角居勝彦調教師が調教の要諦を解説

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 厳寒の2月。早朝の調教は人間の体には堪えるが、あと1か月もすればクラシックのトライアルが始まる。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、「追い切りの併せ馬」においては、馬だけでなく人間にも必要なことについてお届けする。

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 前回、追い切りの併せ馬の話をしました。

 2頭併せで能力の高い馬を前に行かせ、若い馬に追わせる。若い馬は追いつくことで力をつけるし、先行馬は簡単には抜かせないことで粘りを身につける。併せ馬には双方に意味があります。

 大事なことは、どちらの馬にテーマを持たせるか。追いかける側にテーマを持たせるのなら、先行馬に余計にコーナーを回らせて、ゴール板ぎりぎりで抜かせるようにする。先行馬に重きを置くのなら、さらに大きくコーナーを回らせて負荷を強くする。抜かされそうなところで粘り切る。それを覚えさせるのです。

 調教もゴール板までが勝負で、併せ馬はデッドヒートの様相になります。とくに2頭併せの場合には、どちらも負けたくないから時計が速くなり、オーバーワークになることもある。

 ところが、これが3頭併せになると少し変わってくる。遅い馬1頭のペースになってしまうことが、ままあるんですね。それで、他の2頭はトップスピードになってから、いったん我慢することになる。だからゴール板を超えてからもまだエネルギーが溢れているわけです。

 そこからが本当の勝負で、鞍上には重要な仕事がある。3頭併せの調教はゴール板を超えてからが大事です。

 もうひと追いします。蓄まっているエネルギーをここから爆発させる。ゴール板の先のコーナーを回るまで、さらに加速させます。そのギアチェンジ具合を見れば、その馬の態勢がどのくらい整っているかが分かります。

 調教師よりも、馬に乗った人間のほうがよく分かる。馬がどういうときに一番いい状態なのか、その変化を身をもって知ることができるのです。

 一度、トップスピードになった馬を我慢させるのは容易なことではありません。人間の我慢が絶対に必要です。

 スピードに乗ってすっと行ったほうが、馬もラクだし人間も気持ちがいい。そこをぐっとこらえる。馬の我慢よりも、人間の忍耐のほうが先行していなければいけません。

 馬の寿命は人間の4分の1ですから、人間が4倍先に成長しなければ。人間はスピード面での成長はできないから、我慢、忍耐を磨くしかないんですね。

 我慢とは自らを律すること。どこまで我慢できるか。それにチャレンジする姿勢が、人間のメンタルを確実に成長させます。

 併せ馬では、どの馬にどのテーマを持たせるかが大事と書きました。同時に、それぞれの鞍上も大きなテーマを背負っているのです。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、トールポピー、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2017年2月10日号