新日鉄住金社長 進藤孝生氏

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■わかりやすくできるだけシンプルに

人事や総務の経験が長かったので、人に話をするときに、どう話せばうまく伝わるか、ずいぶん鍛えられました。30代の頃に留学した米・ハーバードビジネススクールでは「マネジメントコミュニケーション」という授業があり、一部の社員を解雇する一方で、残った社員には頑張ってもらう、その両方を同時に満たすスピーチ文を書かされたこともあります。そうした経験から、従業員などへの話し方には、ずっと意識して取り組んできました。

最も大事なことは、内容と熱意です。相手が「聞きたい」内容を、熱意をもって伝える。留学先では下手な英語でも、聞くに値する内容で、熱意があれば、皆最後まで真面目に聞いてくれると、身をもって体験しました。

相手が「聞きたい」内容にするのに必要なのは、わかりやすさです。私は普段、どんなに難しい内容でも、できるだけシンプルに話すようにしています。新日鉄住金には2万5000人もの従業員がおり、技術者もいれば事務方、現場の第一線で働いている人、最先端の研究をしている人もいます。多様な人が集う組織では、誰にでも通じるように話すことが大切になります。

そのうえで、私が重視しているのが、パーソナル(Personal)、パースエイシブ(Persuasive)、プロボカティブ(Provocative)という3つの「P」です。スピーチを考えるときは、この3つを満たしているかを常に確認しています。

1つ目のパーソナルは「個人的」、つまり、自分の言葉で語っているか。他人の言葉を借りて、どんなに上手に話しても、こちらの思いは伝わりません。私自身がどう考えているのかを、私自身の言葉で伝えることが大事なのです。会社では、入社式や年頭所感、OB会など、スピーチをする場面が数多くあります。そのたびに自分で話す内容を考え、そこに自分の体験や考え方などを必ず交えるようにしています。

私が気に入っていて、よく話す言葉が2つあります。1つは「オナー・イズ・イコール(Honor is equal)」。高校・大学時代に打ち込んでいたラグビーにまつわる言葉で、「それぞれの役割は違っていても、各人が受ける名誉は等しい」という意味です。チームワークの神髄を表す言葉であり、会社組織においても大切な価値観だと思います。もう1つは、慶應義塾長であった小泉信三先生の「練習は不可能を可能にす」という言葉です。「練習」の部分を「技術」などの言葉に変えて話します。

これらの言葉は、いろいろな場面で繰り返し話します。従業員が「社長がまた同じことを言っている」と思ってくれたらしめたものです。そう思うのは、その言葉が従業員の記憶に残っている証拠だからです。

2つ目のパースエイシブは「説得的」という意味です。相手を説得するには、論理が明確でなければなりません。話す内容を考えるときは常に、どの順番で話せば伝わりやすいかを考えます。

3つ目のプロボカティブは「挑発的」。経営やマネジメントの言葉は、聞く人を駆り立て、「よし、やろう」という気持ちにさせる必要があります。

一つの例を紹介します。母校の一橋大学ラグビー部のOB会で寄付を集め、グラウンドを人工芝にしようという話が持ち上がりました。しかし、試算してみると8000万円もの費用がかかる。「集めた金額が足りなくて実現できないと、寄付をしてくれたOBに申し訳ない」という理由から、一度は盛り上がった計画が中止されそうになりました。そこで私は、OB会の臨時総会のスピーチで、「もし寄付が半分しか集まらなかったら、グラウンドを半分だけ人工芝にしよう。残りは、きっと何年後かに後輩たちが完成させてくれるはずだ」と話したのです。すると、会場は一瞬で「やろうじゃないか」というムードに変わり、結果的に費用を上回る寄付が集まり、無事グラウンド全面に人工芝を敷き詰めることができました。「どんな話をすればみんながやる気になるのか」を考えることは、スピーチの重要なポイントです。

スピーチをする際に注意したいのは、決められた時間内に収めることです。持ち時間で伝えたいことが伝わるようにスピーチ文を用意し、事前に何回か練習して本番に臨むようにしています。

先日、中国の鉄鋼連盟でスピーチをする機会がありました。鉄鋼業界は今、中国の過剰生産によって安い鋼材が海外市場に出回り、多くの企業が業績を悪化させています。そこで、過剰生産を減らすために、日本の経験を話して参考にしてもらおうと思い、入念な準備をして臨みました。ところが、当日になって持ち時間が思いのほか短いことがわかり、話を時間内に収めるのに苦労しました。どれだけ素晴らしい話を準備しても、時間が気になってしまうと、伝えたいことも伝わりません。

■対立相手と合意する2つのポイント

一方、面談や会議などの場で相手の理解や協力を得るには、相手の考えも理解する姿勢が大切です。建前で理解を示すのではありません。相手の考えの背景にある立場や価値観まで理解し、相手を認めるということです。相手としっかりとした対話や議論をするには、信頼関係の醸成も必要。特に利害の対立する相手と合意に至るには、何度か面会したり、ときには食事をして関係を深めることで、率直にものが言い合えるようになります。

1990年代の経営合理化の際に、派遣人事センターの部長代理として、出向予定の社員に新しい職場を確保したときは、一人ひとりの気持ちに配慮しながら丁寧に面談を行い、その人の能力が活かせる職場を斡旋できるよう努めました。また、住友金属工業との合併では、最初から組織の統廃合について議論をするのではなく、まず統合して親睦を深め、一緒に仕事をして、相手の会社のことや、互いの違う部分を理解し、そのうえで組織に関する議論を行ったため、スムーズな合意形成ができたと思っています。

私はラグビーを通じて、一人では何もできない、勝つためにはメンバー全員のチームワークが必要だと学びました。会社も同じで、2万5000人の中に不満をもつ人がいてはいけないという思いが常にあります。ですから、現場の従業員にも役員にも分け隔てなく、まさに「オナー・イズ・イコール」の姿勢で接しています。

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新日鉄住金社長 進藤孝生
1949年、秋田県生まれ。73年一橋大学卒業後、新日本製鉄(現・新日鉄住金)へ入社。広畑製鉄所総務部長、経営企画部長などを経て、2014年より現職。高校・大学とラグビー部で活躍し、秋田高校時代には花園ベスト4。
 

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(増田忠英=構成 市来朋久=撮影)