角居調教師が馬装具をつける意味を解説

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 競走馬、とくに経験の浅い馬にとって、世の中には怖いものがたくさんある。その怖さを利用して、集中力を高める方法がある。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、馬装具とその効果について解説する。

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 野生動物の本能で、馬は生き残るために視覚と聴覚を研ぎ澄ます。

 馬の視野は350度(人間はせいぜい200度)といわれ、それぞれの目で別のものを見られる。聴覚にもすぐれ、レーダーのように左右別々にくるくる回して、あらゆる方向から音を聞ける。後方からしのび寄る肉食動物の気配をいち早く察知するためです。

 しかし、その本能がレースでは災いになる場合がある。そこで必要なのが走りに集中させるための矯正馬具です。

 もっともポピュラーなものがメンコ。覆面ですね。今ではファッションのように厩舎カラーで顔を覆う馬も多いようですが、馬は音に驚いて想定外の行動をとったりすることがあるので、耳を覆うことで聞こえてくる音を緩和します。

 ちなみに耳覆いのないメンコを見かけるのは、音には神経質ではないものの顔に砂がかかるのをいやがる馬のためのもの。パドックでメンコをしていたのに、本馬場では顔を顕わにする馬がいます。パドックのザワつきが気になる場合です。

 ブリンカーは目の後ろにつける覆い。他の馬の動きを気にさせないよう、気持ちを前方に集中させます。使用には事前申請が必要で、競馬新聞には「B」の記号が付きます。申請したら必ず使用しなければいけません。使わないと「道具忘れ」で調教師にペナルティが科せられます。

 ブリンカーの要諦は「見えない恐怖」です。競馬に慣れてきたり、嫌気がさしてきたときに、見えないところをつくることで恐怖が生まれる。その恐怖から逃れたいので、馬は鞍上の指示に従うようになる。

 周囲の情況が分からないと怖い。馬は不安になると速く走ります。前に行くことがもっとも安全だから。肉食動物から身を守る本能を利用して「前進気勢」を作るのです。見えない恐怖のあまり、お尻をどこかにつけていないとパニックに陥って、ゲートから出られない馬もたまにいます。競馬のために、恐怖心で走らせることがいいことかどうか分かりませんが効果が認められています。

 逆に、「ブリンカーが効き過ぎる」こともある。見えないところから馬の鼻息と蹄音が聞こえて、速く走ろうとするあまり、焦って引っかかってしまうのです。

 ブリンカーは慣れてきたときに外すと、また効果が出ることがあります。ブリンカーのために見えなかったもの、血走った目の他の馬が追いかけてくるのが見えると、またそれが恐怖になる。

 いずれにしても、「初ブリンカー」と「ブリンカーを外す」は、調教の変わり目です。ファンは、この点に注目するといいかもしれませんね。「ブリンカー外しの一走目が好走」ならば、二走目も期待できます。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。

※週刊ポスト2017年3月10日号