砂漠の夜を日本から挑んだ4歳牝馬が切り裂いた。「大魔神」こと元メジャーリーガーの佐々木主浩氏の伝家の宝刀フォークを彷彿とさせる!? キレ味鋭い末脚が見事に決まった瞬間だった。



ドバイターフを制したヴィブロス。鞍上は「マジックマン」ことジョアン・モレイラ騎手
 現地時間3月25日夜、今年の国際競馬シーンの開幕を告げるドバイワールドカップが、アラブ首長国連邦ドバイのメイダン競馬場で行なわれた。例年どおりの開催だが、今年は昨年秋から始まった日本における海外大レースの馬券発売を受けて、ドバイターフ(芝1800m)、ドバイシーマクラシック(芝2410m)、ドバイワールドカップ(ダート2000m)の3競走が日本でも発売されるとあって、俄然注目度が高まっていた。

 馬券発売はなかったが、日本調教馬でまず見せ場を作ったのが、エピカリス(牡3歳)とアディラート(牡3歳)が出走した第4レースのGII UAEダービー(ダート1900m)だった。特に前者はデビュー以来ここまで4戦無敗で、初の海外遠征、初距離、さらに強力なライバルと超えなくてはならない壁が多い中、昨年優勝のラニ(牡4歳)に続くことを期待された。意外にも先手を取ったのはそのエピカリスで、アディラートが外から2番手につける。


「北海道(2歳優駿)でも自分でペースを作ったし、他に誰も来なかったんで、リラックスしていいマイペースで行けた」とルメール騎手は振り返る。直線を向いて、外から各国のブックメーカーで1番人気のサンダースノー(牡4歳)が迫るが、それにひるむことなく、抜かせまいと踏ん張りを見せる。そのまま2頭が鼻面をそろえてゴール。ファインダー越しに見ていた感覚では内のエピカリスのように見えたが、スローリプレイではサンダースノーがゴールの瞬間だけ鼻面抜け出していた。

 あまりにも悔しい2着。引き上げてきたルメール騎手は、クールさが持ち味の彼としては珍しいほどに顔を赤らめ、悔しそうな表情を見せていた。全レースが終わって、落ち着いたところで話を聞くと「勝った馬がとても強かった。あそこまで行って勝てなかったのはとても悔しかったけど、サンダースノーと同じだけの力を見せたのだから、エピカリスも凄く強いと思う」と愛馬の健闘を称えていた。

 そして、日本の競馬ファンにとって、最大の盛り上がりとなった冒頭のシーンは第7レースのドバイターフである。昨年の覇者リアルスティール(牡5歳)がレース4日前に鼻出血で出走を取りやめ、ヴィブロス(牝4歳)のみの出走となっていた。

 レース前日の調教で、さらにその前日に香港からやってきた名手、ジョアン・モレイラ騎手がヴィブロスに跨り、その感触を掴んだ。ダートコースを正味1周。しかし、そのほんの僅かなコンタクトで「どんな馬か、これで確認できた。ものすごく状態もいいし期待できる。できれば雨は避けたいかな」と周囲に自信たっぷりにコメントを発していた。


 レース当日は前日から断続的に降る雨によって、ドバイとしては珍しいぬかるんだ馬場となっていた。スタートは五分だったが、無理に前にはつけずに、9番枠から徐々に内へとポジションを移す。3コーナーに向けて長い向こう正面の直線では後方から数えて4番手あたりを追走したが、映像を見る限りでは行きっぷりが今ひとつで、時折、鞍上から気合をつけられているようにも見受けられた。たが、実はこれはモレイラ騎手の見事な判断によるものだった。

「向こう正面では向かい風が強かったので、他の馬の後ろにつけ、うまく風をやり過ごす形で追走しました」(モレイラ騎手)

 3〜4コーナーでもまだまだ後方集団の一角。しかし、直線に向かう手前で、モレイラ騎手は目の前に一瞬ぽっかりと開いたインコースの空間を見逃さず、そこへとヴィブロスを導くと、コーナーワークで一気に前との差を縮めてみせる。さらに直線に向くと、今度は瞬時に切り替えて外へ外へとヴィブロスをいざなう。

「インから抜け出そうと思ったけど、どうも彼女が内ラチを嫌うようだったのと、馬場も今ひとつだと思ったので、彼女がストライドを大きく伸ばすことができる外へ切り替えました」(モレイラ騎手)

 ここからが圧巻だった。先に抜けたエシェム(牡4歳)と内で食い下がるリブチェスター(牡4歳)の外から迫るヴィブロス。じわじわと前に接近すると、場内から轟音のようなどよめきが上がる。そしてゴール前でエシェムをかわすと、そのまま半馬身差をつけてゴール。モレイラ騎手はゴール後、場内全体にも響き渡ろうかという声で雄叫びをあげた。


 興奮を隠せなかったのは、オーナーの佐々木氏も同じだ。

「道中は、ああダメなのかなあと思いながらも頑張れ、と見ていましたが、最後はよく覚えていません(笑)。常々、自分がプレーするよりも愛馬のレースを見るほうが緊張すると言っていましたが、自分が現役時に取ったどんな大きなタイトルよりも興奮しますね。たまらないです!」と顔を紅潮させながら表彰式に歩を進めた。

 管理する友道康夫調教師も、「勝っちゃったよ」という表情を浮かべながらレースを終えた愛馬を出迎えた。昨年、マカヒキを出走させた凱旋門賞では、大きな期待がプレッシャーになっていたようにも見えたが、その当時とは実に対照的な笑顔にだった。

 ヴィブロスは日本では単勝8.8倍の5番人気だったが、他国での評価はもっと低かった。日本調教馬はこれまでにアドマイヤムーン、ジャスタウェイ、そしてリアルスティールの3頭が過去にこのレースを制しているが、いずれも古馬牡馬でGIの連対実績があった馬たちだった。日本調教の4歳牝馬による海外GI勝利は、1998年のシーキングザパールによるモーリス・ド・ゲスト賞(フランス)以来。国内生産馬では初の快挙だ。

 秋には同じ佐々木氏所有のシュヴァルグランがGIブリーダーズカップターフ(芝2400m)に挑む計画がある。ヴィブロスもこれに合わせてGIブリーダーズCフィリー&メアターフ(芝2000m)に向かう選択肢があることも友道調教師は示唆した。

「馬のことは友道調教師に任せていますし、調教師にもいろいろな夢がある。僕はそれに協力するだけです」と佐々木氏はさらなる夢の広がりに期待を寄せた。


 最後の第9レースに行なわれたドバイワールドカップは、終わってみれば断然人気のアロゲート(牡4歳)の力が一枚も二枚も抜けていたという結果に。

 日本調教馬ではアウォーディー(牡7歳)が、最後はホッパーチュニティ(牡6歳)との叩き合いの末に5着を確保。道中はライアン・ムーア騎手に延々追われて最後に脚を伸ばしたラニ(牡4歳)が8着、以下アポロケンタッキー(牡5歳)が9着、ゴールドドリーム(牡4歳)は最後、失速してしんがり負けに終わった。

 今年も、悲喜こもごもの大きなドラマがあったドバイワールドカップデー。ひとつ残念だったのは、日本で発売されたレースが後半3レースのみだったこと。それによって、メディアの扱いに差が生じ、特にGIIゴールドカップ(芝3200m)は屈指の好メンバーだったのにもかかわらず、ほとんど報じられていない。できれば日本調教馬の出走の有無に関わらず、こうしたカーニバル開催は、多くのレースが発売されることを願いたい。

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