レースで調教師はどこを見ているのか?(角居勝彦氏)

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 パドックが周回を終えた競走馬にジョッキーが跨り、地下馬道を通って本馬場入場。調教師のやれることはここまで。あとは自分の馬を見守るだけだ。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、レースで調教師は何を見ているのかについて解説する。

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 馬場に入場し、返し馬の様子を見届けた後は、競馬場の調教師席に移動します。私は双眼鏡を使わない。肉眼で馬を追います。室内のモニターにも目をやります。

 いよいよゲートイン。スタートです。スタートの瞬間、思わず息を止めてしまいます。大事な大事な場面です。

 必ずしも好スタートを期待しません。ポンと好ダッシュを決めなくてもよし。しかし大きい出遅れだけはダメです。

「出遅れは馬の個性」などと言ってくれるファンもいるようですが、大きく出遅れるとJRAから指導を受けることになります。スタートがそろうことはレースの公平性につながるからです。

 ゲートが開いた瞬間、まっすぐ出られずに横にいってしまう馬もいる。馬は狭いゲートの中でじっと待っている。ところが馬体のバランスが取れないと、ゲートが開いたときに横によれてしまうんですね。

 出遅れがひどい場合にはゲート訓練のやり直しになります。そういう馬は狭いところでバランスを取ることが苦手なので、ますますゲートが嫌いになる。ゲートインが苦しいと思うから、うまくスタートできない。悪循環ですね。

 さて、スタートはまずまずだったとしましょう。道中ではポジション取りを見ます。たとえば東京競馬場の場合。直線が長くて最後は力勝負に持ち込めるので、道中は折り合いをつけて走ることに専念します。

 時計はあまり見ず、1000メートル通過を確認するくらい。ではどこを見るか。ジョッキーです。

 掛かりグセのある馬ならば、ジョッキーの姿勢を見る。折り合いがついているときには、膝が柔らかく曲がっている。かかっているときには、膝が伸びている。どうしても足に力が入るんですね。馬は行きたいのにジョッキーが抑えている。エネルギーを殺し合う状態となり、馬も鞍上も体力を消耗します。直線、大丈夫かなと不安になりますね。

 そうして3、4コーナーにさしかかれば、あとはファンの皆さんと変わりありません。さすがにジョッキーの名を叫ぶことはないものの、奥歯に力を込めながら愛馬の激走を凝視します。他の調教師の先生には、靴の踵を激しく叩きつけ、「よし!」などと気合いをいれる人もいるようです。「くるな!」と叫んでいた先生も(笑い)。自分の馬が差されそうになったのでしょうか。

 さて、自分の馬が出ていないレースはどうでしょう。

 まったく気楽なもので、心配事はゼロ(笑い)。とりあえず、人気になっている馬に注目します。自分の馬と戦いそうな馬がいても、偵察という観点はありません。評判馬が出る新馬戦なども、リラックス観戦です。

 自分の馬のときと同じように、ポジショニングやジョッキーの姿勢などを見ますが、奥歯を噛みしめることはありません(笑い)。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、トールポピー、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2017年2月24日号