調教師・角居勝彦氏が解説

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 スタートが近ければ近いほど、レースでの馬の様子が表に出るという。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、馬券購入の最後のチャンス、「返し馬」の観察のポイントをお届けする。

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 正月競馬も一段落しましたが、少し昨年の角居厩舎を振り返ってみようと思います。勝利数、勝率、連対率とも数字としては2015年を上回りました。が、重賞に限っては2015年が5勝で、GIも2つ勝ったのに、昨年はヴァンキッシュランの青葉賞(GII)だけでした。通算600勝を達成、その1割以上が重賞で、しかもGIにこだわる角居厩舎としては、その点は不本意でした。

 やはり4歳馬が少なかった影響で、これは受け入れるしかありません。しかし、明け4歳馬は逸材揃い、さらに3歳馬もすでに9頭勝ち上がっており(1月8日終了時点)、これは前年を上回るペースです。ぜひ期待していただきたいと思います。

 さて前回は、本番前の返し馬のとき、スタンドからの歓声や拍手に迎えられた競走馬は不安でいっぱいと書きました。馬は大勢の人間の中にいて幸せだとは思わない。それで気持ちを落ち着かせるためにも走りたくなる。

 一方ですぐに走り出さず、数頭がラチ沿いを並み足で行くことも。馬と一緒にいることは好きなのです。動と静、どちらがいいのかは分かりませんが、気持ちの落ち着く場所を探しているように思えます。

 明らかによくないのは、返し馬で口を割って走る場合。「かかってしまう」感じが顕わになってしまう。

 パドックや返し馬で、「折り合い面での不安」を見せてはいけません。返し馬でよく見えたのにそれほど走らなかった、というのは展開のアヤもあって仕方がない。しかし、パドックや返し馬の様子でファンから切り捨てられてはいけない。その点、ウチはだますつもりでしっかりやります(笑い)。

 調教の段階から陣営として肝に銘じることですが、難しい馬もいます。先の秋華賞を走ったカイザーバルは返し馬の様子が少し怪しかった。引っかかりを心配したものの、四位騎手がうまく落ち着かせてくれて、8番人気ながら3着に入りました。

 馬券を買う側ならば、返し馬の特徴を観察するといいかもしれません。返し馬の様子とレース結果を記録(記憶?)しておく。すると、返し馬の情報価値がぐんと上がるのではないでしょうか。

 さて、馬は不安を抱えながらゲートインし、スタートを切ってゴール板を駆け抜けます。レース後、特に勝った馬はどこかゆったりとして誇らしげに見えます。レース後の馬の心臓は激しく波打って苦しい状態ですが、少なくとも不安は消えているはずです。

 それはおそらく、馬は人間側の気持ちを酌んでいるから。厩務員が一番緊張するのが、返し馬に馬を離す瞬間です。もちろんジョッキーも慎重になります。人間の興奮と不安が馬に伝播するのではないでしょうか。

 首を優しく叩かれるなどの祝福にも応えているのかもしれませんが、人間たちがホッとしていることが大きいように思います。馬には人間の感情が伝わるのです。

●すみい・かつひこ:1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、トールポピー、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2017年1月27日号