは亡くなる直前に不明な出金があった場合、それは相続人への貸し付けと見なされ、追徴対象となる可能性がある。

また不思議なことに、調査官が「トイレを貸してほしい」と言ってくることがある。トイレの前にタオルを置いている家があるが、調査対象はそれである。銀行や証券会社の名称がタオルに印字されていて、それが申告書に記載されていない金融機関名だったりすると、「隠し口座があるのではないか」と疑いがかけられることになってしまう。

税務調査には「強制調査」と「任意調査」の2種類があるが、強制調査はマルサがするもので、裁判所の捜査令状を取り、刑事事件として調査に入る。この場合、調査に入った家の引き出しを勝手に開けても法律的に許される。一方、私たちが通常経験する税務調査は任意調査であり、調査は「質問検査権」という権利に基づいて行われる。この場合、許可なく引き出しを開けたり、バッグの中身を見たりということは認められていない。万が一、調査官のそうした行為を目撃した場合は、その場で厳重注意し、税務署にも抗議しよう。

■結果通知への対処法は

「実地調査の結果の通知」は、代理申告の場合、担当税理士に対して電話など口頭でなされる。誤りがなければ「是認通知」が出され、誤りがあるときは「修正申告」を勧めてくる。調査内容に納得できず、納税者がそれに応じない場合、「更正」もしくは「決定」と呼ばれる処分が下される。実際は、修正申告に応じるケースがほとんどであるが、応じてしまうと「不服申し立て」ができなくなる。不服申し立てには、調査を行った税務署長への「再調査の請求」、国税不服審判所への「審査請求」、裁判所への「訴訟提起」があるが、不服申し立てを検討している場合は、修正申告には応じないようにしよう。

また国税通則法が改正され、2013年から結果通知において「理由の説明」が義務づけられた。それまではあいまいな理由でも追徴できたが、現在は証拠をつかみ、理由を明確にした上でなければ追徴できなくなっている。そのため、取引先を洗う「反面調査」や、銀行とのやりとりを調べる「銀行調査」などが本格的に行われるようになってきており、調査期間が長期化している。理由の説明の義務化は、納税者側にとっては有利なので、説明が不十分と感じられる場合は、強気で交渉したい。

修正申告の場合に納める税金は、「不足税額」と「延滞税」、「過少申告加算税」を合算したものである。もし、申告書の内容に仮装や隠蔽(いんぺい)が発覚すると、過少申告加算税に代わり「重加算税」が課される。過少申告加算税が不足税額の最大15%、重加算税が最大45%である。

税務調査にはシーズンがあることも知っておこう。7月から12月は特に税務調査が行われやすいので要注意である。逆に1月から3月は確定申告で調査官が忙しくなるため、また4月から6月も、税務調査はほとんど行われなくなる。

最後に、「書面添付制度」を紹介しておきたい。この制度は、申告書の計算内容について、申告書だけでは読み取れない内容を解説した書面を作成し、それを申告書に添付して提出するものである。書面添付が行われている申告について、国税当局が調査を行う際には、納税者に事前通知を行う前に、担当税理士に「意見聴取」をしなければならない。ここで当局の疑問が解消すれば調査が省略されるため、書面添付によって税務調査のリスク低減が可能である。税理士の制度利用があまり進んでいないのが実情ではあるが、書面添付を行っている税理士もいることから、この制度を利用しているかどうかを、相続税申告を依頼する税理士を選ぶときのひとつの基準としてみてもいいだろう。

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藤宮 浩
フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)代表
株式会社フジ総合鑑定 代表取締役
埼玉県出身。1993年、日本大学法学部政治経済学科卒業。95年、宅地建物取引主任者試験合格。2004年、不動産鑑定士試験合格及び登録。12年、フィナンシャルプランナーCFP登録。04年に株式会社フジ総合鑑定代表取締役に就任し、相続不動産に強い不動産鑑定士として、徹底した土地評価を行うことで有名。主な著書に税理士・高原誠との共著である『あなたの相続税は戻ってきます』(現代書林)『日本一前向きな相続対策の本』(現代書林)、不動産鑑定士・小野寺恭孝との共著である『これだけ差が出る 相続税土地評価15事例 基礎編』(クロスメディア・マーケティング)。セミナー講演、各種メディアへの出演、寄稿多数。フジ総合グループ(https://fuji-sogo.com/)
 
高原 誠
フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)副代表
フジ相続税理士法人 代表社員
東京都出身。2005年税理士登録。06年、税理士・吉海正一氏とともにフジ相続税理士法人を設立、同法人代表社員に就任。相続に特化した専門事務所の代表税理士として、年間600件以上の相続税申告・減額・還付業務を取り扱う。セミナー講演、各種メディアへの出演、寄稿多数。

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( フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)代表、株式会社フジ総合鑑定 代表取締役 藤宮 浩、フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)副代表、フジ相続税理士法人 代表社員 高原 誠)